第31話「祝賀会」
最上の歓迎会、兼、合格祝賀会が開かれることとなった。
場所はよくある居酒屋の座敷。
だが、開始早々から案の定というか何というか、社長と火山の二人は周囲を置いてけぼりにして圧倒的な酒豪っぷりを見せつけていた。
「すいませーん!こっち生おかわり!」
ピッチャーを頼む暇もなく、それぞれのジョッキがものすごい勢いで空になっていく。
その尋常ではないペースに完全に気圧された主役の最上は、部屋の隅へ避難し、おののきながらウーロン茶をチビチビとすすっていた。
「いやぁーねぇ……わらしだって、資金集め頑張ってんのよ?昨日らって接待に行ったりさぁ……銀行に土下座したりさぁ」
そして、愚痴をひとしきり言った社長は、いつの間にか静かに寝落ちしていた。
早すぎる限界に俺が呆れていると、だいぶアルコールが回ったらしい火山が、とろんと潤んだ目でこちらへすり寄ってきた。
「ねぇねぇ、煉くん~……。煉くんってぇ、彼女とかいるのぉ~?」
「……うッ!?」
作る時間なんてあるわけないだろ。
至近距離から熱い吐息混じりに絡まれ、俺は思わずのけぞる。
「は!?れ、煉くん……!?火山さん……これ、どういうことですか……!?」
それを見ていた最上が目を丸くし、裏返った声で俺を問い詰めてきた。
完全に、あらぬ誤解をしている。
「違う違う!何もないから!火山は酔うとこんな感じになるだけなんだよ!」
「えへへぇ~……」
必死に弁明する俺を余所に、火山のターゲットは瞬時に最上へと移った。
据わった目で最上をじっと凝視する。
「渚ちゃん、かわいいねぇ~……。お姉さん、ちゅーしちゃおうかなぁ」
「え、あ、いいんですか……!?じゃ、じゃなくてっ!」
距離を詰められ、激しく動揺する最上。
しかし、肉食獣のようなスピード感で間合いを詰めた火山は、ためらうことなく最上の頬に、ちゅ、と唇を押し当てた。
「特別だよ~」
「ひゃっ……!?」
同性からの不意打ちのキスを食らった最上は、耳まで真っ赤にして「あわわ……」と小さく呟いた後、そのままキャパシティをオーバーしたように座敷へパタリと倒れ込んだ。
女性陣のあまりに自由すぎるやり取りを目の当たりにし、俺はなんとも言えない居心地の悪さを感じながら、手元のグラスに残った酒をぐいと煽る。
少し場を落ち着かせようと、俺は火山に声を掛けようとした。
その時だ。
「ちょっと夕夏さん!何をしてらっしゃるの!?」
後ろの席から、突如として火山の肩を掴む女が現れた。
気品のあるドレスライクな私服。しかし、なぜか居酒屋の薄暗い店内で真っ黒なサングラスをかけているという、アンバランス極まりない出で立ちだ。
「え~……とぉ、璃々華ちゃん……!?こんなとこで、なにしてるのぉ?」
「だ、誰だ?火山……知り合いか?」
「き、奇遇ですわねっ!何を隠そう、わたくしは火山夕夏さんのお友達!結城開拓㈱の社長令嬢、結城璃々華と申しますわ!」
女は胸を張り、高らかに名乗った。
「結城開拓だと……?」
「ええ、あの、大手ダンジョン攻略企業でしてよ!はい、これ名刺です。以後お見知りおきを、ネクロス社の課長様」
名刺を受け取り、俺は思わず眉をひそめる。そんな大企業の令嬢が、なぜこんな大衆居酒屋に?
