第39話「ダンジョン攻略課、ここから始動」
そして、俺は火山の後を追うように、地階にある我がダンジョン攻略課の"会議室という名のオフィス"へと戻ってきた。
「おい、待てって火山……」
ドアを開けると、そこには既に自分のデスクで優雅にモナカアイスを齧っている社長と、モニターを睨みつけながらカタカタと凄まじい速度でキーボードを叩いている才川さんの姿があった。
「おはようございます、連実さん。……って、火山さん。なんでそんなに顔が真っ赤なんですか?」
「ひゃ、ひゃいっ!?なんでもないです!ちょっと、その、階段をダッシュしたら、急に心臓がバクバクしちゃって!」
火山は俺と目が合った瞬間、露骨に視線を逸らしてさらに机の陰へと隠れた。
そんな火山の様子に首を傾げつつも、才川さんは視線をホログラムモニターへと戻し、不敵な笑みを浮かべた。
「社長、火山さん、最上さん、連実さん。D級ダンジョン"地下の森"の完全攻略、おめでとうございます。攻略課の"現在の金銭状況"と"総括"がまとまりました。発表します」
「待ってました!稼いだわよね!?ねぇ、億万長者かしら!?」
社長がアイスをデスクに放り出し、目をキラーンと輝かせて身を乗り出す。
才川さんは咳払いを一つ挟み、ホワイトボードのモニターに現在のネクロス社の収支グラフを映し出した。
「まず、これまでのすべての攻略分――Fランク数回と、先日のDランク"地下の森"でのリザルトです。IGOからの公式攻略奨励金がまず1千500万円。さらに、バジリスクの希少素材、"石化毒原液"……」
才川さんが画面を叩く。
ポン、と、これまでの零細企業には似つかわしくない巨額の数字が表示された。
【総獲得資金:45,500,000円】
「よ、4千万円……!?」
火山が机の陰から飛び出し、目を限界まで丸くして声を上げる。
中卒バイト生活が長かった彼女にとっては、国家予算レベルの大金だろう。
「うーん、収支はまだ赤字だけど……それでもやったじゃない、大勝利よ! 経費で高級焼肉どころか、私のオフィスに最高級のマッサージチェアが置けるわね!」
「バカを言わないでください、社長」
俺はすかさず社長の妄想に割って入る。
「これっぽっちじゃ、今月の莫大な借入金利息を払ったら綺麗に消えます。……最上、本番はここからだろ?」
「ふふ……。そ、その通りです、連実さん……」
そう言って不敵に笑ったのは、才川さんの隣にいた最上だった。
歪んだ笑みをニヤリと浮かべ、才川さんから引き継ぐように手元の端末の画面をスワイプする。
次にメインモニターへ映し出されたのは、配信プラットフォーム“D-Livers”における、我がネクロス社公式チャンネルのアナリティクス画面。
そこには、最高同時接続者数とフォロワー数が、垂直に近い角度で跳ね上がった巨大な右肩上がりのグラフが描かれていた。
【最高同時接続数:580人突破】
【公式フォロワー数:1,024人】
「「……あ」」
俺と社長の声が重なった。
「バ、バジリスク戦での社長の"喉詰まり特攻"と、トップダイバー白銀聖人による公式リポストの拡散効果により……さ、最高同接は500人を大きく超えて、580人を記録……!そして――フォロワー数が、つ、ついに大台の1,000人を突破しました……!」
最上がパチパチと、無表情のまま、しかし確かな達成感を込めて手を叩く。
「フォロワー1,000人突破……。つまり、収益化の条件達成、だな」
俺の問いに、最上は力強く頷いた。
「は、はい。これまでの"小銭稼ぎ"の素材売却配信は昨日で終わりです。次回からの配信からは、公式の"広告費"および"投げ銭機能"が全面開放されます……!これからが、本当の成り上がりビジネスの始まり、です……!」
「やったああああああーーーっ!!」
社長が両手を挙げて歓喜のダンスを踊り始める。
火山も「すごい、渚ちゃん!頑張って走った甲斐があったね!」と最上に抱きついた。
最上は顔を真っ赤にしながらも、「ふんす」と誇らしげに胸を張っている。
広告費の開放、そして投げ銭。
これまではただ潜って、奨励金獲得と素材を売るだけだった泥臭い労働が、これからは世界中の視聴者の財布と直結する"エンターテインメント"へと変貌するのだ。
成功すれば、一本の配信で数千万が動く市場。社長が最初に言っていた大博打のカードが、ようやく手元に揃った。
「……まぁ、まずは第一歩、だな」
俺はパイプ椅子に腰掛け、小さく息を吐き出した。
頼もしい部下たちは着実に強くなっている。
「よーし!収益化も記念して、次回の配信はこれよ。投げ銭額によって、火山ちゃんが一枚ずつ脱――」
俺は、社長の頭を軽くチョップする。
社長の口から放たれた突拍子もない企画に、火山は両手で口元を押さえた。
「社長、一線は越えないでください」
「じょ、冗談よ!てか、私は社長よ!?暴力行為はクビよ!?」
「なら社長はセクハラでクビっすね」
「冗談きついわよ!」
ガハハと笑う社長を最上が睨みつけていた。そして、冷徹に資料をまとめる才川さん。そして未だに俺と目が合うたびに、何故か目を逸らす火山。
相変わらず騒がしくて、胃の痛いオフィスだ。
「……さて。それじゃあ、次の"仕事"の計画を立てるか」
俺は壁掛けカレンダーの"5月10日"の赤バツ印を破り捨て、その次のページへと手を伸ばした。
ネクロス・テック・ワークス株式会社、ダンジョン攻略課。
俺の、本当の"残業"は、ここから幕を開ける。




