第44話「煉夜の妹」
「おい!お前、なんでこんなとこいんだよ!?」
押し寄せる熱気と埃っぽさに顔をしかめながら、俺は先を走る明日香の背中に向かって叫んだ。
「ふん。仕事だよ」
乱れ一つない見事なフォームのまま、明日香は振り返りもせずに鼻で笑う。
「仕事って……こんな過疎化が進んだ地方の、しかも未踏破ダンジョンにか!?仕事なら東京近辺の安全な高ランクエリアでいくらでもあるだろ!?」
「私より先に最奥のボスを倒したら、ちゃーんと説明してあげるー」
冷たく突き放すように言い放ち、明日香はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
だが、どちらにせよ、これはチャンスだ。
あの白銀の時と同じだ。今ここで明日香のリスナーを力尽くでこちらに引き込むことができれば、むしろお釣りが来るくらいのラッキーってやつだろう。
「そうか。なら、久々に兄貴のいいとこ見せちゃうぞ」
「え――!?」
驚愕に目を見開く明日香の横を、俺は一瞬で置き去りにする。
本当なら長期戦に備えてスタミナを温存したいところだが、今は度外視だ。
@るり:『明日香より早い!?』
視線の先に、鉄と鉄が激しく擦れ合い、地鳴りのような重低音が響き渡る。
行く手を阻むように、岩石の巨躯――"アイアン・ゴーレム"が視界に入り、重低音の咆哮を轟かせた。
「そこどけ、デカブツ」
俺は地を蹴り、一気に接近する。
狙うは一点。分厚い岩の装飾の隙間、心臓部に剥き出しになった、怪しく光るコア。
アイアン・ゴーレムの顔面から、凄まじい熱量を孕んだ赤黒い光が漏れ出す。
エネルギーの収束。
次の瞬間、極太の魔力ビームが放たれた。
「兄貴!」
後ろから明日香の悲鳴が聞こえる。
まともに喰らえばワンチャン骨も残らない一撃。
上等だ。俺の視界は、恐ろしいほどに冴え渡っている。
爆風を置き去りにして、跳躍する。直撃まで、コンマ数秒。極限の集中力で空中姿勢を制御し、紙一重でその軌道から身をよじる。
肌を焼くほどの熱波が頬を掠め、次の瞬間、背後の岩肌が轟音と共に深々と抉り取られていた。
「――読みが甘いんだよ」
強引に加速する。
アイアン・ゴーレムが再び拳を振り上げるよりも早く、俺の剣がコアを正確に捉えた。
剣を差し込み、躊躇なく引き抜く。
――パリィィン。
ガガガ、と無機質な駆動音が停止し、巨躯が崩れ去る。
地響きと共に土煙が舞う中、俺は着地し、剥き出しになったコアを無造作に放り投げた。
@びえら:『強すぎwww』
@しがない豪傑:『魔法なしでこれはバケモノすぎるでしょ』
コメントが湧き、同接が150人を超える。
「お先」
「ちょ!待て――」
◆
数分後。坑道の突き当たりに広がっていたのは、不気味なドーム状の巨大地下空洞だった。
空間の中央で足を止め、周囲を警戒する。
地面が大きく揺れ、天井からねっとりとした“泥”が滴り落ちてきた。
俺は最低限の動きでそれをかわし、闇の広がる天井を仰ぐ。
「……厄介な奴が現れたな」
絶え間なく蠢き、形を変え続ける泥と粘土の異形——このダンジョンのボスである“マッドゴーレム”がそこにいた。
侵入者を感知した泥の巨躯が、地鳴りのようなウネリを上げて迫り来る。
俺は間合いを詰め、走り込みざまに鋭く剣を一閃させた。
だが、手応えは皆無。刃は虚しく泥の肉体に吸い込まれ、その傷口は即座に塞がっていった。
「チッ、普通の物理攻撃は無効だよなぁ……。俺のまともな攻撃スキルじゃ通りっこねぇ。……なら、明日香を利用させてもらうか」
そう呟いた瞬間、背後から空間を押し潰すような圧殺の風切り音が響く。
マッドゴーレムが、泥で形成された巨大な腕を容赦なく叩きつけてきたのだ。
俺は寸前でバックステップを踏み、質量に任せた一撃をやり過ごす。
直撃した地面が爆ぜ、飛び散った泥が頬をかすめた。すかさず次弾として放たれた泥の触手を、最小限の歩法でいなす。右へ、左へ。猛攻を紙一重で回避しながら、俺はただ一人の到着を待っていた。
「どきな、兄貴!ボスは私がもらう!」
背後から響く、聞き馴染んだ勝気な声。
追いついてきた明日香が、身の丈ほどもある大剣を大上段に構え、漆黒の魔力を爆発させていた。
斬撃と魔法を融合させた、彼女の最大奥義だ。
