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第20話「落とし穴」

 俺達はダンジョンへ突入し、インカム越しに才川さんのサポートを受けながら、探索ドローン"迷宮ぴかり"と配信用のドローンを起動した。

 ふわりと宙へ浮かび上がったドローンが淡い光を放ち、空中に簡易的なホログラムマップを展開する。

 それを見た火山が、目を丸くした。


「あれ、今回は最初からマップ表示なんですか?ぴかりでの先行探索は?」

「このダンジョンは事前調査済みですからね。その探索データを基に、あらかじめ地形マップを作成してあるんですよ」


 迷宮ぴかり越しに、才川さんが優しく説明してくれる。

 表示されたマップと周囲の景色を照らし合わせる。

 今回は薄暗い岩肌が続く洞窟型だ。

 横に三人が並べる程度の広さがあり、天井の高さも十分。どうやら前々回と似た、ゴブリンの住処だと判明した。


「あー痛い……」


 先ほどから、社長が涙目で自分の頭頂部をさすりながら呻いている。


「本当にすみませんでした……!」


 最上が何度も頭を下げるが、社長の唇は尖ったままだ。


「痛すぎて死にそう。HPも半分くらい減ってるんじゃないかしらこれ。たんこぶ出来てるし」

「社長、わざとじゃないんすから。もう一時間以上拗ねてるじゃないですか。大人げない」

「だって気持ちよく寝てたんだもん!会社が上場する夢を見てたのよ!? せめて夢の中くらい成功させてよ!私だってこの業務以外に、色んなところに資金援助のお願いをしてるのよ!?頑張ってるの!みんなが知らないところで!」


 呆れつつも、俺は話を本筋に戻す。


「で、今回の目的だが。火山と最上を主体に動いてもらう。本当にピンチになった時は俺が出る。本来であれば、安全な現場以外での修行といきたいところだが、生憎と時間がなくてな。特に最上は初の戦闘だ。油断するなよ」

「ちょっと!無視!?労ってよ!ねぇー煉夜くーん!」


 抗議の声を上げる社長に、俺はやれやれと息を吐く。


「はぁ……少しは緊張感持ってください。そして声がでかい。ここはダンジョンの中なんですから。……でも、社長が裏で頑張ってるのはみんな知ってます。いつも助かってますよ」

