第56話「尋問」
「時間がない。お前らの後ろにいる黒幕の居場所と、連れ去られた火山の妹たちの場所を吐け。言わなきゃ、殺してもいいんだぞ?」
「チッ……手荒いですな。ですが、言ったでしょう。死ぬのは初めてじゃねぇと」
岸夫は血を吐きながらも、どこか冷めた目で俺を睨み返してくる。
命を惜しまない戦闘狂の目をしている。
強硬手段では時間を食うだけか。俺が奥歯を噛み締めた、その時だった。
「ちょっと退きなさい、煉夜くん。あくまでも仕事よ」
すっと、俺の前に社長が歩み出てきた。
さっきまでの、お姫様抱っこで取り乱していた気配は微塵もない。
彼女は腕を組んだまま、冷徹な大物経営者の目で、見下ろすように岸夫を射抜いた。
「私は"ネクロス・テック・ワークス株式会社"、代表取締役社長の黒沢凛名と申します」
社長は内ポケットから颯爽と二枚の名刺を差し出す。
縛られているため、受け取ることはできないが、地面に置かれた名刺を確認する。
「……黒沢、って。それにその顔もよく見たら……黒沢財閥の!?けどそんな子会社聞いたことねーぞ……」
ブルーノの顔が青ざめる。
世界を実質的に支配している黒沢家に、あれだけの暴力を働いたんだ。無理もないだろう。
「黒沢の人間としてあなた達と会話したいわけではないわ。あなたたちは、ただターゲットの情報を渡されて、ここで冥竜の残党もろとも消せと命令されただけの、ただの使い捨ての雇われ戦闘員でしょう?」
「……おや、随分と話が早いですな。その通りですが、それが何か?」
岸夫が眉をひそめる。社長はフンと鼻を鳴らし、しゃがみ込んで彼と視線を合わせた。
「ビジネスの話をしましょう、情報交換よ。私が欲しいのは二つ。あなたたちが何者なのか、そして、あなたたちを裏から動かしている"冥竜"の元リーダーと、誘拐された炎姫の居場所と安否よ」
「ハッ!ならそっちの条件は?」
「炎姫こと、うちの火山 夕夏を差し出す。そして、あなた達を警察には突き出さない。どう?」
社長の口から飛び出したあまりにも非情な条件に、岸夫は驚いたように細い目を限界まで見開いた。
「正気ですか……?自分の身内を、元リーダーの復讐の生贄に差し出すと?」
「誤解しないでちょうだい。私はこれでも、うちの社員の安全を第一に考えるホワイト企業の経営者よ」
「しれっと嘘つくな」
社長はフンと鼻を鳴らし、地面に落ちた名刺を鋭い爪先で軽く叩いた。
「あなたたちが受けているのは、大企業からのただの使い捨ての汚い外注仕事。そして指示した人物の本当の目的は、かつて組織を壊滅させた"炎姫"への復讐でしょ?だったら、うちの有能な社員が邪魔に入らない状態で、万全の準備をして待ち構えられる方があなたたちにとっても好都合のはずよ」
「……おや、随分と魅力的な提案ですな」
試すような岸夫の言葉に、社長は冷徹な笑みを深めた。
「知っているわよ。さっき冥竜の現社長からもらった会社の内部資料に、きっちり記載されていたわ。――元代表、新堂渦 雹。数年前に警察に捕まってクビになった、あなたたちの元のボスね」
「よくご存じで」
「どうせ馬鹿正直に事務所に言っても居ないでしょ?だから場所が知りたいの」
岸夫の表情が初めて明確に強張った。
大企業の刺客が相手とはいえ、社長の情報の引き出し方はあまりにも早くて正確だ。
福田社長の応接室で渡されたあのたった一枚のFAXと資料から、すべてのパズルを一瞬で組み立てていたらしい。
「所詮、俺らは義理もねぇ雇われ戦闘員だ。命やプライドを賭けるほどの忠誠心はねぇよ。いいぜ、その条件、乗ってやる」
「ですが、どうやって"炎姫"だけにその居場所を伝える?本当に一人だけで来るという保証はあるのですかな?」
岸夫は笑いを浮かべ、動かない右手で懐から端末を取り出した。
