第30話「試験終了」
「くっ、一人じゃ重くて上がりませんわ……!」
「俺達も手伝うぜ!」
「俺も……!評価ポイント入るよな!?」
現金な声を上げながら、他の受験者たちが糸に群がり力任せに引っ張る。
複数人の膂力によって、火山と最上の身体は凄まじい勢いで宙へ舞い上がった。
狼竜の巨体すら遥か下に見下ろす、天井すれすれの高度。
「糸、離してーっ!」
火山の声が響く。
上昇の勢いが尽き、一瞬の無重力状態を経て、落下へと転じるその瞬間。
「渚ちゃん、今!風のやつを真上に!」
「い、いきま……っ!――"テイル・ウィンド"ッ!!」
最上が残るすべてのスタミナとMPを振り絞り、天井に向かって風魔法を放った。
発生した強烈な反作用が、二人の身体を真下へと弾き出す。ただでさえ恐ろしい重力落下が、ミサイルのように爆発的なスピードへと加速した。
「えええええええええええっ!?」
下から見上げる璃々華が絶叫する。
「落ちながら加速!?確実に死――」
「せいやぁぁぁああっ!!」
耳を劈く風切り音の中、火山は両手で即席の槍を構え、真っ直ぐに狙いを定めた。
眼下に迫るのは、狼竜の巨大な頭部。
重力落下と風魔法による推進力、そのすべての運動エネルギーを乗せた一撃が、巨大な獣の眉間へと深々と突き刺さった。
――ズドォォォォンッ!!
演習場全体を揺るがすような、爆発的な轟音が響き渡った。
刹那――凄まじい衝撃が、二人の足から全身へと突き抜ける。
「っだぁっ……!?」
「グッハッ……」
獣から振り落とされた二人は地面に打ち付けられ、そのまま無様に転がっていく。
「ええ……?死んだ……?」
「だ、大丈夫……なのか?」
「何者だよ……怖くないのか……?」
それを見ていた他の受験者たちから、次々と驚嘆の声が上がる。
「だ、大丈夫ですの!?」
璃々華が慌てて近寄る。
しかし、返事がない。
「やはり、死ん――」
返事はない――が、身体が動いた。
火山と最上がうつ伏せのまま、揃って親指を立てたのだ。
「……ッ!誰か!このお二人に回復魔法を!」
しばらくして、他の受験者から回復魔法が施され、火山はなんとか立ち上がれるまでになった。
「あわわわわわわわ……!」
しかし、魔法で骨折が治っても、痛みと痺れはしばらく残る。火山は生まれたての小鹿のように、見事なプルプル具合を披露していた。
そして、最上に至っては、なんの未練もなく完全に意識を手放してしまった。
【ボスモンスター討伐:火山 夕香、10ポイント獲得 計:22ポイント】
【有効な討伐支援:最上 渚、7ポイント獲得 計:15ポイント】
【有効な討伐支援:結城 璃々華、5ポイント獲得 計:5ポイント】
「って、璃々華ちゃん今のが初ポイント!?」
表示を偶然見た火山が、驚嘆の声を上げた。
「ふんっ!ほ、本気を出していないだけですわ! 今回はちょーっと調子が悪かっただけで……っ」
ぷいっと顔を背けた璃々華だが、その耳元はすでにほんのりと赤い。
「でも嬉しいよ!それなのに、私たちを助けてくれたんだね!」
「な、な、成り行きですわ!勘違いなさらないでっ!」
必死に取り繕おうとするものの、火山の屈託のない笑顔を真っ直ぐに向けられ、璃々華の頬はみるみるうちに朱に染まっていく。
「でもありがとう〜!」
「ひゃっ!?」
感極まった火山が勢いよく抱きつくと、璃々華の全身はボンッと音を立てんばかりに真っ赤になった。
密着した身体から伝わる温もりに、心臓が早鐘を打つ。
「は、離し……っ、ちょっと、近いですわ!」
じたばたと小さな両手で抵抗しようとするものの、その力はひどく弱々しい。
「ねえねえ!私たち歳も近そうだし、仲良くなれそう!お友達になって!」
「とも、とも、だちぃ……!?」
至近距離で放たれた"お友達"宣言に、璃々華の目はぐるぐると回り出しそうだった。
高飛車な態度はどこへやら、完全にペースを握られている。
「うんっ!同業のよしみとして、仲良くなれたら嬉しいなっ!」
きらきらと期待に満ちた瞳で見つめられ、璃々華の口から「は、はい……」と、蚊の鳴くような声が漏れた。断るという選択肢は、とうの昔に消え失せている。
