第40話「フォロワー獲得作戦」
一方その頃――“ネクロス・テック・ワークス株式会社”本社。
会議室を無理やりオフィスへと改装したダンジョン攻略課では、定時を過ぎ、窓の外がすっかり夜の闇に沈んだ頃、俺たちはミーティングを開始した。
「はい!みんな、ちゅーもーく!」
社長である黒沢凛名がホワイトボードの前に立ち、やけにスタイリッシュな動作でマーカーのフタを外した。
そして、何故か満面のドヤ顔をキメたまま――
「はい、最上ちゃん。説明よろ」
「は、はいっ」
そのペンを、横で控えていた最上にバトンタッチして、そそくさと自分の席に着いた。
……何がしたかったんだ、あの人は。単にマーカーを開けたかっただけか。
「えっと……先日、皆さんに個人のSNSアカウントを作ってもらったと思いますが、現在のフォロワー推移がこちらになります」
最上が申し訳なさそうに、ホワイトボードに現実を突きつける非情な数字を書き連ねていく。
【黒沢 凛名】 ―― 2,500人
【火山 夕夏】 ―― 3,320人
【最上 渚】 ―― 2,200人
【連実 煉夜】 ―― 500人
「――以上です」
「煉夜くんすっくな!アッハッハッハ!」
開口一番、社長が腹を抱えて爆笑した。殺意が湧く。
「し、白銀聖人が宣伝してくれた配信……あれが効果的だったんですが、あの配信には連実さんは不参加でしたので!恐らくそのせいかと……っ」
最上が慌ててフォローを入れるが、社長の笑いは止まらない。
「それに、見てよこれ!煉夜くんのポスト内容、もうっすいのよ!配信開始の通知とか機材メンテの報告ばっかで、完全に業務連絡!まるで味がしなくなったガムね!少しは火山ちゃんを見習いなさい。時間がない中で、あんなにかわいい自撮りや手作り料理、シャレオツなカフェの写真を……」
「時間がないのは、アンタの無茶振りのせいでしょうが」
俺はすかさずツッコミを入れ、ため息をついた。
「というか、そもそも俺はダンジョン探索の現場責任者ですよ。SNSのフォロワーなんてどうでもよくないですか?業務に支障はないはずです」
呆れ気味にそう告げると、社長はピタリと笑いを止め、スッと真顔になって立ち上がった。
「甘いわね、煉夜くん。今や個人案件も重要な会社の資金源なのよ。 知名度を上げて企業スポンサーを引っ張ってくるのも、立派な業務の一環なんだから」
「別に俺以外の三人でいいじゃないですか」
「というわけで!課のメンバー全員には次のテコ入れとして、半月後までにフォロワー5000人を達成してもらいます!」
俺の意見は完全にスルーされた。
「……は?5000人?今から半月でか!?俺のフォロワー500人だぞ。10倍にするって、どんな錬金術だよ!?」
「そこは頭を使いなさい。バズる企画を考えるのも仕事のうちよ」
無茶苦茶なノルマを叩きつけられ、俺が頭を抱えた。
しかし、冷静に考えたらこれは社内のノルマでしかない。別に達成出来なくても――
「あ、未達の人はみんなに高級焼肉奢りね。あとボーナスと給料カットするからー」
まずい、めちゃくちゃだ。
ただでさえ雀の涙のボーナスがカットされたら、雀どころかミミズの涙だ。
プレッシャーで、じわじわと胃が痛み始める。
「……か、課長!」
元気よく立ち上がった火山が、気恥ずかしそうに、けれどビシッと俺を指差した。
「課長のフォロワーが伸びないのは、ズバリ、ダンジョン以外の親しみやすさが足りないからです!」
「まぁ……それは分かるが」
俺は自分自身に呆れながら答えた。
「……というわけで、いつぶりかの今週末のオフの日に、私とコラボ配信と映え投稿をして、課長の好感度アップ大作戦を提案します!」
「……ちなみに、いつぶりの休みだ?」
「えーと、忘れちゃいました……前のオフはお客様相談室にヘルプに行きましたし」
「俺達って、業務兼任がデフォなんだな……。それより、いいのか?アダマンタイトより貴重な休日なのに、休日出勤になっちまうぞ?」
「きゅ、休日出勤って言わないでくださいよ!行きましょうよ、課長!」
自然な動作で俺の袖を引っ張る火山。
底抜けに明るいその笑顔と、期待に満ちた上目遣いを向けられると、さすがの俺も無下には断れなかった。
「……分かった。金は俺が出す」
