第21話「才能開花」
「社長……重い……っ」
「鎧が引っかかって抜けなーい!早く引っ張って!」
俺と火山、そして最上の三人で、落とし穴からがしゃがしゃと騒がしい社長をどうにか引っ張り出す。
そのまま、口を開けた落とし穴を全員で飛び越え、さらに通路の奥へと歩みを進めた。
今度はドヤ顔ではなく、本当に安全性を確認するための先行として、社長を前方に歩かせ、俺たちは影に潜んで合図を待つ。
数十メートル先から、社長の緊迫した声が響いた。
「来た!! 五匹くらい!!」
直後、カチャカチャと激しい金属音と、ゴブリンたちの甲高い濁声が、狭い空洞に反響した。
「ギギャギャッ!」
「社長、そのまま耐えてください! 火山、最上、行くぞ!」
俺の指示と同時に、俺たちは影から直線の通路へと滑り込む。
前方では、社長が最高級鎧の防御力に物を言わせ、文字通り“生きた盾”としてゴブリンの群れを正面から完璧に堰き止めていた。
棍棒やナイフがいくら叩きつけられようと、ミスリルの装甲は火花を散らすだけで傷一つ付かない。
@ばると:『これ配信的に絵面がシュールすぎるw』
@りりっく:『社長の扱いが完全にただの壁www』
同時接続数は一気に30人を超え、コメントの勢いが増していく。
反重力で追従するドローンカメラの映像を、最上が素早くスマホの画面で確認し、鋭い目で俺を振り返った。
「ブ、“ブリーズ・ステップ”……! 火山センパイ、行って……ください!」
最上の風魔法が火山に付与される。その瞬間、火山の足元に淡い緑の風が巻き起こった。
「おお!身体が軽い!ありがとう、渚ちゃん!」
火山はぴょんぴょんとその場で跳ね、重力を無視したような速度で鋭く駆け出す。
新調した杖を掲げ、揺らぎのない幾何学模様の赤い魔法陣を展開した。
「――"ファイア・ボルト"ッ!それっ! えいっ!」
火山の持つ杖先から、マシンガンのごとく次々と高熱の火球が撃ち出される。
一匹、また一匹と、的確に眉間を穿たれたゴブリンたちが、灰へと変わっていく。
ゴブリン達が怯え、後退る。
「……わ、ワタシも、行かないと……っ!必要と、されないと……!」
しかし、並走する最上の足は、小刻みに震えていた。
無理もない。これが初めての戦場なのだ。むしろ、初戦で魔法を連射していた火山の精神構造の方が異常なのだ。
「大丈夫だ。無理はするな。まずは火山の戦いを見て――」
ゴブリンの群れの奥から放たれた、クロスボウの矢。火山はそれをギリギリのところで回避するが、白い頬を僅かに掠めた。
「いてっ……!」
ポタ、と床に落ちる一滴の鮮血。
隣にいた最上の口から「あ”?」と、低い声が漏れた。空気が、完全に変貌した。
「も、最上……!?」
俺は思わず最上を見た。
最上が自らに“ブリーズ・ステップ”を付与し、地面を滑るように加速する。
それと同時に、身体の輪郭が陽炎のように歪み、光の屈折の中に消えた。――“隠蔽”。
「ギャ!?」
虚空から突き出た双剣が、矢を放ったゴブリンの頭部を貫く。
見えない一撃に、残りの個体が一斉に硬直した。恐怖が伝播し、戦列が崩れる。
「はっ……!?」
最上の動揺が遅れて表に出る。殺した実感が追いついていない。
「え、あ、ありがとっ!渚ちゃん!――こっちに来て!」
「あ、は、はい……っ!」
最上が“ブリーズ・ステップ”の風を纏って素早く後退する。
その間に、火山は杖を正眼に構え、一気に体勢を立て直していた。
狙うは、怯み、一箇所に固まったゴブリンの集団。
火山は脳内で、単発の弾丸である“ファイア・ボルト”の収束力と、面を制圧する“フレイム・ウォール”の広域魔素展開の感覚を、一つのイメージへと急速に融合させていく。
「――“フレイム・ストーム”ッ!」