「あ、うちは"ネクロス・テック・ワークス株式会社"って会社で働いてて!配信もしてるから、よかったら見てね!あとこれ私の連絡先――」
「あばばばばばば……っ!い、一気に距離を詰めないでくださいまし〜〜〜っ!!」
次々と押し寄せる怒涛のフレンドリー攻撃に、ついに璃々華のキャパシティは限界を突破。
頭からぷしゅーっと湯気を出し、完全にショートしてしまうのだった。
その時、演習場全体に無機質な電子ブザーが鳴り響いた。
『規定時間に到達、および特別試験用ボスモンスターの完全沈黙を確認。以上をもちまして、全日程終了といたします。受験者の皆様は速やかに武装を解除し、順次中央ゲートより退出してください。負傷者はその場で待機し、救護班の到着をお待ちください』
天井のスピーカーから響き渡る淡々としたアナウンスが、戦いの終わりを告げる。
張り詰めていた演習場の空気が嘘のように霧散し、あちこちから安堵の溜息や、限界を迎えてへたり込む音が聞こえ始めた。
「……終わったぁっ……!」
火山がへにゃりと相好を崩すと、全身の疲労と激痛が急に確かな現実感を持ってのしかかってきた。
「は、初めて……友達でき、ちゃった……?」
一方の璃々華は放心状態になりながらも、どこか憑き物が落ちたようなすっきりとした顔で、無事に試験に落ちた。
一方、その頃――
俺と社長は、ダンジョンへと徒歩で向かっていた。
時刻は昼下がり。4月にも関わらず、じりじりと照りつける太陽がアスファルトを熱していて、今日はやけに暑い。
街角の薬局の棚には、"ポーション"と区分された異世界由来の薬が当たり前のように並んでいる。
見上げた先の巨大ビジョンでは、有名探索者が爽やかな笑顔を振りまきながら、最新型のMP回復ドリンクを宣伝していた。
「れーんーやーくーんっ」
後ろを歩く社長が、俺に声を掛けてくる。
「はい?……って、いつの間にアイス買ったんすか」
社長は気付かないうちに、コンビニで買ったであろうモナカアイスを頬張っていた。
「あの二人、合格できるかなー?」
俺は思わず、フッと笑う。
「逆に社長は落ちると思います?あの二人」
「大丈夫でしょ!あ、そうだ!賭けましょうよ!私は受かる派!はい、煉夜くんは落ちる派ね!部下を信用しないなんて最低!軽蔑するわ!」
「……ズルくないですか?」
「ちなみに煉夜くんが賭けに負けたら経費として受験料は落ちません!払ってね♡」
「ちなみに、そのアイスは経費で落ちますか?」
「当たり前よ!わけがわからないことを言わないで」
「……完ッッッッ全に社長の一人勝ちじゃないですか!俺が勝つ目、どこにもないんですけど」
呆れ混じりに肩をすくめると、社長は「ふふん」と、どこかで聞いたような得意げな笑みを浮かべた。
「いいじゃない!うちの期待の新人たちが無事に帰ってきたらそれで!あと盛大な祝賀会を開かなくちゃいけないんだから。経費はいくらあっても足りないわよ?」
「……それ、絶対社長が美味しいもの食べたいだけですよね」
ジリジリと照りつける夏の太陽を遮るように、目の前に巨大な影が落ちる。
見上げれば、近代的なビルの谷間にポッカリと口を開けたE級ダンジョンの入り口が、ひんやりとした冷気を吐き出しながら俺たちを待ち構えていた。
「ま、あの二人が受かることに関しては、俺も同意見ですけどね」
常軌を逸した特攻戦術を涼しい顔でやってのけるような奴らだ。
エリート志向のお上品な連中には少し刺激が強すぎるかもしれないが、それこそ、"ネクロス・テック・ワークス株式会社"の強みだ。
「よーし!じゃあ私たちも、働きますか!」
「ええ、きっちり稼いで帰りますよ。今回は死なないでくださいよ」
「え、煉夜くん一人でなんとかしてくれるんじゃないのぉ?」
「甘えたこと言わないでくださいよ。あなたにも成長して貰わないと困るんです」
俺は社長の腕を掴むと、強引に引っ張って歩を進めた。
「な、なんかスパルタになった……!?私社長なんですけど!?」
都会の喧騒と、茹だるようなアスファルトの熱気。
そのすべてを呑み込む仄暗い迷宮の奥底へと、俺たちは軽い足取りで並んで踏み入れた。




