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第37話「賭けの結果」

 時刻は定時を少し過ぎた頃。

 俺は、IoT部門のオフィスにいた。


「おい連実。今日のD級攻略、どうだったんだぁ?ま、当然無理だっただろうが」


 ふんぞり返る近藤部長が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて俺を見下ろしている。彼は今日の配信を見ていない。


「見てなかったんですか?配信」


 俺は無言でスマホを操作し、近藤のデスクに置いた。

 画面には、配信のアーカイブ映像が流れている。バジリスクの巨体が崩れ落ちた映像。

 そして最後には、社長、火山、最上の三人が揃ってピースサインを掲げている攻略後の映像。


「……は?」


 近藤の顔から、余裕の笑みがヒクッと剥がれ落ちた。

 信じられないといった様子で画面をスクロールし、バジリスク戦の終盤――"迷宮ぴかり"が特攻して火山を救ったシーンで、近藤の指がピタリと止まる。


「ふざけんな!このドローン、IoTチームの備品じゃねえか!俺の許可なく誰が貸しやがった!」


 近藤の怒声がオフィスに響く。

 残業していた社員たちがビクッと肩を震わせた。


「あ、あの……それは、私が……」


 少し離れたデスクで、田中が青ざめた顔で立ち上がった。


「テメェか田中ァ!!」


 近藤が顔を真っ赤にして田中に歩み寄ろうとする。

 俺はすかさず、近藤の前に立ち塞がった。


「俺が強引に借りたんです。彼女は関係ない」

「どけッ!てめえらみたいな底辺のゴミ共が、俺のメンツを潰しやがって……!」


 近藤の全身から、尋常ではない圧が噴き出した。


 「俺のスキル――"筋力増幅フィジカル・バースト"だッ!」


 スーツの下の筋肉が異常に膨張し、近藤が怒りに任せて拳を振り下ろす。

 

 ――ドゴォォンッ!!


