第47話「犬猿の仲」
火山の地元にあるD級ダンジョン。
海沿いに口を開けたその洞窟内は、潮の香りと冷たい湿気に満ちていた。
そんな薄暗い通路を進む俺の目の前で、さっそく二人の少女が、これ以上ないほど最悪な火花を散らしている。
俺はため息をつき、配信用ドローンを起動した。
「ハロー!今日からこの方たちとダンジョンに潜ることになりました、結城璃々華ですわー!」
「はぁ……邪魔だ……どけ」
「な、なんですって!?失礼な方ですこと!」
「へっ……ビビりの癖に、ワタシらのパーティに入る方がおかしいんだよ」
「わたくしと火山さんがお友達だから嫉妬していらっしゃるの?哀れですわね!」
舌打ちしながら、最上がスマホを取り出して文字を打つ。
@びえら:『え、ギスギスやんw』
@りりかの下僕:『は?最上とかいう奴ゴミやん』
@さなぎ:『凛々華、態度悪』
最上、自分のアンチコメに混じってしれっと自演で火に油を注ぐな。
「か、課長……すっごく険悪ムードですけど」
「まずいな。ファン同士の対立煽りに発展したら配信の空気は最悪だ。リスナーの母数は結城の方が多い。このままだと最上に大量のアンチがつくぞ……!」
「ど、どうするんですか!」
「火山、この場を収められるのはお前だけだ。全人類の孫パワーを見せてくれ」
「うっ、分かりました!」
火山が意を決して、一触即発の二人の間に割って入った。
「はい!二人とも、喧嘩はそこまで!」
両手を広げ、弾けるような営業スマイルを向ける。
「……わ、分かりました……」
「火山さんがそうおっしゃるなら、仕方がありませんわ!」
さっきまでの獰猛なキャットファイトが嘘のように、二人はあっさりと矛を収めた。火山の"無自覚人たらしスキル"の効き目は恐ろしい。
俺がホッと安堵していると、横からトントンと肩を叩かれた。
「ねー、煉夜くん。なんであの二人、あんなに仲悪いの?」
「あ、知らなかったんですか。あの二人はですね――」
移動しながら、これまでの因縁を軽く説明する。
「……なるほどね。大体の事情はわかったわ」
社長は納得したように頷くと、ぱんっ!と景気よく手を叩き、三人の注目を集めた。
「というわけで!今回のダンジョン攻略で一番貢献度が高かった方に!火山ちゃんと"一緒にお風呂に入る権利"と"添い寝ができる権利"を授与しまーす!」
「は!?火山の人権どこ行った!?」
「わ、私とお風呂、添い寝……?」
思わぬ爆弾発言に、最上と璃々華がフリーズする。
「ほら社長、当の火山も困惑して――」
「別に、女の子と一緒にお風呂に入るとか、一緒に寝るだけならいつでも大丈夫ですけど……?」
「そっちかよ!」
火山のガードが緩すぎる。ピュアゆえの全肯定モンスターだ、こいつは。
「よし、言質は取ったわ。なら勝者は好きなだけハグするなり、キスするなり、なんなら舌を入れ――」
「はいストップ。配信に乗せられないワードを出さないでください」
慌てて社長の口を手で塞ぐ。しかし、その背後では二人の少女の導火線に完全に火がついていた。
「ひ、火山さんと……混浴に、そ、添い寝……!?なんて破廉恥な……でも、そんなこと他の女に渡せるわけが……!」
「ワ、ワタシが、ひ、火山センパイの純情を……あの生意気な女狐から守らなきゃ……!」
「ふふ、二人とも頑張ってねー!」
嬉しそうに手を振る火山。お前は本当にそれでいいのか……?
