第9話「地獄の打ち上げ」
21時を過ぎた都内某所。地下の個室居酒屋という密室で、俺はひどく居心地の悪さを感じていた。
火山はひたすらに料理を頼んでは次々と胃袋に放り込み、それと同じペースで酒を空にしていく。
おまけに社長の口からは、次々と際どい社内事情が飛び出してくる始末だ。
それを右から左へ聞き流すわけにもいかず、ただ座っているだけの時間がひどく窮屈だった。
「れーんーやーくーんっ! 飲ーめー!」
社長が、俺の肩にずしりと腕を回してきた。吐息がひどく酒臭い。
「いや……社長、飲みすぎですって」
「そーですよぉ……。煉くんー、もっと飲んでぇー!あ、あとおでん食べたい!」
「煉くんって……お前も酔いすぎだぞ、火山」
続いて、向かい側に座る火山までもが、呂律の回らない声で絡んでくる。
無理もない。大きなプレッシャーから解放された反動で、二人とも完全にタガが外れてしまっているのだ。
だからこそ、俺だけは杯を置く。泥酔したこの二人を無事に自宅へ送り届けるという、重大な任務が残っているのだから。
「いやぁ〜!それにしても、上手くいったわねぇ〜!わらしも中々やるでしょ〜?」
「わたしだって負けてないですもんっ! 煉くんはどう思いましたかぁ?」
「ん……。火山は初戦闘にしては上出来だった。天才って言ってもいいな」
「わぁい!褒められちゃったぁー!」
「ちょっとぉ!わらしは!?」
社長がジロリと俺を睨む。
「社長は……まぁ……。逃げ足の速さと、ヘイトを稼ぐタンクとしては優秀だったかなと。あと、謝罪のキレ」
「なにそれーっ!もー知らない!クビ!クビよっ!」
社長がギャーギャーと喚き散らしているが、どうせ明日には綺麗さっぱり忘れているだろう。
俺は適当に聞き流しながら、一口、ビールを飲んだ。
「あ、そういや、なんれDランク相当の魔物がでてきらのー?」
社長が、思い出したかのように、ぐらついた声で言う。俺はグラスを置いた。
「初動調査で、ボス個体を取り逃がした可能性があります」
「取り逃がしぃ?」
「ドローン調査は限界がある。死角に潜んでいたか、後から出現したか、ボスを取り違えたか、いずれにせよ未検出です」
「じゃあFランク判定ってミスじゃん」
「……まあ暫定ですから。今回は、ハズレを引いた。それだけです」
「貴方の運が悪いからよ!」
「反論できねぇ」
「ねぇ〜……お二人とも〜……」
間延びした声。顔を上げると、火山が気の抜けた調子で、こちらに指先を向けていた。
「……煉くん……!煉くんの活躍を、世界の人たちに、みてもらいまひょ……ハイオークを倒すところとか、ゴブリンを倒すところとか〜……」
「待て火山。俺は目立ちたくないんだが」
「フフフ……煉夜くんの活躍はすでに、切り抜き動画として各プラットフォームに投稿済みよ!そして、少しずつ伸びてるわ!」
「ええ……!?何も聞いてないですよ!?肖像権侵害です!消してください!」
「なにいってるのぉ!?それじゃ意味ないじゃん!」
社長は俺と火山見えるように、スマホの画面を突きつけた。
そこには、俺が剣一本でゴブリンを蹂躙する姿が映し出されていた。
「あれぇ……?剣、一本しか……持ってない……?なのに、斬られて……?ん、ん〜……?"スキル"……れすか?煉くん……?」
「え?あ、いや!魔法のスクロールってやつだ……って火山!?」
「はえぇ〜……」
火山がガシャンと音を立てて、机に突っ伏したまま動かなくなった。
「やべ……社長!そろそろお開きにしましょう」
「う、うぇっぷ……」
「って、おい!顔真っ青じゃねぇか!?」
「ヤバイ……オエエエエッ!」
その瞬間、社長の口から勢いよく吐瀉物が噴出された。
人は極限の恐怖や緊張に直面すると、世界がスローモーションに見えるという。
今まさに、それが起きた。声も出ない。
ただただ、ゆっくりと宙を舞う"それ"を、嫌なほど鮮明な視界で見届けることしかできなかった。
そして――"それ"は、火山の後頭部に無慈悲に降り注いだ。
「ごめん……マジヤバイ……オエエエエ!」
間髪入れず放たれた第二陣は、俺のスラックスを直撃した。
「地獄だ……」
脳の思考回路が焼き切れ、しばらくの間、何も考えられなくなった。




