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第27話「試験開始!」

 IGOの規約、ダンジョン倫理、魔物の生態。二日間にわたる地獄の座学を、最上の必死の"小突き"でなんとか乗り越えた火山は、無事に筆記をパスし、ついに実技試験の舞台へと辿り着いていた。

 関東IGO支部の会場には、すでに100人近い受験生が集結している。


 半数以上が、真新しい専用装備と大手企業のエンブレムを輝かせたエリート候補生たちだ。

 対するこちらは、スーツの上にボロボロの革胸当てを着てガタガタ震える最上と、焦げ跡の残る制服姿の火山。

 当然、あからさまに浮いていた。


「おい見ろよ、どこの零細だ? 終わってんな」

「切り抜きで見た新参ベンチャーだろ。にしてもボロすぎだろ」


 周囲から突き刺さる、容赦のない嘲笑と見下すような視線。最上はさらに猫背になり、火山の背中に隠れようとする。


「な、なんか凄く……視線を感じます……!やややっぱり、スーツはおかしいんですよ……」

「え、そうなの?」

「そ、そうですよ普通は……!」

「でも、目立っていいんじゃない?」

「う……!忌憚のない笑顔……!そ、そうですね……!」


 鋼のメンタルどころか、次元の違うポジティブさで火山はニコニコと笑い返している。

 やがて、ステージ上の眼鏡の試験官がマイクを握り、穏やかに微笑んだ。


「皆様、静粛に。これより実技試験を開始いたします。内容は"合同模擬ダンジョン演習"。制限時間は1時間。終了時点で合計15ポイント以上を獲得した者が合格となります」


 背後の巨大スクリーンに、ポイント配分が映し出された。


【ポイント配分】

 Fランクモンスター討伐:1ポイント

 Eランクモンスター討伐:3ポイント

 Dランクモンスター討伐:5ポイント

 ボスモンスター討伐:貢献度に応じて分配


「前衛の戦闘職が圧倒的に有利なんじゃねえか?」


 ざわめく若者たちを、試験官は丁寧な口調で制す。


「ご安心を。迅速な救護、的確な索敵や支援効果……そうしたサポートへの貢献も、等しく評価されます」


 試験官の言葉と同時に、スタッフたちが黒い腕時計のようなものを配り始めた。

 文字盤にあたる部分には、時刻の代わりに真っ暗な小型液晶が埋め込まれている。


「そのガジェットは、"スコア・デバイス"。適切なサポート行動を検知し自動でポイントを加算されます。ご自身の働きが常に数値化されるわけです。――ただし」


 ふふ、と優しく微笑む試験官の眼鏡の奥が、冷たく光った。


「形だけの“サポートのふり”は一切評価しません。無傷の相手への回復や、無意味なバフの連打はすべて0点です」


 冷たい宣告に、会場の空気がピンと張り詰める。生唾を飲み込む音すら聞こえそうだった。


「死亡や戦闘不能は即失格。他者への妨害は故意・過失を問わず一発で"マイナス5点"です。……さて、最後に質問は?」

「あの……補助魔法しか使えないソロ参加者は、合格が難しいのでは?」


 おずおずと上がった声に、試験官はあっさりと頷く。


「ええ、おっしゃる通りです。ですので、今から20分間の交流の時間を設けます。試験中の協力者探しも自由です。――では、始めてください」


 合図と共に、静寂は一気に喧騒へと変わる。誰もが血眼になり、自分にとって有利な"駒"を探し始めたのだ。


「な、渚ちゃん……!」


 案の定、火山が目をぐるぐると回しながら、隣に立つ最上の袖をぎゅっと引っ張った。


「よ、よく分からなかった!」

「落ち着いてください、火山センパイ。深呼吸です」

「……すぅー、はぁー。で、どういうこと?」

「ワタシもよくわかってないです」

「分かってなかった!」


 堂々とした最上の返答に、火山は思わずずっこけそうになる。

 最上は小さく咳払いをして、深くため息をついた。


「と、とりあえず、現れるモンスターを倒しまくって、ポイントを稼げばいいってことです」

「……ちなみに、みんな今何してるの?」


 慌ただしく行き交う受験者たちを、二人はきょろきょろと見回した。


「え、ええと、仲間集め、ですかね」

「えー!大変じゃん!うちらも急いで仲間を集めないと!」

「いえ、待ってください。無理に人数を増やしすぎるとポイントが分散しますし、即席のパーティでは連携が上手くいかないリスクがありますから~……。それに、火山センパイに変なヤツを近づけさせたく、な――」

