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第35話「最上の策」

 原因は、すぐに分かった。


『……白銀。アイツ、自分の公式アカウントでうちの配信のリンクをリポストしやがった』


【白銀聖人(公式)】:『今一番アツい新人パーティ!みんな頑張ってて凄いよ!みんな見てあげてね〜!』という軽薄な文章とともに。


『……だが、なんでだ?』

「ワ、ワタシがお願いしたんです……!」

『まじか、でもどうやって?』

「む、向こうから、数日前に、DMが来て……『連実さんの連絡先を教えてほしい』って。だから交換条件で、今日の配信を宣伝してもらうように頼んだんです」


 配信に乗らないように、耳打ちで迷宮ぴかりに声を掛ける最上。


『え、つまり……教えた……のか?』

「え、はい」


 なんてことをしてくれたんだ。

 その時、俺のメッセージアプリの通知が鳴る。

 ユーザー名は"聖人"。


【聖人】:『どうもー聖人でーす!配信見てるよ、黒い虚飾(ブラック・ヴォイド)さん!笑 凛名さんたちいい動きしてるじゃないすか!』


「……っ!」


 俺はスマホの画面を裏返しにして、デスクに叩きつけた。胃酸が逆流しそうだ。才川さんが横でニヤニヤと、お茶をすすっている。


『……分かった。続けろ』

「は、はい……!」

『お前の思惑通り、数字は爆発的に伸びてる。ありがとうな、最上』


 俺の言う通り、配信画面のコメント欄は、先ほどまでの何倍もの速度で滝のようにスクロールしていた。

 それは、白銀のSNSを見て流入してきた新規視聴者たちだ。


 @白銀の嫁:『聖人くんのオススメから来ました』

 @キラキラ:『え、なんか画面暗くない?』

 @ルビィ:『女の子二人は可愛いけど、あの鎧の人うるさいww』

 @Unknown:『課長頼みの他力本願の雑魚パーティだぞ』


「ふふ、ふふふ……来ましたね、白銀のファンたち。そして安定のアンチ……。全てワタシの手のひらの上です……!」


 @レイ:『火山?って子、おっぱいが大きくてエロいね』


「んだコイツ……!」


 @さなぎ「→@レイ キモイわ二度と見るんじゃねーぞ」


 最上が薄暗い森の中で、自身のスマホの画面を見つめながらブツブツと漏らしている。


「な、渚ちゃん……!やばいよ、めっちゃ人が見てる……!」

「え!?あ、だ、大丈夫ですよセンパイ!さ、先へ進みましょう!」


 黒焦げになったキラービーの巣の残骸を越え、三人はさらに奥深くへと足を踏み入れていく。

 森はさらに鬱蒼とし、巨大なシダ植物や奇妙な形をした樹木が、日光の代わりに青白い魔力光を放って道を照らしていた。

 社長がミスリルの甲冑をガシャガシャと鳴らしながら、ずんずんと森の奥へ足を踏み入れていく。

 配信の同接が500人を超え、白銀のファンからのコメントが滝のように流れていることで、社長は完全に承認欲求のスイッチが入ってしまったらしい。


「大丈夫よ!どうせまたウサギか蜂しか出ないんでしょ?万が一強いのが出ても、私という無敵の壁がいれば――きゃっ!?」


 社長が不用意に足を踏み出した瞬間だった。

 地面に太くうねっていた"木の根"のようなものが、まるで意志を持った大蛇のように跳ね上がり、社長の足首をきつく絡め取った。


「えっ……?な、何これ……!?」


 ズズズッ、と周囲の土が盛り上がる。

 現れたのは、巨大なウツボカズラのような形状をしたEランクモンスター。

 普通の植物に擬態し、獲物を丸呑みにして消化液で溶かす初心者キラー――"食人植物キラープラント"だ。


「ひぃぃぃっ!?」


 キラープラントの巨大な触手ツタが何本も伸び、社長の胴体や腕を瞬く間に縛り上げる。

 そして、獲物を逃さぬよう、その巨大な花弁がぱっくりと開き、社長の上半身を丸のみにしようと引き寄せ始めた。


「しゃ、社長ーーッ!?」

「助けてー!食べられる!私、食べられちゃう!」

「セ、センパイ、どうしましょう!?」


 パニックに陥る最上。

 だが、その様子をドローンのモニター越しに見ている俺は、冷や汗一つかかずにインカムへ声を落とした。


『落ち着け、二人とも。……よく見ろ』

「え……?」

「あ……」


 火山と最上が、"食人植物キラープラント"の口元をじっと凝視する。

 社長の上半身は、確かに花弁の奥深くに突っ込まれている。しかし――"食人植物キラープラント"は、そこから先へ社長を飲み込むことができず、ブルブルと震えていた。


「い、痛い!痛いわよ!なにこのネバネバした液!気持ち悪い!」

「あ……社長の鎧が硬すぎて、食人植物の口が閉まってない……?」