「え!?そう?ふふん。私も伊達に社長をやってないんだから」


 ちょろい。

 社長の機嫌を無事に取ったところで、俺は改めて二人へ向き直った。

 最上は新調した双剣の柄を、震える手で強く握りしめている。


「すまん。最上、ステータスを見せてくれ」

「あ、はいっ……!」


 最上がおずおずと手をかざすと、半透明のウィンドウが展開された。俺と火山はそれを覗き込む。


【最上 渚:Lv.1】

【HP:90 / 90】

【MP:40 / 40】

【スタミナ:50 / 100】

【属性適性:風】

【スキル:隠蔽】


 数値は全体的に、未経験者としてもやや低い。


「スタミナ、大丈夫?」


 火山が率直に言う。


「元ヒキコモリを舐めないでください……。駅まで歩くだけでスタミナが20削れる生活を乗り越えてきたんです……っ」

「スキルは……隠蔽か」

「はい。ランクはD判定です」


 “隠蔽”は補助スキルで、なぜか比較的多くの人に発現しやすい。

 数秒、長くても数分間、他者の認識から外れる。派手さはないが、使い道は多い。

 双剣も、見栄えの良さとは別に、その運用を前提にした構成か。


「魔法は?」

「二つだけ……“ブリーズ・ステップ”と"テイル・ウィンド"が使えます……」


 “ブリーズ・ステップ”――地面との摩擦を減らし、移動速度を上げる魔法。他者への付与も可能だ。


 隠れながら逃げる構成。最上の性格がにじむ気もするが、方向性は分かりやすい。


 一方の“テイル・ウィンド”は、基本中の基本。せいぜい業務用扇風機の強レベルの風を広範囲に起こすだけの、極めて地味な魔法だった。


「ありがとな、最上。……よし、配信を始めるぞ」

「うぅ……やっぱり慣れないなぁ……!」


 火山は緊張したまま杖を握りしめる。

 画面の向こうでは、開始を待っていた視聴者の反応が一斉に動き始めていた。


 @ねこまる『なんか新メンバーおる』

 @ばると『優香ちゃん元気?』


「げげげ元気です……!すみません昨日は~……お見苦しいところを~……っ」

「チッ……火山センパイを軽々しく、名前で呼ぶな……」


 不意にマイクが拾った、低く冷ややかな声。

 同時接続数は一気に25人にまで跳ね上がった。確実に固定視聴者が増え始めている証拠だ。


「あ、新メンバーを紹介するわね!最上渚ちゃんよ!」

「……も、最上です。お、お手柔らかに……お願いします」


 最上は、カメラに向かって薄く引きつった作り笑いを浮かべる。


「あと、火山センパイを叩く奴と、馴れ馴れしい、ガチ恋は……ブロックします……」

「ちょっ……!?渚ちゃん何言ってるの……!?ダメだよ……!?」


 @AKITAKA『え、怖いけどかわいいw』


「――と、いうわけで! 進行よろしく! 煉夜くん!」


 社長の強引なパスと共に、カメラのレンズが俺に向けられる。

 俺は一呼吸置き、火山と最上の二人を手招きで近くに呼び寄せた。


「……それで、今回の獲物はゴブリンの巣だ。火山は経験済みだが、最上はこれが初陣になる。いくらモンスターとはいえ、明確な意思を持つ生物を殺すことになる。ただの素振りと違って精神的な負荷がかかるから、そのつもりでいてくれ」


 二人は「はい」と、同時に頷く。


「それと……前回は棍棒を持った通常個体しか確認できなかった……。ハイオークとかいう例外は居たがな」

「そ、それで?」


 火山の瞳に緊張が走る。


「ああ。前々回はFランクダンジョンだったが、今回は一つ上のEランクだ。つまり、そういった厄介な上位個体が群れを率いていても何らおかしくない――」


 俺は言葉を切り、通路の床へ一歩踏み出す。


「例えば――こんな風にな」

「え?どうしたんですか?」

「ここを見てみろ。罠がある。……といっても、人間の子供の悪戯レベルだがな。よく観察すれば、他の地面は踏み固められているのに、ここだけ不自然に柔らかい土が盛り上がっているのが分かるだろ」


 足元にうっすらと積まれた不自然な土。俺はそれを、手にした剣の腹で思い切り叩きつけた。

 ――ドゴッ!!

 鈍い破壊音と共に、偽装されていた地面がぽっかりと崩れ落ち、暗い空間が口を開ける。


「ひやぁっ!?お、落とし穴……!?」

「エ、エグい、ですね……。底の方……削り出された木の槍が、何本も上を向いて突き刺さってる……。落ちたら確実に串刺し、です……」

「ああ、生身ならただでは済まないだろうな。……だが、本当に厄介なのはここからだ」


 @マイ『え、やっぱ課長さん冷静でかっこよ』


 最上が息を呑む。

 静まり返った通路の奥、暗闇のずっと深い場所から――カラン……と、乾いた鈴の音が不気味に響き渡った。


「なんか今、奥の方で音が……!」


 火山が一拍遅れて反応し、慌てて杖を構える。


「落とし穴の底に、糸が張ってあったんだ。土が崩れた勢いでそれが引っ張られ、奥の警報用の鈴が鳴るからくりになっている」

「それって、つまり……!」

「ああ。侵入者を知らせる合図だ。……来るぞ、警戒しろ」

「ちょっとちょっと!私を忘れてもらっちゃ困るわね!」


 緊迫した空気を破るように、背後からカチャカチャと騒がしい金属音が近づいてくる。


「社長、ちょうどいいところへ。先頭を歩いてください」

「ふふん、タンクって言いたいんでしょ? ゴブリンは高級なものに惹かれる――そう言ってたわよね?」

「おお、話が早い……え、いいんですか」


 俺は思わず目を瞬かせる。


「私だって大人よ! 昨日の現場でよーく分かったの。社長であるこの私こそが頑丈な壁になって、可愛い部下たちを守るべきだってね!先頭は私に任せなさい!」


 胸に手を当て、堂々と宣言する社長。

 そのまま通路を歩き出すと、くるりと振り返り、後ろ歩きで進み始めた。ドヤ顔のままだ。


 @Unknown『無理だろお前には』


「私に任せなさ――」


 ――カァンッ!!

 社長の姿が視界から消えた瞬間、鋭い金属音が通路に響いた。

 それは、数十秒前に俺が暴いたばかりの落とし穴だった。


「「大丈夫ですか!?」」


 俺と火山の声が重なる。

 覗き込むと、底には折れた木槍が散乱し、その上で鎧ごと引っかかった社長がもがいていた。


「いたたた……!距離感を見誤ったのよ!」

「その鎧なかったら即死でしたよ!?」


 @チビ助『だっさw』

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