「そこは心配ない。お前らの身内に、ちょうどいい"連絡係"がいるだろ。それに、お前達に俺を監視させる。いわば、相互監視だな」
俺の言葉に、岸夫はしばらく沈黙した後、「ハッ」と愉快そうに笑い声を漏らした。
「なるほど、そっちも随分と性格が悪い。いいですな、気に入りました」
岸夫は端末の画面を操作し、地元の裏切り者への回線を繋ぎ始めた。
俺と社長の盤面の引っくり返しが、闇の中で静かに始まりを告げようとしていた。
◆
市内の病院で、仁神が目を覚ました。
白く無機質な天井。鼻を突く特有の消毒液の匂いが、自分の置かれた状況を冷酷に告げている。
全身に巻かれた包帯の隙間から、鈍い痛みがズキズキと脳へ突き刺さった。意識が混濁する中、仁神は喉の渇きを覚えながら、強引に身体を起こそうとした。
「……動かない方がいいですよ。傷口が開きます」
その冷徹な、しかし聞き覚えのある少女の声に、仁神の全身の血の気が一瞬で引いた。
視線を動かす。
病室の窓際、夕闇の影に紛れるようにして、パイプ椅子に腰掛けた最上が、前髪の奥から据わった瞳でじっとこちらを見つめていた。
その隣には、大盾を抱えたまま冷たい笑みを湛える結城、そして――。
「伸二」
ベッドの真横。お気に入りの杖を強く握りしめた火山が、感情の一切を削ぎ落とした、かつての「姐さん」の顔で立ち尽くしていた。
「……姐、さん……。皆、さんも……」
「どうしてここにいるのか、って顔だね。課長が、警察の調書が終わるまであんたの傍にいてやれって、私たちをここに残してくれたの。……あんたを、本気で心配してね」
火山の静かな、だけど激しい怒りを孕んだ言葉が、病室の空気を凍らせる。
仁神は言葉を詰まらせ、掛け布団を握る両手を小刻みに震わせた。
その時、仁神の枕元に置かれていた、画面のひび割れたスマートフォンが、短く震えた。
結城が素早い動きでそれを拾い上げ、画面を表示する。
「スマホ、鳴ってる」
「ああ……」
仁神がメッセージを確認すると、目を見開いた。
それを聞いた瞬間、仁神の瞳から大粒の涙が溢れ出し、シーツへと吸い込まれていった。
それは、岸夫たちと煉夜が仕掛けた、偽の勝利報告のメッセージだった。
「姐さん以外、ここから出て行ってくれないか」
二人が渋々出ていくと。
仁神は小声で火山に内容を話す。
「『ダンジョン攻略課のメンバー全滅させた。炎姫、妹たちを返して欲しくば、一人で指定された場所へ来い』……との、事です」
「嘘だ……っ!煉くんが負けるわけ」
「すみません……」
「伸二。あんたが新堂の奴らと繋がってたんだな。どうして……」
火山の悲痛な問いかけに、仁神は顔を両手で覆い、獣のような声を上げて泣き崩れた。
「すまねぇ……すまねぇ、姐さん……っ!俺だって、俺だってこんなことしたくなかった……っ!」
「……言い訳は、聞きたくない」
冷たく突き放されても、仁神の告白は止まらなかった。
「新堂の野郎……"煙道株式会社"を裏から操って、ずっと待ってやがったんだ。……姐さんが、帰ってくるこの時を……っ!」
仁神の目に、涙が滲む。
「あいつら、俺たちの仲間を人質に取りやがった……!言う通りに家を教えて、妹を誘拐させて、姐さんを誘い出さなきゃ消すって……!俺には……俺にはどうすることも出来なかったんだよ……っ!」
火山は、深く、重い息を吐き出した。
それは呆れではなく、せり上がる激昂を無理やり押し殺すための呼吸だった。
「馬鹿ね」
「え?」
「私がいる。あんたたちのボスが」
室内に、痛いほどの沈黙が降りる。
火山のきつく握り締められた拳からは、爪が手のひらに食い込む鈍い音が聞こえそうだった。
向けられた眼光は冷徹そのものだったが、その奥では黒い炎が、爆発寸前のマグマのように煮え滾っていた。




