第36話「ボス:バジリスク」
「……"ファイア・ボルト"!」
岩陰から飛び出した火山は、手をかざし、バジリスクの面前に躍り出るや否や魔法を放った。
だが、その手に杖はない。代わりに必死に握りしめられていたのは、脱ぎ捨てたスーツのジャケットと、ボロボロになった革の胸当てだった。
「シャァァッ!」
獲物――いや、極上のエサを見つけたバジリスクが、喉の毒腺をドクンと揺らした。
『今だ!火山!社長!』
「オラァァァ!!"煙幕"ッ!」
社長がバジリスクへ煙幕を放った。しかし、それとほぼ同時に、バジリスクの口から石化毒が、火山に向かって吐き出された。
「シャァ!?」
最上が、バジリスクに向けて手をかざす。
「ハァハァ……“テイル・ウィンド”……!」
風が吹き、煙幕が完全に晴れた。
広場の中央には、石化した火山のジャケットと、革の胸当てがぽつんと残されている。
まんまと餌を見つけたと思い込んだバジリスクが、巨大な顎を大きく開き、首を伸ばした。その瞬間――
「社長ーーっ!」
岩陰へ向かって走りながら、火山が叫ぶ。
「オラァァァァァァッ!!」
社長が岩陰から弾丸のように飛び出した。 "ブリーズ・ステップ"による軽快な跳躍。そして、最高級甲冑の重量を乗せた捨て身のドロップキック。
狙いは――餌を食らおうと無防備に開かれた、その大口だった。
――ズドォォォォンッ!!
「……ガハァッ!?」
口内へ見事に突き刺さった鉄塊キック。バジリスクが苦悶に悶え、鎧の重みでその巨頭がわずかに垂れ下がった。
喉を詰まらせたバジリスクは、完全に毒が吐けなくなっている。
@ダイス:『社長やば!w』
@白銀の嫁:『絵面がシュールすぎるww』
「うえええっ!!なんか生暖かくて気色悪い!!」
『火山、いけ!』
俺の指示と同時に、火山が飛び出す。
手にあるのは、最上の双剣で先端を斜めに鋭くカットされ、即席の"槍"と化したお気に入りの杖だ。
「行ってくる!」
火山がバジリスクに向かって疾駆する。
だが肉薄する寸前、灰色の液体に包まれた社長が、口内から力任せに放り出された。
「ぎゃあああっ!うそうそうそっ!?」
障害物の消えたバジリスクの喉が、不気味に鼓動する。至近距離での毒の放射。
「……ッ!一か八か!」
火山は全身のバネを使い、手にした杖を槍投げの要領でその喉へ向けて全力で投擲した。
鋭利な木尖が、バジリスクの喉と毒腺をザクッと穿つ。
「グギャッ……!」
しかし、浅い。バジリスクは止まらない。
怒り狂う顎が火山を捉え、致死の毒液がまさに放たれようとした。
「えっ……!?やば――」
間に合わない。誰もが、そう確信した。
『変われ――オラァァッ!』
俺は、才川さんの操縦を奪い、叫ぶ。
次の瞬間、サポートドローン"迷宮ぴかり"が推進力を爆発させ、火山めがけて特攻した。
「ぐえぁっ……!」
強烈な衝撃。火山は肋骨が数本いく勢いで吹き飛ばされ、毒の射線から強引に排除される。
代わって、バジリスクの眼前に残されたぴかりが、放たれた毒液を浴びて一瞬で灰色の石塊へと化した。
@AKITAKA:『ゴリ押しえぐ!w』
@Unknown:『他部署の備品壊すなよ』
「ギャ……」
同時に、喉に突き刺さった杖から内部へ毒が逆流していく。
バジリスクの喉が内側から急速に石化し、バタリと、巨体が倒れた。
『間に、あった……!』
俺は深く息を吐き出し、デスクに手をついた。
勝った。誰も死なさずに、Dランクのボスを仕留めたんだ。
しかし、インカムから聞こえてきたのは、歓声ではなかった。
「れ、連実さん……しゃ、社長が……!」
最上が、震える指先でその場を指差した。
『え?』
@あまえんぼう:『社長やばくね?』
配信の画面を凝視する。
そこには、バジリスクの口から放り出された体勢のまま、ピキピキと灰色に染まっていく人影があった。
最高級のミスリル甲冑が、その隙間から溢れた石化毒に侵食されていく。
「り、社長……!?」
コメント欄が加速する。
@りりっく:『え?まだ死んだ?』
@びえら:『課長いないとやっぱ厳しいか?』
火山が悲鳴を上げ、激痛の走る脇腹を必死に押さえながら駆け寄る。
遅れて、最上も顔を真っ青にして近寄った。
「しし、しゃ……社長、嘘でしょ……」
二人が触れた瞬間、パキン、と乾いた音が響く。
最高級の甲冑の鎧に包まれた社長は、物言わぬ灰色の彫刻へと変わり果てていた。
認証端末のランプの点滅音がすら聞こえない。
「そんな……っ!」
火山が泣き崩れる。
『いや待て、顔の部分を削ってみろ』
「へ?」
二人は言われるがままに、石を削る。
すると、見覚えのある閉じらたナイトヘルメットが姿を表した。
『その鎧は毒や呪いを弾く“霊銀複合結晶体”。ただ、毒液を浴びすぎて、表面に付着した毒が外側で固まっただけだ。本体まで石化が届くはずがない。じゃなきゃ、最初から突っ込ませたりしないさ』
俺が平然と種明かしをした、その瞬間だった。
カチャリ、とバイザーが内側から跳ね上がる。
「ちゃ、ちょっと開けてー!息苦しいし!真っ暗だし臭いのー!!」
「し、社長ーーーっ!?」
火山と最上の叫びがハモる。
生きていた。五体満足、どころか、うるさいくらいにいつも通りの社長がそこにいた。
直後、コメント欄は賛美で一気に沸き立つ。
@チビ助:『やるやん』
@マイ:『やっぱ推せる。この人ら』
【システムメッセージ:ボス討伐を確認。ダンジョンクリア】
【貢献度を計算中……経験値を取得しました】
【レベルアップ】
黒沢 凛名 Lv.4 → Lv.5
火山 夕夏:Lv.5 → Lv.6
最上 渚:Lv.2 → Lv.3
『わぁーい!クリアだ〜!』
『ちょ……!早く出しなさいよ……!』
配信越しに、泣いて喜ぶ火山と最上、そして文句を言いながら、石の殻を破ろうと奮闘する社長の姿を見て、俺はオフィスで深く、長く息を吐き出した。
「お見事でした、連実さん。そして、あちらの三人とも」
「ああ、ありがとうございました。才川さん」
俺は全身の力が抜け、パイプ椅子に深く沈み込んだ。