「やったー!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ火山。
だが、その背後で――。ホワイトボードの前に取り残された最上が、目を見開いて、口をパクパクしている。
「……火山センパイと、きゅ、休日デート、おぉ……?」
最上の呪詛のような呟きは、オフィスの空調の音に虚しくかき消されていった。
◆
そして迎えた、土曜日の昼下がり。
都内の大型ショッピングモールの広場で、俺は呆れ顔でため息をついていた。
「お待たせしましたーっ!」
人混みをかき分け、パタパタと小走りで駆け寄ってきたのは火山だった。
ふんわりとしたクリーム色のVネックセーターに白襟。胸元では星のペンダントが陽光を受けてきらりと光る。
黒のショートパンツにニーハイソックス、厚底シューズ。健康的な脚線美が目を引いた。
すれ違う男たちが思わず振り返り、慌てて視線を逸らしていく。
「おう。……なんか、今日は雰囲気が違うな」
普段スーツ姿ばかり見ていたからか、物凄く新鮮に写って見えた。
「えへへ、久々のお出かけなんで気合い入れてきちゃいました!今日は業務外ですから……煉くん、ですよね?」
上目遣いで覗き込んでくる火山の輝きに、俺は居心地の悪さを感じて視線を逸らした。
「ああ、そうだったな。好きに呼べ」
「やった!じゃあ早速、カメラ回しながらクレープ食べに行きましょ、煉くん!」
自撮り棒にセットしたスマホを掲げ、火山が弾むような足取りで歩き出す。
――しかし。
俺は楽しげな彼女を尻目に、わざとらしいほど隠れる気のない二つの影を、あえて視界の端で捉えながら彼女の背を追った。
「ギリィィィッ……!上司といえど、許せません……!ひ、火山センパイと、私服でデートだなんて……ワタシもやりたい、のに……!」
黒いキャップに黒マスク、さらに双眼鏡という完全な不審者スタイルで、今にも殺気を放たんとする最上がそこにはいた。
「わたくしだって、夕夏さんとクレープを食べ歩きしたかったですわーッ!」
「んなっ!?ゆ、結城璃々華ッ……!?」
その隣には、変装という概念を完全に捨て去り、無駄に煌びやかなドレス姿のまま電柱の陰に隠れようとしている結城璃々華の姿があった。
周囲の買い物客から、奇異の視線を一身に浴びていることにも気づいていない様子だ。
「あら、誰かと思ったら、火山さんの"後輩"の……どちら様でしたっけ」
「最上渚、だ……!オマエこそ、ここで何をしてる……?」
「決まっているでしょう?わたくしは火山さんのお友達ですのよ。火山さんを野蛮な輩からお守りする権利がありますの。貴方は?」
「チッ……足手まといのポンコツ令嬢は、すっこんでろ……。ワタシはあくまで"広報活動の監視"として、あの二人を尾行しているんです……!ジャマ、するな」
一方、俺は火山を一人待たせ、クレープを買う前に、トイレから出てきたところだった。
クレープの甘い香りが漂う広場の一角に、柱にもたれかかる火山が居た。
火山に、道行く男たちが次々と足を止めていた。
「あ、すみませーん!お姉さん、めっちゃ可愛いですね!よかったらお茶でもどうです?」
声をかけてきたのは、いかにも軽そうな男二人組だ。
彼らは火山に声を掛けた。
「あ、すみません!知り合いを待たせているので!」
「え〜、そんな固いこと言わずにさ」
一人がニヤニヤしながら火山の腕を掴もうと、ずいっと距離を詰めた。
その瞬間、火山の瞳の奥で、何かがプツリと切れた。
「……やめてくださいって、いいましたよね?」
「え?」
その声を聞いて、男が狼狽する。
火山の瞳には、濁った暗黒の憤怒が宿って見えた。
次の瞬間、男の腕が、見えない何かに強く締め上げられるように硬直する。
「まさか……!」
俺が視線を走らせると、物陰に隠れながら、スキルで男を拘束する結城の姿があった。
このままでは腕だけでは済まない。下手をすれば、あの男の命すら危うい。
俺は、火山と男の間に割って入った。
「はい、ストップ」
「あ、煉くん……!」
「……んだよ。彼氏持ちかよ」
俺を確認すると、男はそそくさと何処かへ消えた。
「助けてくれたんですか……?」
「いや、ナンパしてきた男を助けた」
「え!?」
「多分だが、お前の方が強いだろ」
火山は自分の拳を見つめ、バツが悪そうに肩をすくめた。




