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第5話「魔法とステータス」

「次はステータスだ。全員、自分の情報を開示できるはずだから、開いてみてくれ」

「はーい!じゃじゃーん!私の画面、こんな感じです!」


 火山が嬉しそうに、空中へ浮かんだ半透明のウィンドウをこちらへ向ける。


「まずは"魔法"からだ」

「あ、それ授業で習いました!魔法をちゃんと使うには属性適性が必要なんですよね?」

「厳密には適性がなくても発動はできる。だが、火適性のない奴が火魔法を使っても、ライターの火種を作るのが精一杯だ。威力も効率も話にならん。まぁ一応、“スクロール”っていう例外もある。魔法を刻んだ秘術の巻物だ。適性がなくても魔法を使える」

「便利じゃないですか!」

「が、高い」

「あっ、そうなんですか」


 目を輝かせていた火山が、目に見えてしょんぼりとうなだれる。

 すっかり肩まで落としてしまっている。


「……で、火山は名前通り火属性適性か」

「はいっ!"ファイア・ボルト"と"フレイム・ウォール"が使えます!結構活躍できる自信あります!」

「先に言っておくが、ここで実演するなよ」

「撃ちませんよ!警察に捕まっちゃいます!」


 火山が頬をぷくっと膨らませる。

 よし。最低限の法的常識はあるらしい。


「あと重要なのがスキルだ。生まれつき持つ“先天性”と、後から発現する“後天性”がある。ランクはFからS。国家への登録が義務で、隠してるのがバレると捕まる」

「……私持ってないですけど、課長は何かスキルを持ってるんですか?」


 唐突な質問だった。

 俺は一拍置いて、自分のステータスを開く。


「……持ってない。俺はただの一般人だ」

「あれ?今、一瞬何か書いてませんでした?」


 だが表示されたスキル欄には、何もない。


「気のせいだ」

「でも――」

「疲れてるんだろ。こんな会社で働いてるせいで」


 別に、隠す必要なんてないのだ。

 ただ、誰にも見せたくない。

 そんな名前のつかない割り切れなさだけが、胸の奥にくすぶっていた。


「で、社長は?」


 俺が促すと、待ってましたと言わんばかりに凛名が得意げにステータスを叩き出した。


「ふっふっふ……刮目しなさい!」


 火山が「おおおっ!」と声を上げて目を輝かせる。

 表示された社長の属性適性は――闇属性。

 性格の黒さがそのまま反映されたようなイメージ通り過ぎる結果に、思わず遠い目になった。


「使える魔法は?」

「ないわよ!一つも!」


 なぜそんなに堂々と言えるのか。


「……じゃあ、スキルは?」

「これ!凄そうな名前でしょ!」


 社長が指差した欄には、確かに見慣れないスキル名が刻まれていた。

【スキル:プレデター・センス / ランク:F】


「“プレデター・センス”? なんですか、これは」

「私にもよくわかってないんだけど、なんか"勘が冴える"みたいな感じらしいの。私にはその実感がないんだけどね!」

「……性格の悪さに名前が付いただけじゃないですか?」

「ガハハ!それも立派な才能よ!」


 こうして、最低限の説明を終えたところで、俺はある重要なことを思い出した。


「社長、そういえば装備は?」

「ふふ……抜かりないわよ」


 軽く指を鳴らす。


「失礼いたします」


 秘書らしき女性が、静かに台車を押して入室する。

 載せられているのは、隙なく磨き上げられた甲冑。まとう者の気配すら塗り替えるほどの、凛とした威光を放っている。

 その腰に据えられた剣もまた、異常だった。鞘に収まっているというのに、ただごとではない気配が滲み出ている。

 いずれも異世界の素材で打たれた、紛れもない逸品だ


「こ、これって……あらゆる毒や呪いを通さないだけじゃなく、バカみたいに硬い "霊銀複合結晶体ミスリル・コンポジット"じゃないですか!?」

