第24話「再開」
「あれあれ~、煉夜さんじゃないですか」
コンビニから出てきた男が声をかけてきた。
金髪に深めの帽子、メガネに黒マスク。いかにも怪しい若者だ。
「誰だ……?」
「俺ですよ、俺!」
男が帽子を脱ぎ、マスクを外す。
現役のトップダイバー・白銀聖人が、事も無げに俺の隣に並び、買いたてのミネラルウォーターをぐいっと煽った。
「トップダイバー様が、元社畜の俺に何の用だよ。ファンに見つかったら炎上するぞ」
「水くさいなぁ!共に戦った仲でしょ?ちょっと立ち話しましょーよ!」
「何を話すんだ」
「あれからどうですかー? とか!」
「はぁ……。ま、ボチボチかな」
「へぇ。お仲間さんも成長しました?」
「ああ、している。……多分、人間としてもな」
俺の口元が自然と微かに緩んだのだろう。それを見逃さなかった相手は、くすくすと肩を揺らす。
「なら、煉夜さんは?」
「俺は、まだまだだな。なんというか……」
「『俺の足元にも及ばない連中の育て方が分からない』って顔、してますね」
心臓を素手で掴まれた気がした。
こいつは、俺が心の奥底に封じ込めていたドロドロした感情を、笑顔のまま無理矢理引っ張り出してくる。
「……ああ。ITのマネージャーやってた頃の方がまだ分かりやすかった。勉強して、スキルを積んで、順番に成長していくからな。俺が通った道を教えればよかった」
「ふむふむ」
「でも探索者は違う。俺には才能がありすぎたらしい。剣術も攻略も、気づいたら出来てた。それを説明する方法が分からない」
「あはは、なるほど!」
白銀は楽しそうに笑った。
「俺は小学生から戦闘訓練もダンジョン理論も叩き込まれてきたんで、煉夜さんも英才教育組かと思ってました」
「いや、ただの凡人コースだよ。気まぐれで潜り始めたら、思ったより適性が高かっただけだ」
「……へぇ。そっちなんだ」
白銀の目が、一瞬だけ細くなる。
血反吐を吐く訓練で頂点へ辿り着いた秀才が、説明不能の“天然モノ”を前にした時の目だ。
「ま、どっちにしろマネジメントなんて俺には無理っすね。でも……仲間は絶対信じた方がいいですよ。一人で何でもできる奴は、いないですから」
トップダイバーの口から出た、あまりにも泥臭い言葉。
それが不思議と、俺の凝り固まっていた肩の力を解きほぐしていく。俺は小さく息を吐き、胸ポケットのタバコに火をつけた。
「はは……そうだな」
「で、話変わるんすけど」
「ん? なんだ?」
「煉夜さんって……やっぱり元ダイバーっすよね?」
俺は素直に、その言葉に頷きを返した。
「だ、だったらなんだ。昔ちょっと齧っただけだ」
「いや、ただのダイバーじゃなくて。当時のメンバー5人全員が顔も本名も隠していて、確証はないんですけど……。多分、“ナイト・ブレイカーズ”のメンバーですよね?」
タバコを持つ指先が、プルプルと震えだす。
「……ひ、人違いだ」
「で、そん中の一人。煉夜さんは多分……“黒い虚飾”さん、ですよね?」
ですよね、じゃねえよクソが!人違いだって言ってんだろ。
「……ひ、ひひ……人違いだと言ってんだろ」
「え? ちょっと待って、めっちゃ汗やばいっすけど。熱あります?」
胃が痛い。痛すぎる。
そうだよチクショウ!当時最年少で十代の俺は中二病真っ盛りで、最高にかっこいいと思って付けた名前だよ!よりによってコイツに特定されるなんて悪夢だ。
「な、なな、なんでそう思ったかだけ聞いていいか……?」
「俺、親父の影響で当時の配信アーカイブめっちゃ見てて! アンタの戦い方、似てたんですよね。カメラに映らない位置からの死角攻撃――そこで確信しました。俺、あのクールで大人びた姿に憧れてダイバー目指したんすから!」
ただのコミュ障で冷笑してただけだよクソが!
「へ、へえ~……。違う、と言いたいが……」
「もーやだなー! あの戦い方は誤魔化せないですよ。一度、お手合わせをお願いしたいです!」
「……断る。決闘罪って知ってるか?」
「あー、あの形骸化した法律? グレーですよグレー!」
白銀は再び、マスクと帽子を装着した。
「豊洲では俺が負けましたけど、今度は負けませんよ。楽しみにしてますから!」
「上級ダンジョンに潜ってるお前に、俺達が会うことないだろ」
「うーん、それは煉夜さん次第でしょ!また連絡しまーす!ご飯でも行きましょー!」
マスク越しにニヤリと笑い、嵐のような男はひらひらと手を振って人混みへ消えていった。
「……連絡するって、連絡先教えてねぇだろうが」
手元に残ったタバコは、灰ばかりが長くなってろくに吸えていない。携帯灰皿に押し込み、特大のため息をついた。
――“黒い虚飾”。
脳裏に蘇る暗黒の四文字。思い出すだけで全身から変な汁が出そうだ。当時は「深淵を覗く時、深淵もまた――」とか大真面目に考えていた。殴りたい。当時の自分を全力で殴り倒したい。
「……帰ろう」
逃げ切ったつもりだった過去が、正面から全力疾走してきた。
俺はガタガタ震える膝を叱咤し、ひたすら下を向いたまま、逃げるように帰路についた。




