第43話「ソロでダンジョンへ」
――その日の夜。
大量の地鶏と地酒は、火山の妹たちの手で豪華な夕食に化け、一同は居間に集まっていた。
「うっま!下手したら高級店よりジューシーじゃない!」
「……社長が来なければ新幹線代も守られてたんですがね。食費くらいは出しますよ」
ゲラゲラ笑う社長の横で、俺は胃痛を噛み殺してお茶をすする。
少し離れた席では、最上と璃々華が火山の妹たちを質問攻めにしていた。
「ねえ、夕夏センパイって地元では本当に……強かったの?」
「ええ、最強だったんよ!」
真昼が目を輝かせる。
「まじで姉貴はかっこよくて!タチの悪い連中を全員ボコボコにしてさ!特に"冥竜"とかいうヤバイ連中をぶっ潰したんだよ!『妹と仲間に手を出す奴は骨まで焼き尽くす』って、マジで火を吹いてて……!」
「かっこいい……!炎姫、尊い……!」
「さすがわたくしの見込んだお方ですわ!」
「もう……やめてぇぇええぇ……」
最上が悶絶し、璃々華が鼻高々に扇子を叩く。火山は座布団に顔を埋めていた。
そこへ、夏夜がスマホを差し出してくる。
「あの、課長さん。お姉ちゃんをいつも守ってくれてありがとうございます」
「げ……」
画面には、俺がハイオークから火山を助けた切り抜き動画。
「で、いつお姉ちゃんとお付き合いするんですか?」
「は?」
「だってこんなの、デキてなきゃおかしいですよ」
「俺みたいなおっさんに?ないない」
「今どき歳の差なんて関係ないですって!しかも、課長さんのこと、かっこいいってお姉――」
「な、ななな夏夜ぁぁぁ!?なに言ってんの!?」
茹でダコになった火山が夏夜の口を塞ぐが、手遅れだ。
「そ、そうです!連実さんに恋愛は、なんか、イメージと違う……」
「そうですわよ。火山さんがお付き合いする際はわたくしを通してもらわないと!」
「えー?でも命がけで助けてくれたんだよ?漫画なら好きにならなきゃじゃん」
「漫画と現実は違うのーっ!」
その時、ビールジョッキがドンと卓に置かれた。
「へぇー?煉夜くん?年下の可愛い部下に手を出すなんていい度胸じゃない」
「社長、濁った目で見るな。どう考えても上司と部下だろ」
「ほーん?業務でお姫様抱っこするかしら?」
「人命救助だ!アンタもその場に居ただろ!?」
必死に弁明する俺と、それを面白がってさらに煽る社長。
そんな俺たちの騒がしいやり取りを、火山は両手で塞がれた夏夜の頭越しに、じっと見つめていた。
「……部下、ですか」
火山の小さな呟きは喧騒にかき消され、誰の耳にも届かない。
俺は冷めたお茶を一気に飲み干した。初日の夜にして、俺の精神的ライフはすでに虫の息だった。
◆
翌朝。俺は一人、薄暗いダンジョンの中にいた。
昨夜、最上がスマホをいじりながら言ったのだ。
『課長、今回はソロ攻略を配信した方がフォロワー伸びますよ。ギャップの需要、ありますって』
意外にも芯を食った提案だった。
それにせっかくの火山の帰省だ。たまには部下たちを休ませてやりたい気持ちもあった。
舞台は、地元の山奥に口を開けた未踏破のC級ダンジョン。
内部はゴツゴツした岩肌が露出する"坑道"で、ひんやりとした湿気と金属臭が立ち込めている。
――ガガ、ガリ、と不気味な岩の擦れ合う音が響いた。
現れたのは、周囲の岩石を繋ぎ合わせた全高5メートルの巨躯――鉱山型ゴーレムだ。
「よし、配信は回ってるな……」
@びえら:『え、課長さんのソロ?w』
@ルビィ:『いきなりゴーレム!?』
@りりっく:『課長、後ろー!』
同接数はまだ50人そこそこだが、コメントが流れ出す。
背後から、丸太のような岩の腕が凄まじい風切り音とともに振り下ろされる。
俺はノールックのステップで紙一重に回避。直後、岩の拳が地面を爆砕し、坑道に轟音が木霊した。
@ダイス:『ノールック!?』
並の物理攻撃を通さないゴーレムは、パーティで組んで魔法で削るのが定石だ。
だが、俺にそんな悠長な時間はない。
「狙うは一つ……」
岩石の隙間から見え隠れする、鈍い輝きを放つ青い結晶。
唯一の弱点――"コア"だ。
振り下ろされる二撃目を、俺はあえて避けない。岩の腕を駆け上がるように跳躍し、一気に懐へと飛び込んだ。
そして、剣を突き刺すと、コアが砕ける。
「次……」
@AKITAKA:『やっぱすげぇ』
俺は、その着地の勢いのまま、そのまま疾駆する。
開けた場所に出ると、もう一体のゴーレムが居る。
ゴーレムが俺を認識する。
「――"アクア・レイ"!」
ゴーレムのコアに向かって、幻で作り出した水のレーザーを飛ばす。
しかし、ゴーレムをすり抜けた。
「やべ……ゴーレムには使えないんだっけか」
@りりっく:『なにしてんのw』
脳のない無機物のゴーレム相手では、俺の幻覚魔法を"本物"と誤認させるための脳が存在しない。
すなわち、相手の認識を騙して現実に変える"虚実転換"の前提条件が成立しないということだ。
「ボス狙いに切り替える、か」
俺はゴーレムをスルーしようとする。
だが、背後から迫る岩石の巨躯は、こちらの都合などお構いなしに、狭い坑道を塞ぐようにして長い剛腕を振りかざした。
「チッ……足止めされるのは効率が悪いな。強行突破するか――」
俺が剣を順手に持ち替え、強引にすれ違いざまに物理でコアを叩き割ろうとした、その瞬間だった。
――ズバァッ!!!
鼓膜を震わせる凄まじい大気の破裂音。
俺の眼前にあったはずの5メートルの岩石の巨躯が、突如として放たれた"漆黒の斬撃"によって、中央から真っ二つに両断された。ガラガラと音を立てて崩れ落ちるゴーレムの破片。
@あまえんぼう:『いまの何』
@りりっく:『誰か乱入してきたぞwww』
立ち込める土煙の向こう側。
身の丈ほどもある無骨な大剣を肩に担ぎ、気怠げに首を鳴らしている一人のダイバーの姿があった。
黒いレザージャケットに、タイトなジーンズ。長い黒髪を高い位置でポニーテールに結わえ、その切れ味の鋭い瞳が、不機嫌そうにこちらを射抜く。
その顔立ちには、俺自身も嫌というほど見覚えがあった。
「……ハァ。ウダウダしてんじゃねえよ。クソ兄貴」
そのハスキーな声が坑道に響く。
「お前……明日香、か!?」
俺の義妹でありダイバーでもある――連実 明日香がそこに立っていた。
「……ハァ。みっともない配信なんかやって。昔の兄貴なら、今の三倍は早く片付けてたでしょ。鈍りすぎなんだよ」
その言葉は、かつて同じ背中を追いかけていた者としての、苛立ちと失望が入り混じっているようだった。
冷たく言い放つと、彼女はレザージャケットの襟を正し、躊躇うことなく坑道の闇の奥へと歩き出す。
「ま、待てよ! 明日香!」
@キラキラ:『兄貴?』
@るり:『え、あの明日香!?』
@さなぎ:『トップダイバーがなんで!?』