方向性は最悪だが、やる気に満ち溢れた二人の背中を見ながら、俺はただただ頭を抱えるしかなかった。
――しかし、コメント欄は大盛り上がりだ。
火山を巡って争う最上と結城という分かりやすい構図が、完全に"プロレス"として機能している。誇らしげに笑う社長を見て、もしかすると最初からこれを意図していたのだろうかと邪推してしまう。
◆
しばらく進むと、数匹のリザードマンが洞窟内を徘徊しているのが見えた。
二足歩行に進化した巨大なトカゲ。湿った鱗が暗がりで鈍く光り、その手には粗末な石槍が握られている。
俺たちは岩陰に身を潜めながら、小声でブリーフィングを始めた。
「リザードマンだ。弱点は雷と炎、それと尻尾だな。尻尾でバランスを取っているから、そこを斬れば体勢を崩せる」
「なるほど……」
火山が小さく頷く。その隣では、結城璃々華が槍を握る手に力を込めていた。肩にわずかな力みが見える。
「火山と結城が主力だ。二人で攻撃を仕掛けろ。社長はヘイトを稼いで、尻尾がこちらを向くよう誘導してください。最上は"隠蔽"を使いながらその尻尾を切断。ピンチになったら俺が入る」
「私に任せなさいっ!ほらほら!こっちよ!」
説明が終わるや否や、社長が岩陰から勢いよく飛び出し、両手を振ってリザードマンへアピールした。
「ギャアァッ!?」
「ギュルルルルッ!」
突然現れた獲物に反応し、リザードマンたちが一斉に社長へ顔を向ける。
「わ、分かり――」
「璃々華ちゃん!」
「はいっ?」
飛び出そうとした璃々華を、火山が呼び止めた。その顔には、いつもの柔らかな笑みが浮かんでいる。
「私はね、最初の頃は配信ってめっちゃ緊張してたんだけど、最近は慣れてきて楽しいの!慣れたらこっちの勝ちだよ!」
「ひ、火山さん……っ!」
「失敗しても大丈夫!課長がいるし、社長もいるし、私もいるから!さぁ、行こう!」
「……はいっ!」
璃々華の顔から少しだけ強張りが消える。
「や、やってみますわ!」
勢いよく岩陰を飛び出した璃々華に、火山も杖を掲げて続いた。淡い光がその先端に集まり始める。
二人の背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。初陣の新人にかける言葉としては百点だろう。
「最上、お前は行かないのか」
振り返ると、最上が岩陰で膝を抱えるように小さくなっていた。耳まで垂れそうな勢いで肩を落としている。
「な、なんか……フクザツな気持ちです。ワタシ、ひ、必要ない気がしちゃって……!」
「そんなことないけどな。最上がいなきゃ尻尾切れないだろ。それに、火山の純情を守るんだろ?」
最上はぎゅっと短剣を握り直した。
「で、出ます。や、やってやります……!」
最上もまた、岩陰から飛び出した。
何やかんや言って全員やる気だけは十分らしい。結城以外は日頃の努力の甲斐あってか、率先して戦えている。
こんなダンジョン、もはや簡単――そう思った、次の瞬間だった。
「ちょっと!最上さん!?射線上に入らないでください!」
「い、糸!邪魔……だ!」
リザードマンの尻尾を狙って"隠蔽"から突撃したはずの最上だったが、手柄を焦るあまり、璃々華が放った牽制用の魔力糸に足元をすくわれて盛大にズッコケていた。
「な、なんですって!? わたくしの華麗なスキル、"星霜の琴糸"の軌道上にわざわざ飛び込んできたのはそっちですわ!」
「ハァ!?完全にワタシの突撃ルート塞いでただろ、この目障りな女狐……!」
前衛二人のキャットファイト再開により、社長が稼いだヘイトのタガが完全に外れた。
狂暴化したトカゲの集団が、地面に這いつくばる最上と、大盾を構えてバタバタしている璃々華へと槍を振り上げる。
「いやぁぁぁああっ!?来ないでくださいましーーーっ!!」
璃々華はドレスの裾を振り乱し、涙目で大盾をデタラメに振り回しながら、あろうことか俺たちの後方へと脱兎のごとく逃げ戻ってきた。お嬢様特有の鉄壁の逃走技術である。
当然、最上も「チッ……!」と舌打ちしながら、不機嫌の極みのような顔で後退してきた。
@ダイス:『ビビり悲鳴きたあああwww』
@るり:『逃げるなよ』
@びえら:『最上ちゃんとの連携ゴミじゃん!w』




