第19話「泥臭い配信」
早速、俺たちは最上を連れてダンジョンへ向かうことになった。
E級ダンジョン――東京郊外の住宅街に出現した、ごく一般的な低級ダンジョンだ。
道中で最上の装備を購入した。もちろん俺の金で。
電車の四人席には、火山と最上、それから爆睡中の社長。
俺は通路を挟んだ向かい側に一人で座っていた。
「最上、その装備でよかったのか?」
最上が選んだのは双剣だった。
ナイフをそのまま大きくしたような、シンプルな刃。
「は、はい……」
「なんで双剣?」
「……かっこいいので」
「あ、それはわかる」
そんな他愛のない会話をしながらも、最上はずっとスマホを触っていた。
「課長~、これ見てくださいよ~」
火山が俺の向かいに座り、画面を見せてくる。
「この“unknown”ってアカウント、ずっと荒らしてるんですよ」
表示されていたのは切り抜き動画のコメント欄だった。
『元IoTの奴しかまともに動けてない典型的なワンマンで草』
『火山とかいう雑魚、死んでるじゃんw』
『零細ブラック企業』
「……いたな。初配信の時にも」
「はい。ずっと粘着してて怖くて……」
火山は苦笑する。
「まぁ、注目されてるってことでもある」
そう言いながらスクロールしていると、一つの返信アカウントが目に入った。
『アンチ必死で草』
『探索二日目に何求めてんの?馬鹿なの?』
「この“さなぎ”って人が、ずっと戦ってくれてるんですよ」
「どれ……」
投稿時刻は五分前。
『火山さん笑ってるお前の方が終わってるだろ』
「リアルタイムでレスバしてるな……」
「まぁ嬉しいですけど……」
のん気に頬を緩める火山の横で、俺の脳内は別の思考に支配されていた。
「さなぎ……か」
俺は何故か、その名前に強烈な違和感を覚えていた。
引っかかる。何かが引っかかる。
――さなぎ。サナギ。SANAGI。
文字を頭の中でひっくり返し、並び替えた瞬間――電流が走った。
さなぎ……さなぎ……なぎさ……渚!? 最上の下の名前って、確か。
俺は勢いよく立ち上がった。
「え?」
通路を跨ぎ、最上のスマホをひったくる。
「ちょ、連実さん!?」
画面には案の定、“unknown”と絶賛交戦中のコメント欄。
しかも入力途中の文章が酷い。
『ネットでしかイキれないゴミが火山センパイ語んな』
「お前かよ、“さなぎ”」
「か、返してください……!火山センパイが危ない目に遭ったの笑われたんですよ!?」
「だからって乗るな。相手の思うツボだ」
「でも放っておけません!」
最上は珍しく食い下がる。
「ワタシがこの課を守るんです……!」
「ダンジョン未経験者が?」
「配信は見て勉強してます……!」
熱くなりすぎだろ。
俺はため息をつき、火山へ目配せした。
宥めろ、という意味だ。
火山は力強く頷く。
「渚ちゃん」
「は、はい!」
火山は優しく微笑んだ。
「課長が“徹底的に叩き潰せ”って」
「言ってねぇ!!」
俺は慌てて火山を引き寄せる。
「逆だ!止めろって意味!」
「あっ……」
火山は顔を赤くしたあと、最上へ向き直る。
「……あんまり喧嘩しないで。私とお話しよ?」
「はい……!」
秒で鎮火した。
ちょろいと、俺は思った。
「……今、“ちょろい”って思いました?」
「いや、全然」
最上はジト目のまま、スマホを胸元に引き寄せる。
微妙に張りつめた空気をほぐすように、火山が明るく口を開いた。
「ねえ、渚ちゃん。私、配信とかほんと疎くて。どうしたらバズるのかとか、詳しかったら教えてほしいなって」
「あー、それ俺も普通に気になる」
すると最上は少し姿勢を正した。
胸元のスマホを操作し、"D-Livers"のマイページをこちらへ向ける。
画面に表示されているフォロワー数は――125人。
「……今の方向性、かなり良いと思います」
「へぇ?」
「今のダンジョン配信界隈って、“完成されすぎ”なんです」
最上は指を折りながら説明する。
「大企業。高級装備。最強ダイバー。編集も演出も完璧。だから視聴者が食傷気味で」
「なるほど」
「今伸びるのは、“成り上がり系”です」
最上は俺たちを順番に見る。
「ボロい会社。ギリギリ経営。未熟なダイバー。そういう方が感情移入されやすいんです」
「つまり、うちは見世物向きってことか」
「……かなり」
遠慮がない。
「それに最近は、“完璧なヒーロー”より“生っぽさ”が求められてます」
「生っぽさ?」
「失敗とか、焦りとか、人間関係とかです。昨日の火山センパイの件も、普通なら隠したがる事故ですけど……逆に視聴者は“本物感”を感じるので」
火山は「えへへ」と照れている。
褒められてるわけじゃないぞ。
「強者の無双は飽和してるんです。今は“成長途中”の方が数字になります」
「だから攻略課に?」
「はい。火山センパイだけだと眩しすぎるので。ワタシみたいな一般人枠が必要かなって」
自己分析だけ妙に冷静だな。
「あと、衣装も大事です」
「衣装?」
最上は俺を指差した。
「スーツでダンジョン入る課長。安物装備……」
そして、真顔で言った。
「全部、武器です」
「全然嬉しくないな……」
「“生活感”があるんです」
最上は静かに続ける。
「視聴者って、“遠すぎる存在”より、“頑張れば届きそうな存在”を応援したくなるので」
少しだけ空気が静かになった。
最上は視線を逸らしながら、小さく言う。
「だから今後は、“最強チーム”じゃなくて――」
一拍。
「“潰れかけ零細企業のダンジョン成り上がり記録”として売り出すべきです」
「おおーっ!少年漫画っぽい!」
「会社は笑えないくらい潰れかけだが」
「でも、“応援したくなる空気”は大事です。アンチも増えますけど、その分ファンも付きます」
最上は拳を握った。
「そういうの、今は“泥臭い”って言うんです」
「た、頼もしいな、広報担当」
戦闘力は未知数だが、広報力は本物かもしれない。
「ワタシ、この課を絶対人気にします……!まずはSNSアカウントの作成――」
勢いよく立ち上がった瞬間。
「あ」
手からスマホがすっぽ抜ける。
「ぶべっ!?」
社長の脳天に直撃した。