「潰れろ!——"ナイトフォール・エッジ"!」
その声が聞こえた瞬間、俺の思考は加速する。
俺は一歩踏み込み、あえてマッドゴーレムの懐へと飛び込むと、巨躯がわずかに左へと傾く。
直後、轟音と共に放たれた漆黒の三日月状の衝撃波が、マッドゴーレムの巨躯を真っ二つに引き裂いた。
凄まじい爆風が俺の髪を激しくなびかせ、強烈な魔力の残滓が地下空洞を激しく震わせる。
「やったか!?」
明日香が息を切らせながら、勝利を確信した声を上げる。
だが、左右に割れた泥の断面に淡く光る"コア"が露出したものの、それは完全に無傷だった。
すぐさま無数の触手のような泥が噴き出し、互いを引き寄せ合うように蠢き始める。それどころか、周囲に飛び散った泥の一滴一滴までが、意思を持つように元の肉体へと戻っていく。
それを見た明日香が、バツの悪そうな顔をして舌打ちした。
「チッ……コアを外したか!」
「明日香!油断すんな!」
「え?」
叫ぶと同時に、俺は明日香の体を力任せに突き飛ばした。直後、背後から伸びてきたマッドゴーレムの泥が、俺の体を容赦なく飲み込み、取り込んでいく。
背後からの不意打ちによる、最悪の世代交代。
「兄貴!クソ……!」
明日香が息を呑む。目の前では、俺を完全に取り込み、再生を完了したマッドゴーレムが不気味に彼女を見下ろしていた。
(は!?いつの間にこんなに距離を詰められた!?……でも、コアの場所なら、さっきの攻撃でおおよそ把握してる――!)
焦りつつも、明日香は再び大剣を構え直す。
「"ナイトフォール・エッジ"!」
確かな手応えと共に、再び漆黒の三日月形が放たれた。
しかし、その一撃を受けたはずのマッドゴーレムの姿が、まるで空間のノイズのようにブレて、かき消える。
「は……?」
明日香が目を見開いた。彼女が放った斬撃の射線上――マッドゴーレムが消えたそのすぐ後方には、最初の強力な斬撃を受け、まさにコアを露出させていた本物のマッドゴーレムが、無防備に立ち尽くしていたのだ。
「ありがとな。明日香」
泥に呑まれたはずの俺は、本物のゴーレムの死角から飛び出すと、その隙を突いて露出したコアを真っ二つに叩き斬った。
「な、なんで……!?」
崩れ落ちるボスを前に、明日香が驚愕の声を上げる。
「最初の一撃で、わざとコアを数センチずらさせた。本物のコアの位置を確認するためにな。……で、ここからが種明かしだ」
俺は呆然とする明日香の肩に手を置く。
「お前が二回目に攻撃したマッドゴーレムも、お前を突き飛ばして泥に取り込まれた俺の姿も、全部俺のスキルが魅せた幻覚だよ」
「兄貴の例のスキルか!?射線を調整されてたってことか……」
明日香は大剣を地面に突き立て、悔しそうに、けれどどこか嬉しそうにフンと鼻を鳴らした。
「……相変わらず、性格の悪い戦い方。まったく、嫌なクソ兄貴」
すべては俺の掌の上だったと、彼女は鋭い直感で気づいているのだろう。
俺の頭上を無音で浮遊する配信用ドローンの画面には、リスナーたちのコメントが猛スピードで流れていく。
@AKITAKA:『おい今の何が起きてた……!?』
@るり:『明日香と課長さんの連携神すぎる!!』
@ウオノメ:『は?漁夫の利じゃね?』
俺の固有スキルは、カメラの映像には決して映らない。
だからこそ、この配信を見ている人間からすれば、俺が命懸けでボスを翻弄し、明日香の一撃を最高の形で、俺が漁夫の利した"神連携"に見えているはずだった。
「ま、これでフォロワーのノルマ達成も見えてくるだろ」
俺は配信の同接数に目を落とす。
現時点での数字を確認し——俺は思考を停止させた。
……200人。
見に来てくれている視聴者には感謝している。だが、正直に言えば、思ったよりもずっと少ないのが現状だった。
「あれ……?トップダイバーの宣伝効果は……?」
嫌な予感がして、大剣に寄りかかる明日香の様子を凝視する。
彼女の周囲に、浮遊しているはずの配信用ドローンの姿はどこにもなかった。
どうやら明日香は、今、配信をしていないらしい。
「……んだよ。ジロジロ見て」
「あ、いや……。なんでもない」
彼女が配信を付けていないのであれば、当然、トップダイバーである明日香のリスナーが、こちらに流れ込んでくるわけがなかった。




