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第48話「後処理」

 ドレスの裾を振り乱して逃げてくる結城と、地面に這いつくばって不機嫌を撒き散らす最上。

 完全に終わっている。プロジェクトなら初日で破綻しているレベルの現場崩壊だ。


「社長、そのままキープ!火山は射線を空けろ!」


 叫ぶと同時に、俺は最上と璃々華を追い抜くようにして、岩陰から爆発的な踏み込みで飛び出した。

 狂暴化したリザードマンたちの槍が、逃げる背中に突き立てられるコンマ数秒前。俺はすでに敵の群れの死角――その背後に広がる尻尾のラインへと滑り込んでいた。


 ――"虚実転換リアライズ"。


 一瞬で敵の認識をハッキングする。

 リザードマンたちの黄色い瞳に、正面から自分たちを真っ二つに両断しようと迫る、もう一人の俺の幻覚が映り込んだ。

 敵の防衛本能が一斉に前方へと向き、その長い尻尾が、無防備にガラ空きになる。


「――終わりだ」


 すれ違いざまの一閃。

 物理攻撃のキレだけで、俺は流れるような3連続の抜刀を繰り出した。

 湿った鱗を断ち切る鋭い音が洞窟内に木霊する。


「ギャウッ!?」

「ギュルッ!?」


 バランスを司る尻尾を一斉に切断されたリザードマンたちが、まともな悲鳴を上げる間もなく、一斉に地面へと無様に転がった。体勢崩壊。完璧なデバフの付与だ。

 俺は剣を引くと同時に、呆然とこちらを見ている攻略課の面々へと、鋭く声を張り上げた。


「おい、出番だぞ。終わらせろ」

「は、はいっ!」

「……っ、やります……!」


 俺の声で我に返った火山が、先端に魔力を溜めた杖を突き出す。

 直後、転がるトカゲどもに向けて、特大の炎の弾丸と、最上が短剣で脳天を突き刺した。


 @AKITAKA:『うおおおお!課長一瞬で全員の尻尾切った!?』

 @ダイス:『全処理ww強すぎwww』

 @びえら:『神かよ……!』


 ドローンの画面には怒涛の勢いで称賛のコメントが流れ、同接はさらに跳ね上がっていく。

 だが、敵が光の粒子となって消滅していくのを見届けた瞬間。


「……っ」


 ぐらり、と、視界が不自然に歪んだ。

 急激な悪寒とともに、激しい目眩が脳の奥を鋭く刺す。一瞬、目の前の景色がモザイク状に崩れ、あのネクロス社の薄暗いサーバー室の幻覚にすり替わりそうになった。


「なんだ……!?」


 俺は強引に首を振って、脳裏にへばりつく過去の残像を打ち消す。冷や汗を拭いながら、咄嗟に目の前へステータスウィンドウを展開した。


【HP:303 / 303】

【MP:240 / 282】

【スタミナ:70 / 100】


 数値は正常。MPを過度に消費したわけでもない。なら、今の強烈な違和感は何だ?