「あ、すみませーん!よかったら私達と組みませんかー?」

「え、センパイ……!?」


 最上が独占欲混じりのウンチクを垂れている間に、火山は単独で壁際に立つ女性に元気よく突撃していた。

 見事な縦ロール髪に、豪奢な純白のドレス風戦闘衣。

 幾重にも重なる強靭なフリルスカートに、コルセット状の美しい軽鎧。腰には宝石が煌めく細剣レイピアを帯びている。

 血生臭い試験会場にはあからさまに場違いな、絵に描いたような"お嬢様"である。


「あら、どなた様?」


 ドレスの裾を優雅に翻し、彼女は胡乱な目を火山に向けた。


「私、火山夕夏っていいます!お一人様ですかー?」

「そ、そんなことございませんわ!」

「あ、そうなんですね!すみません、お邪魔しましたー!」

「ま、まぁ?どうしてもっていうならご一緒してあげても――」

「あ、大丈夫です!お気をつけて!」

「ええっ!? ちょ……」


 差し出しかけたお嬢様の手を華麗にスルーして、火山はくるりと身を翻した。

 ぽつんと取り残されたお嬢様が、信じられないものを見るような目を向けている。


「ち、ちょっとセンパイ……!な、なにしてるんですか……!」

「いや~、なんとなく仲間って多い方がいいのかな~って。でも一人がいいなら声掛けちゃ迷惑だよね!」

「ワタシさえ居れば、センパイを合格させるなんて余裕、ですから……!安心してください」

『――では、まもなく試験を開始いたします』


 会場に冷たい無機質なアナウンスが響き渡った。

 その声を聞いた瞬間、最上と火山の目つきが鋭く変わる。武器を握り直し、小さく頷き合った。

 直後、正面の巨大な隔壁が重い地響きを立てて開く。


 模擬迷宮へと足を踏み入れた途端、空気が凍りついた。

 冷たい暗闇の奥から、カチ、カチ、と硬質な爪音が歩み寄ってくる。

 現れたのはFランクの"グレーウルフ"――それも一斉に4匹。


 土と魔力で編まれた偽物の獣だ。

 だが、闇に浮かぶ赤い双眸には獲物を喰らい殺す明確な殺気が宿り、二人の肌をチリチリと刺した。


「冗談キツイ……!」


 最上が双剣を構えるより早く、グレーウルフが弾丸のような速度で牙を剥いて飛びかかってきた。

 だがその時、火山の足元に淡い緑の風が巻き起こる。


「“ブリーズ・ステップ”……!火山センパイ、右です!」


 最上が瞬時に放った風魔法。的確な先制バフをシステムが"有効なサポート"と感知する。


 加速した火山は、紙一重でウルフの突撃をステップで回避した。


「ナイス、渚ちゃん!……集中!」


 火山は杖を正眼に構え、極限まで圧縮された赤い魔法陣を展開する。


「――“ファイア・ボルト”!」


 放たれた火球は、煉夜の教え通り無駄な熱量を一切拡散させず、ウルフの眉間を的確に穿った。

 ドォン!という硬質な爆発音と共に一匹の頭部が消し飛ぶ。

 すかさず二人の端末に1ポイント獲得の通知が走る。


「ふぅ……!センパイ、すごい……!」

「どんどん行くよ!」


 この1週間の地獄の深夜営業は伊達ではない。

 最上が風魔法で火山の機動力を底上げしてサポートポイントを稼ぎ、火山が精密な一撃で確実に雑魚を仕留めていく。

 だが、その順調な滑り出しを苦々しく見つめる影があった。


「チッ、あの零細の雑魚どもが調子に乗りやがって。おい、バレない程度に足を引っ張れ。直接攻撃じゃなきゃ減点にはならねえよ」


 別の大手企業の受験生グループが目配せを交わす。彼らは"事故を装った陰湿な妨害"に慣れていた。

 二人が進む通路の先から、鋭い爪を持つ中堅モンスター、Eランクの"ウェアウルフ"が三体、獰猛な咆哮を上げて現れた瞬間だった。

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