第29話「ボス:狼竜」
最上が苛立たしげに舌打ちをする。
「チッ……勝手に射線に入ってきたアンタが悪――」
「わたくしは結城開拓㈱が社長令嬢、結城璃々華と知っての行動でして?まぁ、いいですわ。わたくしのお手伝いをしてくれるなら――」
「最上ちゃん!行くよ!」
「は、はいっ!」
竜の硬質な鱗と狼のしなやかな毛並みを併せ持つ四足歩行の魔物、狼竜。
試験用の泥人形ベースとはいえ、全身から噴き出す黒炎と圧倒的な威圧感は、とても新人の実技試験に出していい代物ではない。
「おいおい、冗談だろ!?試験用モンスターの規格外だぞ!」
「あんなの食らったら即失格じゃ済まねえ!逃げろ!」
その圧倒的な威圧感と咆哮に、二人を鼻で笑っていたエリート受験生たちはすっかり戦意を喪失。
彼らは「すでに合格点は満たしているから」と自分たちに都合の良い言い訳をして、無様に逃げ出していった。
「情けないですわね。大手企業の看板が聞いて呆れますわ!逃げるならもっと可憐に逃げないと!」
璃々華は逃げる背中を一瞥すると、全力疾走で逃げ出す。
だが、狼竜が璃々華にターゲットを向ける。悪目立ちする煌びやかなドレス。
竜と狼の特徴が混じり合った凶悪な顎が開き、炎の塊を吐き出す。
「きゃあっ!!」
爆風で璃々華が軽く引き飛ぶ。
「火山センパイ……!スミマセン。もう、疲れてしまってぇ……!ワタシを置いて逃げ――」
「ダメだよ渚ちゃん!起きて!」
完全にスタミナが尽き、地面にへばりつく最上。すると火山は、杖を片手に器用な動作で最上を引き上げ、そのまま自分の背中におんぶした。
「よしっ!渚ちゃん、しっかり捕まっててね!」
「せ、センパイの背中……あったかいです……!」
「って、璃々華ちゃんも大丈夫ですか!?起き上がってください!」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ばな――」
火山は有無を言わさず璃々華の手を取ると、半ば無理やり引っ張り起こした。
「いっ、痛たた!ちょ、ちょっと……!」
「一緒に戦いましょう!璃々華ちゃんのステータス、見せてください!」
「嫌ですわ!なんで同業他社なんかに!?」
「分かりました!では!」
火山はあっさりと踵を返し、戦場へ戻ろうとする。
「ちょっとくらい食い下がりなさいな!あーもう、戦いますわ!」
「だったら使えるスキルとか魔法とか!」
「よっっくぞ聞いてくれましたわ!わたくしのスキルは強靭な糸を操れましてよ!適正魔法属性は"雷"ですわっ!」
ふふん、と誇らしげに胸を張る璃々華。しかし、火山はその言葉を待たずに即座に指示を飛ばした。
火山が背負っている最上に向かって声をかけた。
「渚ちゃん、短剣貸して!」
「え、はい……。でも、どうするんですか……?」
最上が震える手で双剣の一本を差し出すと、火山はそれを自分の杖の先端に添え、璃々華に向かって突き出した。
「璃々華ちゃん!渚ちゃんの短剣を、私の杖の先に糸でガチガチに結びつけてください!」
「はぁ!?杖に刃物を結ぶ!?何をお考えですの!?」
「オイ……!火山センパイが……間違ってるって言いたいンですか……!?」
「も、もう!なんなのこの人たち、訳が分かりませんわ!」
璃々華は文句を言いながらも、手首を翻して素早く糸を操作する。
強靭な糸が杖と短剣の柄を幾重にも縛り上げ、あっという間に即席の"槍"が完成した。
「ありがとうございます!次はその糸で、あのワンちゃんを足止めしてください!」
「え!?いくらわたくしでも、一人で抑え込むなんて無理――」
「なんとかします!」
「なにをするおつもり!?」
火山の迷いのない真っ直ぐな瞳に気圧され、璃々華は「ええいっ、ままよっ!」と叫び、両手を広げた。
「――"星霜の琴糸"!」
璃々華の指先から、魔力で編まれた極細の光の糸が幾重にも放たれる。
それらは蛇のように地を這い、宙を舞い、狼竜の太い四肢や竜のように強靭な首に複雑に絡みついた。
「そして!"エレクトリック・ショック"!」
糸を伝い、高圧電流が狼竜の巨体を駆け巡る。
泥人形とはいえ魔力駆動のボスモンスター。強烈な雷撃に、地鳴りのような咆哮を上げて動きを止めた。
「や、やりましてよー!」
「でも……!」
火山の視線の先。周囲にいた他の受験生たちは、逃げ遅れたり、狼竜に挑んで吐き出された火球を受けたりして、次々と地面に倒れ伏していた。
今、まともに動けるのは、最早この三人だけだった。
「グガァァアアアアッ!!」
痺れを強引に振り解くように、狼竜が暴れ始める。
璃々華の操る光の糸が、ピンと張り詰めて、プツンプツンと音を立てて切れ始める。
「くっ……!力が、強すぎますわっ……!」
顔を歪める璃々華。
狼竜が完全に拘束を引きちぎろうと、巨大な前足を大きく振り上げている。
「璃々華ちゃん!私たちを糸で、あいつの頭の上まで吊り上げてください!照明を使えばできるはずです!」
「は……?吊り上げる?貴女たち二人を!?」
「はい!思いっきり空高く!」
「自爆特攻でもするおつもり!?骨がボキボキに折れますわよ!?」
完全に常軌を逸した要求に、璃々華は悲鳴のようなツッコミを入れる。
だが、火山は「折れるくらいなら大丈夫です」と無根拠極まりない笑顔で親指を立てた。
「……もうっ、知りませんわよ!どうなっても文句は言わないでくださいませ!」
璃々華はやけくそ気味に糸を操り、演習場の高い天井に渡された梁を滑車代わりに通すと、先端を火山と最上の胴体に巻き付けた。
そして、思い切り後ろへ跳躍して自らの体重を乗せ、糸を引いた。