 分厚いスチールのデスクが、まるで紙くずのようにへし折れ、中央から真っ二つに叩き割られた。


「キャアアアアッ!?」

「ひぃっ!?」


 飛び散る破片と轟音に、社員たちが悲鳴を上げる。

 ただの嫌がらせをするパワハラ上司ではない。腐ってもこいつは、かつて迷宮に潜っていた"元探索者"なのだ。


「……舐めるなよ、連実。俺を誰だと思ってる」

「全員、今すぐフロアから出ろ!早く!」


 俺の指示に、田中を含む社員たちがパニックになりながらも一斉にオフィスから逃げ出していく。

 誰もいなくなったオフィスで、近藤が首をゴキゴキと鳴らした。


「D級ごときで調子に乗りやがって。俺の現役時代なら鼻歌交じりでクリアできるわ。やっぱりテメエは、俺が直々にブチ殺して……」

「そうやって怒りを抑えられないから、資格を剥奪されたんでしょうが」

「あ?」

「他ダイバーに対する明確な妨害、そして幾度とない暴力行為。あんたが引退したんじゃない。業界から追放されたんだろ」

「……テメェ、殺すッ!!」


 俺は跳ぶように後ろへ下がり、距離を取る。

 だが、近藤は理性を失ったように突進してきた。


「――"フレイム・ウォール"!」

「ハッ!脆いなァ!てめえのスキルのカラクリなんざ、とっくに分かってんだよ!」


 近藤の前に炎の壁が立ちはだかるが、近藤はそれ躊躇なくすり抜けた。

 "筋力増幅フィジカル・バースト"による凄まじいスピードと破壊力。

 丸腰の俺は、飛んできた近藤の剛腕を咄嗟に腕を交差してガードする。


 ――だが、重すぎた。


 ガードごと吹き飛ばされ、俺の身体は背後のロッカーに激突し、派手な音を立てて床に崩れ落ちた。


「ぐはっ……」


 近藤が、倒れ伏す俺の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。


「相手の脳を騙す見せかけの幻覚だろ?"これは偽物だ。効かない"と俺が強く認識していれば、お前の魔法もどきには俺に傷一つ付けられねえ!」


 近藤は、ギリギリと音を鳴らしながら拳を握る。


「テメエのスキルは俺には完全に無力なんだよ!」


 勝ち誇ったように嗤う近藤。

 だが。


「……ご名答だ」


 近藤に胸ぐらを掴まれている“俺”が、ニヤリと笑った。


「なっ……?」


 その瞬間、近藤が掴んでいたはずの俺の身体が、テレビのノイズのように砂嵐となって"ブレた"。

 そして、ふっと虚空へ溶けるように消滅する。


「幻覚だよ。"フレイム・ウォール"は、入れ替わるためのカーテンだ」


 近藤がハッと、後ろを振り返る。

 そこには、無傷のまま静かに、本物の俺が立っていた。


「テ、テメエ……ッ!小賢しい真似を……!だが魔法が効かねえ以上、オチは同じ――」

「ああ、あんたの言う通り、俺の幻覚魔法はあんたには効かない。見破られているからな。……だから、金に物を言わせることにした」


 俺は懐から、一枚の古めかしい羊皮紙を取り出した。

 表面には複雑な幾何学模様の魔法陣が描かれ、禍々しい紫電の魔素がバチバチと音を立てて漏れ出している。


「な……!"雷魔法のスクロール"だと!?」


 近藤の顔が、驚愕に引きつった。

 魔法を封じ込めた使い捨てのスクロール。誰でも魔法を行使できる代物。


「てめえらに、そんなもん買う金が……!」

「今日の配信で稼いだ同接と投げ銭を突っ込んだ。近藤部長、あんたを完全に終わらせるための、安い必要経費だ」


 俺がスクロールを展開し、魔力を流し込む。

 途端に、オフィス内の照明が明滅し、空気が焦げるようなオゾンの匂いが充満した。


「や、やめ――」

「――“ライトニング・ディザスト”」


 羊皮紙が眩い閃光を放ち、オフィス内に"本物の落雷"が顕現した。

 鼓膜を破る轟音――逃げ場のない紫電の嵐が、近藤の巨体を飲み込む。


「ぐぁあああああああああああああっ!?」


 どれだけ"筋力増幅フィジカル・バースト""で肉体を強化しようと、高位の魔法攻撃に対する耐性はない。


 近藤は全身を黒焦げにして煙を噴き上げ、白目を剥いて床に崩れ落ちた。

 ピクピクと痙攣し、完全に意識を失っている。


 静まり返るオフィス。

 俺はゆっくりと歩み寄り、床に落ちた"スクロール"を拾い上げた。

 そして、フッと息を吹きかけた。


 すると、紫電を纏っていたはずの高価な羊皮紙の巻物は、パラパラと幻のように解け――ただのA4コピー用紙へと姿を変えた。

 そこに書かれていたのは、ただの先週の会議の議事録だ。


 ただのA4用紙から放たれた幻覚の雷。


 だが、それを「本物のスクロールだ」と近藤が認識した瞬間、俺のスキル"虚実転換リアライズ"は、近藤に対して"致死の現実"へと変換した。

 俺はコピー用紙をゴミ箱へポイと捨て、足元に倒れる近藤を見下ろした。


「……あ、近藤部長。社長がお話があるそうです」

「……あ?あぁ……?」


 そこへ、ヒールを鳴らして社長が歩み出てくる。


「え、なにこれ!?部屋の中めちゃくちゃじゃないの!」


 惨状に文句を言いつつも、社長は冷え切った視線で近藤の前に一束の書類を投げ捨てた。

 バラバラと散らばったのは、経費として処理されていた不正会計の証拠の数々。


「案件を持ってくる営業ならともかく、IoT部門の部長が毎週のように高額な"接待"をしてるなんて怪しいと思ったのよ。だから先々週の夜に見張らせてもらったわ。……これ、アナタ以外、誰もいないじゃない」


 書類に混ざっていたのは、キャバクラで豪遊する近藤の写真だ。

 しかし、そのどれを見ても、近藤の隣に取引先の姿はなかった。


「く……くそ……っ!」

「というわけで、クビよ。明日から来なくていいわ」


 社長はそれだけ言い残すと、用は済んだとばかりに背を向けた。

 数十分後、オフィスに踏み込んできたのは、事前に社長が手配していた警察官たちだった。


「離せ!ふざけんな!」と、見苦しく暴れる近藤は、両脇を抱えられ、引きずられるようにして連行されていく。

 その顔は、焦りと恐怖で完全に土気色だった。


「連実さん、あなたも参考人として署までご同行願えますか?」

「ええ、構いませんよ」


 俺は小さくため息を吐き、ネクタイを締め直した。

 長年、この会社を蝕んでいた泥沼の片方が、ようやく綺麗に消え去った瞬間だった。

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