「しかも、あのミスリル甲冑、消化液を完全に弾いてますね……」


 最上が呆れたような声を漏らす。

 そう、予算を喰いつぶした特注の鎧は、Eランクモンスターの噛む力と消化液ごときでは傷一つ付かないのだ。

 これが、俺が社長を先頭に置いた理由の一つでもあった。


 @ダイス:『社長、完全に喉に詰まってて草』

 @白銀の嫁:『え、あの鎧の人、食べられてるのになんであんなに元気なの?w』

 @AKITAKA:『まさに無敵の壁(物理)』


『最上、火山。社長が文字通り“つっかえ棒”になってキラープラントの動きを封じてる。今がチャンスだ』

「了解です、課長!行きます、渚ちゃん!」

「は、はいっ!」


 最上が素早く双剣を引き抜き、火山の横へ並ぶ。


「――“ブリーズ・ステップ”!」

「早く!助け――んぐぇっ!」


 社長が叫んでいる最中、最上が風のように忍び寄り、社長を縛り上げているツタを双剣で的確に斬り裂く。

 拘束が緩んだ瞬間、火山がキラープラントの太い茎に向かって、杖の先端をギリギリまで突きつけた。


「――“ファイア・ボルト”ッ!」


 至近距離からの精密な一点射撃。

 火球がキラープラントの内部を直撃し、内部から爆発を引き起こす。


「けほっ!げほっ!あーもう、最悪!ミスリルがベタベタじゃないの!」

「社長、大丈夫ですか!?お怪我は……」

「ないわよ!全然ないわ!でも臭い!この匂い、どうにかして!」


 キラープラントの残骸から、ぬかるみと共に“何か”がドロリと排出された。


 ――数時間前に食べられたであろう、探索者の死体。


 すでに消化が始まっており、溶けた肉の隙間から白い骨が覗いている。

 だがその腕で、強固な認証端末が赤く点滅していた。


【蘇生保険:加入確認】

【死体回収待機状態】


「わ、わぁ……」


 さっきまでのコメディが嘘のように、全員が絶句した。


『……先駆者が居る。急げ!』

「急げって言われても、この臭いとベタベタ、最悪なんだけど……」


 消化液の悪臭に顔をしかめる社長を急かし、三人は先を急ぐ。

 先駆者の死体を見たことで、火山と最上の顔から余裕が消え去っていた。

 そんな二人をよそに、社長はキノコが詰まった袋を担ぎ、上機嫌で先頭を歩いていく。


『才川さん。ルートの確認を』

『了解いたしました』


 インカム越しの才川さんの静かな声とともに、ドローンにルートが表示された。


『……恐らく、ボスが確認されたエリアが近いかと』

「了解だ。最上、スタミナは大丈夫か?」

「ま、まだいけます……」

「……"隠蔽"で、死角を潰しながら進め」

「は、はいっ……!」


 最上が再び姿を消し、先陣を切る。

 鬱蒼とした地下の森は深く、暗く、息苦しいほどの静寂に包まれていた。

 聞こえるのは、彼女たちが踏みしめる草の音と、社長の鎧が鳴らす金属音だけ。

 だが、その静寂は不意に、最上の震える声によって破られた。


「か、課長……。これ……見てください……」

『どうした、最上』


 配信画面の画角が切り替わる。

 そこには、森の茂みに佇む、数体の"石像"が映し出されていた。


「わぁ!ダンジョンの中に彫刻がある!凄いリアル!」

「……ち、違います、火山センパイ。これ、ただの、石像じゃありません……!」


 最上が近づき、石像の一つを映す。

 企業のロゴが入った防具。手には剣を握りしめ、顔は恐怖に歪み、何かから逃げるように、叫び声を上げたままの状態で――完全に石化している。


『……これは……!』


 俺は息を呑んだ。

 その石像の腕には、つい先ほどキラープラントの残骸から見つけたのと同じ、蘇生保険の認証端末が巻き付けられており、ランプを点滅させている。


「これ人間?でも、蘇生保険の端末が点滅してるし……」


 社長がまじまじと石像を見つめる。


『……完全に石化したら死んだものと見なされる。だが、"石化解除薬"で元に戻せる。後で助けが来るだろう』

「は、はいっ……」


 火山が一歩後退した。


 @AKITAKA:『うわ、エグいw』

 @ダイス:『これガチなやつじゃん……』

 @Unknown:『お前らもすぐにああなるんだよ』


 同接数が500人に迫る中、コメント欄も先ほどの賑わいが嘘のように静まり返る。


『全員、構えろ。この先にいるのは、この迷宮の主かもしれない』


 俺の警告を遮るように、森の奥深くから空気を震わせるような甲高い咆哮が轟いた。


「な、なんか来るっ!」


 火山が杖を構え、最上が一歩前に出て双剣を抜く。社長はカチャカチャと装備の音を立てて一番後ろへ下がった。