火山の叫びと共に、杖の先端から爆発的な熱量が解き放たれた。
それは単なる火球ではない。凄まじい轟音を立てて狭い通路を焼き尽くす、激しい"炎の嵐"そのものだった。
「ギギャアアアアアッ!?」
逃げ場のない洞窟のなか、文字通りの地獄の業火に包まれ、ゴブリン達は断末魔を上げる暇もなく次々と黒い灰へと焼かれていく。
「課長!どうですか!?ずっとイメージトレーニングしてたんです!」
「まじかよ。凄い」
俺は思わず、口角が上がる。火山の成長速度が凄い。
その後ろで、最上が座り込んでいた。
「ゼェゼェ……ッ!づ、づかれた……っ!」
「も、最上……大丈夫か?」
「だ……」
「"だ"、か。……大丈夫じゃなさそうだな。ステータスを見せてみろ」
【HP:90 / 90】
【MP:20/ 40】
【スタミナ:2 / 100】
まずいな、これは。
風属性魔法を絡めた双剣の立ち回りは見事だった。敵のヘイトを外し、死角を突く嗅覚も初陣としては満点だ。
ただし、致命的に体力がない。
駅まで歩くだけでスタミナが尽きる元ヒキコモリだ。実戦で全力疾走、魔法、剣戟をフル投入した結果、完全に放電した。
「おぶってやる」
「い、いやれす……!まだ、やれます……!」
「悪いが、ダメだ」
「ぐぇ」
不名誉なカエルのような声を漏らす最上を、俺は容赦なく背中に担ぎ上げる。
驚くほど軽かったが、その背中からは、未だに実戦の興奮が冷めやらない泥臭い熱が伝わってきた。
「いいか。焦らなくても、お前はこの課に必要な人材だ。さっきの戦い方、サポートとスキルの使い方、良かったぞ」
「え、え……」
不意打ちの称賛に、最上は照れ隠しのように俺の背中へと顔を押し当て、モゴモゴと狼狽したような声を漏らす。
「動くなよ、落とすからな」
「う、うぅ……セクハラ……パワハラ…………ろうどうきじゅんほういはん~……」
「とっくに潰れた法律の名前を出すな。それにこれは業務上の安全配慮義務だ」
背中から聞こえる最上の弱々しい呪詛を適当に聞き流しながら、俺は視線を前方へ戻した。
背後から、先ほどゴブリンの群れを肉体で受け止めていた社長が、ミスリルの甲冑をがしゃがしゃと鳴らしながら煤まみれの顔でこちらに歩いてくる。
「ちょっと煉夜くん!私への労いが雑じゃない!?完璧なタンクだったでしょ今の!?才川!配信に映ってた!?」
「はい。素晴らしかったですよ社長。おかげで火山さんも最上さんも命拾いしました。カメラに向かってポーズでもお願いします」
「それよ!視聴者のみなさーん!これがネクロス・テック・ワークスの誇る最高経営責任者の力よー!」
テンションの上がった社長が迷宮ぴかりを何度もバンバンと叩く。
「やめてください。強く叩きすぎです」
@ねこまる:『鎧が固いだけでは……?』
@AKITAKA:『けど誰かがやらないといけないしな』
社長が浮遊するドローンカメラに向かってポーズを決めている間に、俺は一歩先を行く火山に声をかけた。
「火山、さっきの“フレイム・ストーム”、魔素の収束と展開のバランスが見事だった。でも、今の実力だと一発でMPをどれくらい持っていかれる?」
「ええと……」
火山が自身のステータスウィンドウを開いて確認する。
「最大MPが180で、さっきの一発で一気に50減ってました!残り130ちょっとです!」
「なるほど、連発は三発が限界か。通路が狭いから威力が跳ね上がったが、広い空間だと熱量が分散する。次の戦闘からは基本の“ファイア・ボルト”を主軸にしろ」
「了解です、課長!」
元お客様相談室のメンタルの筋肉は伊達ではない。火山はすでに息を整え、新調した杖の感触を確かめるように滑らかな足取りで先行を再開した。