俺の疑問など気にも留めず、結城は再び火山へと向き直った。
「それで夕夏さん!さっきのは何をしてらっしゃるの!?た、確かに減るものではございませんが、公衆の面前でハレンチですわ!」
「え~? 璃々華ちゃんも、ちゅ~する?」
「は?」
有無を言わさず、火山が結城の唇に自分の唇を重ねる。
「んんっ!?」
「えへへー」
「あっわ、わわわわわ……っ」
大企業の社長令嬢は、一瞬にして顔を茹でダコのように赤く染め上げると、最上と全く同じリアクションでパタリと畳の上に倒れ込んだ。これで犠牲者は二人目だ。
「ねぇ~……煉くん。私が頑張るから、やめないでねぇ~」
満足したのか、火山は再び俺の方へ顔を向け、ろれつの回らない舌でそんなことを口走った。
「ん?なに?煉夜くん、会社辞めるの?」
ここで、社長が、ピクリと反応して顔を上げた。
「えぁ~?だぁってぇ、IT部長の近藤さんと賭けてたし、ね?」
「はぁ?ナニソレ!?」
社長が目を剥いて俺を見る。
あ、そういえば、社長にはまだこの話をしていなかったか。
「……ええと。5月10日に、D級ダンジョンを俺を除くメンバーだけで、死人を一人も出さずに攻略できなかったら、俺がこの会社を辞めるって賭けの話でして――」
居酒屋の喧騒の中、俺の乾いた説明だけが、やけに響き渡ったのだった。
「あ・の・ね。そういう大事な話は私にもしらさいよ」
久々の正論に、俺は何も言い返せなかった。
「すみません……」
「で、どうすんのよ? 新しい派遣を雇うお金なんて、うちにはないわよ」
「火山と最上には納得してもらってます。正直、この賭けに社長は関係ないので、無理に参加しなくても――」
「いや、死ぬほど嫌だけど……今、貴方に辞められたら会社が詰むのよ」
「つまり?」
「近藤部長に関しては、私も少し思うところがあるのよ。だからちょうどいいわ……!……うっ、オエッ……だ、だから、私も賭けに、出るわ」
「ちょっ!出すものが違う!賭けに出る前に中身が出そうになってるから!水飲んで水!」
俺が慌てておしぼりと水の入ったピッチャーを社長の口元へ突きつけた、その時だった。
「あははは……社長、だらし、ないですねぇ……」
対面の火山が、とろんとした目のまま低く笑った。
嫌な予感がして見れば、彼女の白い頬がみるみる土気色へと変わっていく。
額には冷や汗。手元の空ジョッキがカタカタと不穏に震えだした。
「おい、火山……?大丈夫か?」
「……煉くん。私、なんか、やば……」
「喋るな!口を閉めろ!」
デジャヴだ。数日前の悪夢が、今度は主役を変えて脳裏を鮮烈によぎる。
俺の静止の叫びを置き去りにして、火山のキャパシティが完全に限界突破した。
「ウップ……オロロロロロロロッ!」
盛大に放たれた第一陣。
数日前、社長のゲロを後頭部にモロに浴びた火山の、これが世界線からの不条理な因果応報だった。
噴出された"それ"は、ちょうど畳の上で目を覚まし「う、うぅ……ここは……?」と上体を起こしかけた最上の顔面を直撃した。
「ぶべらっ……!?」
不名誉な声を上げて、最上が再び綺麗な仰向けで畳へと沈んでいく。
「ごめ、なさ……」
間髪入れずに放たれた第二陣。
火山が苦し紛れに首を振ったせいで、拡散した散弾が、今度はその横で同じく目を覚ました。
社長令嬢の、磨き抜かれたドレスライクな私服へと容赦なく降り注いだ。
「あ、あわ、あばばばばばばばばっ!?一体何事ですのおおおおっ!?」
大企業の社長令嬢が、この世の終わりを告げるような悲鳴を上げて絶叫する。
居酒屋の座敷は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと化した。
「あーはっはっはっ!吐いた!吐いた!」
何故か手を叩いて喜ぶ社長。
「……もう、どうにでもなれ」
俺は完全に思考回路をシャットダウンし、手元に残っていた冷えたビールを、ただただ静かに喉へと流し込んだ。