「いやよ!私、石像なんかになりたくない!自分の石像は立てたいけど!」


 茂みが激しく揺れた。そこから飛び出してきたのは、全長2メートルは超えるであろう"ダイア・ウルフ"だ。

 三人が一斉に身構える。


「でか……!?ボスなの!?」


 社長が悲鳴混じりに零す。

 しかし、そのウルフの様子がおかしかった。

 走りながらも背中から徐々に、色が灰色へと変わっていく。

 そして抵抗むなしく、完全に物言わぬ石像へと姿を変え、その場に突っ伏した。


 ――ズシン……ズシン……。


 その背後。地響きとともに木々を薙ぎ倒して現れたのは、全長8メートルを超える巨大な爬虫類トカゲだった。

 鋼鉄のような鱗に覆われた巨躯、鋭い鉤爪、そして――周囲の空気すら凍らせるような、黄色く濁った爬虫類特有の双眸。

 巨獣は大きく口を開けると、石像と化したダイア・ウルフをバリバリと貪り喰らう。


 D級ダンジョン"地下の森"の支配者――


『"バジリスク"、か』

「ひぃぃぃぃっ!デカすぎでしょ!なにあれ!」

「せ、センパイ……!く、口元から、なんか変な液が滴ってます……っ!」


 最上が指差した先。

 バジリスクの巨大な顎から、緑色の粘液が滴り落ちる。

 地面の草に触れた瞬間、ジュゥゥゥと不快な音を立て、瞬く間に灰色の石へと変えていった。


「あ、あれを浴びたら、私もあの石像みたいに……!」


 火山の顔から血の気が引く。


『落ち着け。奴は皮膚こそ硬いが、腹這いは柔らかい。そして、最大の弱点は喉にある毒腺だ。そこをぶち破れば、毒が逆流して自滅する』


 喉をよく観察すると、ドクンドクンと震えている。


「は、はいっ!」

「シャァァッ!」


 バジリスクが鎌首を高くもたげた。

 喉の奥で、致死の石化毒がボコボコと不気味に沸き立つ。


「ヒッ! ――“煙幕”!」


 社長が震える手で闇魔法を展開すると、黒煙がバジリスクの視界を完全に覆い隠した。

 しかし、視界を奪われた程度で止まるほど甘くはない。

 バジリスクは巨大な顎を大きく開いた。


「センパイ、社長!逃げてください……!」


 三人が左右へ大きく跳躍する。

 直後、黒煙を切り裂き、バジリスクの顎から大量の石化毒が扇状に散布された。


 ――ジュゥゥゥッ……!


 毒液を浴びたシダ植物や岩肌が一瞬で生命力を奪われ、無機質な灰色の石へと変貌していく。


「あぶっ、なっ……!?ちょっとかすっただけでもワンチャンアウトじゃないのこれ!?」


 社長が岩陰に転がり込む。

 そこへ、最上と火山も素早く身を隠した。


「ハァ、ハァ……。か、間一髪、でしたね……」


 最上のスタミナが、限界を迎えそうだった。


「よしっ、私が囮になって炎で気を引く……!」


 火山が杖を握り直し、岩陰から飛び出そうとするのを、最上が慌ててその腕を掴んで引き止めた。


「ダ、ダメです、火山センパイ……!まともにやり合ったら、あの石化毒の散布範囲を避けきれません!」

「でも、このまま隠れててもジリ貧だし……」

『最上の言う通りだ、火山。飛び出すな』


 ぴかりからの、俺が静止の声をかける。


『社長の煙幕で視界は狂わせたが、毒腺を壊すには口元へ肉薄するしかない。だが、あの弾幕を潜り抜けるのは至難の業だ。奴の動きを確実に止める“隙”を作るぞ』

「す、隙……」


 最上が息を整え、岩陰からそっと顔を覗かせる。

 視線の先では、煙幕が晴れつつある広場で、バジリスクが獲物を見失い、苛立たしげに巨大な尻尾で地面を叩きつけていた。


「……あ。そうだ!」


 その時、火山がポンと手を叩いた。


「ど、どうしたんですか、センパイ」

「バジリスクって、獲物を石化させた後……その“石像”を、バリバリと噛み砕いて食べる習性があるんです!前の講習で習いました!」

「でも、私達のこの細腕じゃ、あんな大トカゲの気を引くほどの石の塊なんて投げられないわよ?」

『――いや、投げる必要はない。俺に作戦がある』


 ぴかり越しに伝えた俺の突飛な作戦に、三人は絶句した。

 

「嫌よ!だってそれ、ワンチャン私が死ぬじゃない!」

「それに、課長に買ってもらったばかりの杖をダメにしちゃいます……!」

『背に腹は代えられない。杖ならいくらでもまた買ってやる。……社長、火山。信じてくれ』

「くっ……!もう、分かったわよ!やってやろうじゃないの!」

「は、はいっ……!」


 カメラの向こうで火山が覚悟を決めたように、強く首を縦に振る。

 俺の無茶苦茶な作戦が始まった。

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