第一章:エピローグ「魔神」
冷たい夜風が吹き抜けるビルの屋上で、俺はスマートフォンの画面をタップした。
耳元に端末を当て、コール音を数回。電子音が途切れ、繋がった。
「もしもし?」
『おー煉夜!久しぶりじゃねぇか!璃々華から俺の番号を聞いたんだってな?』
スピーカー越しに響いてきたのは、四、五十代特有の、野太くも快活な男の声だった。懐かしい響きに、自然と口元が緩む。
「ええ、そうです。お久しぶりですね、智哉さん。会社の方は順調ですか?」
『おう、順調そのものだ!遠からず、あの巨大企業KDCだって超える組織にしてみせるさ。――それよりお前、また探索者に戻ったんだって?一体どういう風の吹き回しだよ』
「まぁ、色々と事情があるんですよ」
『色々、か!はは、お互い苦労が絶えねぇな。……で、ただの近況報告ってわけじゃねぇだろ。何の用だ?』
結城さんの声から、経営者としての鋭さが微かに覗く。俺は手すりに身を預け、眼下に広がる街の明かりを見つめながら、本題を切り出した。
「最近、各地でダンジョンの出現率が異常に上がっている。……例の件、やっぱり関係ありますよね」
『……あー、それか』
受話器の向こうで、結城さんが短く息を吐く気配がした。先ほどまでの快活さが、一瞬で息を潜める。
『うちでも極秘に調査を進めてるんだが……何よりIGOの検閲が厳しくてな。表立った動きが取れねぇのが現状だ』
「ですよね……」
国家規模の隠蔽。予想していたとはいえ、事態の根深さに奥歯を噛み締める。重苦しい沈黙が流れかけたその時、結城さんが声を潜めて言った。
『ま、お前とは同じ元"ナイト・ブレイカーズ"のよしみだ。特別に、とっておきのネタを教えてやる』
「なんですか?」
風の音が、妙に遠く感じられた。
生唾を飲み込む俺の耳に、結城さんは重々しく、しかし確信に満ちた声で告げた。
『うちのラボが導き出した研究結果だ。……恐らくだが、あと十年から二十年後だ、この世界が"魔神"の手に落ちるのは』
「そう、ですか」
"魔神"――その耳障りな単語が鼓膜を震わせた瞬間、俺の脳裏を、かつて仲間との思い出が駆け巡る。
『――おい、ビビっちまったか?』
「……まさか。むしろ、すっきりしましたよ」
『はは、相変わらず不敵な野郎だ。頑張れよ、"黒い虚飾"』
「ちょ……!その名前はNGで――」
フッと通話が切れる。
手元に残ったスマートフォンの冷たさが、現実の重みを物語っていた。
俺は夜空を見上げ、深く、長く息を吐き出すと、屋上を後にした。