「ええ。少し奮発してね」

「社長……俺たちのために……!」

「かっこいいです社長~!」


 ――と、感動しかけた、その直後。

 今度は段ボールを山と積んだ台車が運び込まれる。

 嫌な予感しかしない。

 ひとつ引き寄せ、蓋を開ける。

 ぼろぼろの皮の胸当てが二つ。

 使い込まれている、などという次元ではない。ほぼ廃棄物だ。


「……は?」

「ふっふっふ、驚いたかしら?」


 社長が、にやりと口角を上げる。


「その甲冑は私用、二人はこっちね」

「だああああああッ!!ちょっと待て!!」

「なによ」

「その装備に使った金、均等に振り分けてくださいよ!どう考えても一人分で尽きてるでしょ!」

「いい?煉夜くん」

「なんですか」

「当たらなければ、どうということはないのよ」


 社長は親指を軽やかに掲げた。


「前提条件を揃えてから言え!ザ〇とガ〇ダムを一緒にすんな!」

「だって社長の威厳がなくなるのは嫌なのよ!いいじゃないの!私は社長なのよ!?威厳が必要なの、威厳が!」


 地団駄を踏む社長は、まるで駄々をこねる子供だ。

 やはり、この会社はもう駄目かもしれない。

 その様子を眺めていると、火山が声を掛けてきた。


「あの、拳銃とか使わないんですか?」

「使えない。ここは“火薬が嘘をつく場所”だ。魔素が濃すぎて、反応が安定しない。撃てば外れるか、最悪こっちが吹き飛ぶ」


 ひとつため息をつき、言葉を選ぶ。


「……正直、装備以前の問題ですよ。素人がいきなり突入するのは無茶だ」

「ええ? 初心者向けのダンジョンでしょ?大丈夫、大丈夫!」


 根拠のない自信を胸に、社長が俺の前でふんぞり返る。その瞳には、これから始まる冒険への期待しか宿っていない。


「あのですね……"初心者向け"は"安全"と同義じゃないです。死ぬときは、あっさり死にますよ」

「そんなの、蘇生したらいいじゃない」

「まあ……理屈ではそうですけど。リスクだってゼロじゃない。百人に一人は後遺症が残るって統計も――」

「私なら大丈夫でしょ!」


 俺は、言葉を失った。

 正論が通じないのはいつものことだが、何より厄介なのは、彼女が根本的に正しいことだ。

 この世界では、死者が蘇ることなど――“当たり前”なのだから。

 社長は「決まりね!」とばかりに、ぱん、と景気よく手を打った。


「総括!危険!でも儲かる!資格持ちの煉夜くん中心に即日・実地で動く!まずは初心者向けのダンジョンよ!」

「は、はいっ!」


 火山は、わずかに不安を滲ませながら応じた。


「――あ、そうそう。今回の配信カメラは、火山ちゃんにお願いね。ドローンカメラなんて買う余力がないから」

「えっ……!?わ、わたしですか!?やったことないですけど……」

「最初は誰だって不安なものよ。でも、なんとかなる!何度転んでも、立ち上がれば転んでないのと一緒!」


 社長は、悪びれもなく微笑んだ。


「はい!頑張ります!」


 火山は、小さく息を整えて、控えめに笑う。


「大丈夫!大船に乗ったつもりで、どーんと構えていなさい!」


 ――数時間後。

 練馬区のコインパーキング裏に突如出現したF級ダンジョンにて。


「ぎゃああああああああ!!助けてえええええええ!!」


 ――社長が、逃げている。

 しかも、全力で。


「ギャガヤギャ!!」


 その背後には、数匹のゴブリン。


「社長ーーーッ!!大丈夫ですかー!?」


 火山は心配そうに叫びながらも、手にしたカメラは微動だにしない。

 必死な形相の社長を、一瞬たりともフレームから外さず追いつづけている。


「た、たすけてぇぇぇえええッ!!」


 俺は小さく肩を落とし、その様子を眺めた。

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