第34話「Dダンジョン突入」
そして、5月10日。
誰一人欠けることなく、Dランクダンジョン攻略の日を迎えた。
昨日の火山の話を聞いた今、俺の辞書に"失敗"の二文字はない。
実質、彼女たちの人生を背負っているのは、俺なのだから。
「いえーい!配信映ってるー!?」
配信が始まるや否や、コメントがぽつぽつと書き込まれる。
@ダイス:『おー出た!社長!w』
@ねこまる:『あれ?課長さんは?』
俺は手元の端末を操作し、配信用とサポート用を兼ねたドローン――通称"迷宮ぴかり MARKⅡ"を起動する。
ホログラムで、事前調査でのミニマップが表示される。
配信開始の通知が行き渡ると同時に、同接数は一気に100人を突破した。
「か、かちょ……き、聞こえますか?」
『緊張するな火山。バッチリ聞こえてるぞ』
ドローンのカメラ映像を通して、俺は現地の三人の様子を見守る。
ここ数日、泥臭く配信を続けてきた。現在のフォロワーは512人。最高同接は340人。
収益化、そして投げ銭機能の解放まで――残り488人。
『さて、昨日も伝えた通りそこは魔窟だ。個々のモンスターはさほど強くないが、構造が複雑で初見殺しが多い。気を引き締めていけ』
「ちょっとー!煉夜くん」
『な、なんですか』
「固すぎるわよ!もっとこう、気の利いた、ひ・と・こ・と!」
『昨日の打ち合わせの時に言ったかと――』
「配信を見てる方向けにもっかいよ!」
顔合わせの時も同じ振りがあったな……。
『……危険な業務になると思うが、頑張れ!信じてるぞ!』
「合格!よし、みんな行くわよ!」
@AKITAKA:『なんだこの茶番w』
@マイ:『え、課長抜きでD級!?行けるの!?』
@Unknown:『課長が辞めるハメにならないようにせいぜい頑張るんだな』
様々な思惑が交錯するコメント欄を横目に、最上が手元のスマホで素早く配信画面を調整する。
「ふふ……。ア、アンチの皆さんも、せいぜい今のうちに囀っておいてくださいね。今日のワタシたちは、一味違いますから……!」
最上が不敵な笑みを浮かべ、カメラの画角を前方へと切り替える。
ゲートを抜けた三人の目の前に広がっていたのは、東京の地下深くとは思えない、圧倒的なスケールの大自然だった。
天井は数十メートル以上もの高さを誇り、そこから垂れ下がる巨大なツタや、岩肌に群生する発光苔が、薄暗い森全体を幻想的な青緑色に照らし出している。
「わぁ……!すごく綺麗……!」
火山が感嘆の声を漏らし、杖を握り直す。
だが、その直後だった。
「あっ!かか、課長、み、見てください!あ、あっちの木の根元、キノコがいっぱい!です」
『おい火山。昨日あれだけキノコには手を出すなと言っただろ!?』
インカム越しに俺が即座に釘を刺す。
もしかして、緊張のあまり冷静な判断ができていないのか!?
『最上、止めろ!』
「センパイ、ダ、ダメです……!毒、キノコかも……!」
「ふっ!甘いわね!毒キノコだろうが何だろうが、全部引っこ抜いて売れば我が社の経費になるのよ!?採って採って採りまくりなさい!」
『だからキノコはむやみやたらに取るなって!少しは緊張感をだな!』
何処から取り出したのか、軍手をはめて、ひょいひょいとキノコを採取しだす社長と火山。
その時、巨大なシダ植物の陰から、ガサリ、と不自然な音が鳴った。
「え?」
火山が足を止める。
草むらを掻き分けて姿を現したのは、真っ白でふわふわとした毛並みを持つが、鋭い角が生えている。
「か、かわいい……!」
愛らしいウサギ――F級モンスター"フォレスト・ラビット"だった。
@ねこまる:『かわいいー!』
@ばると:『癒やされるw』
コメント欄が呑気な言葉で溢れる。
だが、俺の背筋には冷たい汗が走った。
――フォレストラビット。初心者の死亡原因の7割を占める、初見殺しの魔獣だ。
『火山!下がれ!』
「ギィッ!」
俺の警告と同時、ウサギが弾丸のような速度で火山の喉笛めがけて跳躍した。
「かわいいけど、ごめんね!うりゃああああッ!」
『おぉ……』
火山が、バットのように杖を振るう。
鈍い音を立ててウサギが吹き飛ぶ。しかし、その死角から、もう一匹が牙を剥いて飛び出した。
「甘いわねっ!」
――ガシャンッ!!
重厚な金属音が森に響き渡る。
火山の前に滑り込んだのは、最高級のミスリル甲冑を纏った社長だった。
ウサギの渾身の突撃は、特注の鎧に弾かれ、火花を散らして虚しく落下する。
「え、えいっ……!」
その落ちたウサギの脳天を、最上が突き刺す。
そのウサギは、角だけ残して灰に変わる。
「社長……!渚ちゃん……!」
「セ、センパイ……油断、しないでください……!」
「あははー!ごめんね!」
@ダイス:『ナイス連携だわw 成長してるw』
コメント欄が活気を帯びていく。画面端の同接カウンターは、あっという間に100人を突破していた。
『油断するな。キノコ採りは中止だ!』
「はっ!そうだった!……りょ、了解です、課長!迷宮ぴかり!お願いします!」
『すまん。この迷宮ぴかりだが、バッテリーがイカれている……。帰還用に温存したいから、正直これ以上の単独行動は避けたい。――そこで最上、頼めるか』
「……はいっ。スキル、“隠蔽”」
最上が小さく息を吐き出すと同時に、彼女の身体が陽炎のようにブレて、周囲の鬱蒼とした青緑色の景色に溶け込んだ。
カメラには僅かに空間の歪みが映る程度だ。
「……“キラービー”の巣が一つ……。お、大きいです……!不用意に近づけば、上から蜂の群れに刺され、下から食われます……」
キラービーは全長1mを超える蜂。それが一斉に襲ってくる。
通常の蜂と違い、動きが遅いため、冷静に対処すれば問題はないが、それでも多勢に無勢。
ランクをDに引き上げるべきだという声もあるくらいだ。
見えない最上からの、インカムを通じた冷静な報告。
スタミナのない最上にとって、戦闘そのものよりも"安全なルートの構築と索敵"こそが最大の役割だ。
『火山。"フレイム・ストーム"で、広範囲に巣ごと焼き払え』
「オッケーです! ――“フレイム・ストーム”!」
火山の杖の先から、極限まで圧縮された熱の嵐が連続で射出される。
最上が姿を現し、その間に、両手いっぱいにキノコを抱える社長を慌てて制止する。
「だ、だ、ダメです。に、荷物が増えるし……!」
『そうですよ社長。荷物は最小限にしてください。……最上、フォロワーの推移はどうだ』
「ぶー!わ、分かったわよ!で、同接は今何人?」
「は、はい……。同接、200を超えてます」
俺は配信の画面を見て、言葉を詰まらせた。
『え、なぜだ?』
「ワ、ワタシ……"策"です……!この"ダンジョン攻略課"、課長ばかり目立ってたので、それ以外を、皆に見せてやろうと思って……!」
『なんだと?』
ただのウサギと植物を倒しただけで、ここまで急激に数字が伸びるはずがない。
俺は手元のスマホで、SNSのタイムラインを確認した。