 思考を巡らせようとすると、火山と最上が俺の前に立っていた。


「課長、あの、本当にすみませんでした……!」

「れ、連実さん……スミマセン……っ」


 戦闘の余韻が残る通路で、部下たちがガックリと肩を落として頭を下げている。すると、何故か社長がフンスと鼻を鳴らし、意気揚々と声を張った。


「いいのいいの!皆が無事なら結果オーライよ!さ、置いてっちゃうわよ、行くわよ!」


 社長は悪びれもせず、トボトボと歩く二人を引き連れてズンズンと奥へ進んでいく。その後ろ姿を見送りながら、俺は小さくため息をついた。

 その時、俺の後ろに立っていた結城が、声を掛けてくる。


「課長さん……」

「どうした結城。もしかして、少しは反省してんのか?らしくないな」

「ええ、それはもう……」

「個々が強くても連携が上手くいかなきゃ事故る。それは肝に銘じておけ」

「本当ですわよね。最上さんのせいでこうなりましたわ……本当に申し訳ございません」


 うわ。めちゃくちゃ綺麗なフォームで他責思考に走ったな、コイツ。

 しおらしい表情のまま、秒で同僚に全責任をなすりつける結城に、俺は思わず遠い目になった。

 とはいえ、その気持ちも分からなくはない。


「……まあ、俺も連携は苦手だ。これから少しずつ慣れていけばいいさ」

「そ、そうですわよね……っ!さすが課長さんですわ!」


 一瞬でパァッと表情を輝かせる部下に苦笑しながら、俺は再び、先ほど感じた謎の目眩の理由について思考の隅で狂ったように考え始めていた。


「過労か……?」


 俺は適当な理由で納得しながらも、皆を追いかけた。


 ◆


 通路の突き当たりに広がっていたのは、広大な地下湖だった。

 中央の突き出た岩舞台。そこに鎮座していたのは、通常の個体を遥かに凌駕する3メートル超の巨躯――この迷宮のボス、"ハイリザードマン"だった。


「ひゃあぁっ!? な、なんですのあの巨大なトカゲは! 皮膚が岩のようにガチガチですわ!」


 結城が早くも大盾の影でガタガタと震え出す。ハイリザードマンは鋼のような鱗に覆われた身体で、禍々しい三叉の槍を握っていた。

 さらに周囲の水面からは、数匹の護衛リザードマンが長い舌をチロチロと出しながらこちらを睨みつけている。


「チッ、水際陣地か。火山、最上! 周囲の取り巻きの相手を任せる。水中に潜らせるな、陸に引きずり上げろ!」

「了解です、課長!」

「……う、や、やってやります」


 だが、ボスと護衛どもは、こちらの裏をかくようにして一斉に地下湖へと飛び込んだ。ザバーンと激しい水飛沫が上がり、冷たい水流の中に敵の気配が完全に消える。

 水中からの高速移動。濁った水面を縦横無尽に泳ぎ回り、死角から執拗に槍を突き出してくる魔物たちに、前線の火山と最上がジリジリと後退を余儀なくされていく。


「くっ、どこから来るか分かりません……!」

「あ、危ないですわ火山さん!」


 ダメージを受け、息を荒くする火山と最上。

 それを見た結城璃々華の目が、恐怖の中で一瞬、鋭く見開かれた。

 お嬢様特有のプライドか、それともお友達を傷つけられたことへの怒りか。彼女は涙目で大盾を構え直すと、前線へと一歩を踏み出した。


「わ、わたくしだって、智哉パパの娘ですわ! 泥に塗れる覚悟くらい、とうにありますのよ! ――"星霜の琴糸アストラル・ストリングス"!!」


 璃々華の指先から放たれた無数の魔力糸が、地下湖の水面へと蜘蛛の巣のように無数に垂らされていく。


「これに、電気を――流しますわーっ!! "エレクトリック・ショック"!」


 バチバチと青白い火花を散らし、水中から「ギェェッ!?」という悲鳴が上がる。見事な判断だ。だが――仕留めきれなかった。

 水中から飛び出した1匹の護衛が、激昂した様子で三叉の槍を構え、無防備な璃々華の胸元へと一直線に突き出された。最悪のカウンター。


「結城、避けろ――」


 俺が身体を動かそうとした、その瞬間。ぐらり、と脳奥を襲った例の強烈な目眩が、俺の初動をほんのコンマ数秒だけ遅らせた。


「しまっ――」


 幻覚でのハッキングが間に合わない。俺は生身の身体のまま、璃々華の前へと強引に滑り込んだ。


「ガ、ハッ……!」


 鈍い衝撃。リザードマンの槍が俺の脇腹を深く貫いた。視界の端で、HPがリアルタイムで減り続ける。


【HP:230 / 303】


「課長っ! ?」

「れ、連実さん……!? 」


 火山たちの悲鳴が響く。俺は痛みを噛み殺しながら、槍の主の脳頭を力任せに殴り飛ばして水へと突き落とした。だが、敵は再び水中に逃れていく。

 最上と結城は、この緊急事態ですら「あんたの糸のせいで」「そっちの動きが」と最悪の責任転嫁を始めようとしていた。


「おい……いい加減にしろ。お前らの最悪な連携のせいで、俺の胃とHPが同時に消し飛んでるんだよ……!」


 冷や汗を流しながら、俺は限界の脳細胞を高速回転させる。水中からの奇襲を完全に封じるには、奴らを一箇所に誘き寄せる「絶対に食いつく一級品の餌」が必要だ。

 俺は、隣でガシャガシャとあわてて鎧を鳴らしている"無敵の壁"を見つめた。


「……社長。出番です」

「ええ!?何かしら煉夜くん。その死んだ魚の目をさらに濁らせて私を見るの、やめてくれない?」

「作戦を決行します。社長、今すぐ地下湖に飛び込んで、魚のマネをしてください」

「はぁ!?無理よ!なんで私がトカゲの釣り餌にならなきゃいけないのよ! 拒否よ、断固拒否!」

「結城、社長をその魔力糸でガチガチに縛って、湖の真ん中に放り投げろ。俺たちが紐を引っ張る」

「わ、わかりましたわ!」


 璃々華は抵抗する社長を"星霜の琴糸"で瞬時に拘束すると、そのまま地底湖に落とした。

 水飛沫を上げて、ミスリル鎧の塊が水面に浮かぶ。


「ぶふぉっ!? 煉夜くんあんた本当にクビよ!?」

「最上、結城、準備しろ。ボスが食いついた瞬間に最大出力で電気を流す」

「ちょっと待ちなさい煉夜くん!?私、今すっごい電撃デスゲームの主役にされてない!?」


 水面が怪しく波打ち、ハイリザードマンの巨躯が、極上の餌に誘われて水底から一気に浮上してくるのが見えた。


「大丈夫です社長。そのミスリル鎧は電気すら弾く仕様です。感電はしないです! ――多分!」

「多分って何によ!あーもう!くそっ!」


 社長が覚悟を決めてバイザーを閉めて、水中に深く潜る。

 その目の前に、泡を吹き散らしながら、三叉の槍を構えたハイリザードマンが巨大な顎を開いて姿を現した――。

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