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第18話「ダンジョン攻略課の新人」

 「お疲れ様でーすっ!課長!」


 翌朝。出社した瞬間、背後から嫌になるくらい元気な声が飛んできた。

 振り返ると、火山が両手を大きく振りながら駆け寄ってくる。


「……大丈夫だったか?」

「ええ!もうすっかり元気です!」


 火山はブンブンと両腕を振り回し、勢いよくガッツポーズを見せた。

 不謹慎だという自覚はある。あるのだが――昨日、火山が死んでくれたおかげで、あの地獄みたいな飲み会が中断されたのも事実だった。

 正直、そこだけは助かった。


「元気だな……」

「んー、意外と平気でした!気づいたら寝てた~……みたいな感じで!」


 蘇生には、副作用がある。

 死の直前の感覚が曖昧になるのだ。

 それが蘇生技術そのものの仕様なのか、一度死んで蘇った人間の脳が自己防衛的にそうなるのかは、未だ解明されていない。

 だが結果として、人は“死”に慣れていく。

 だからこそ、この社会は回っている。


「課長……その……私、昨日、足手まといでしたよね?」


 火山が、少しだけ視線を落とした。


「いや。ダンジョンの難易度が高すぎた。お前のせいじゃない」

「でも……」


 火山が言葉を詰まらせる。


「課長を除いた私たちだけでD級ダンジョンを攻略しないと、課長、この会社に居られないって……」

「……ッ!? き、聞いてたのか?」

「はい。近藤さんと話してるところ、見ちゃいまして……」

「……すまないな。巻き込んで」

「い、いえ!そんなことないです!」


 火山は勢いよく顔を上げ、ぶんぶんと首を横に振った。


「私たちの名誉のために、課長があんな風に怒ってくれたの、ちょっと……ううん、凄く嬉しかったんです!いつも一歩引いてる課長が、あそこまで言ってくれたから。だから私、頑張りたいなって!」


 真っ直ぐな信頼を向けられると、どうにも居心地が悪い。

 俺は誤魔化すように頭を掻いた。


「……ありがとな」

「えへへ」


 火山が照れくさそうに笑う。

 だが、その直後。


「あ、でも――」


 何かを思い出したように、人差し指同士を突っつき始めた。


「ん?」

「私、そもそも“探索者資格”持ってないんですけど……」

「あ」


 思考が止まった。

 完全に盲点だった。

 この会社――いや、この急造の“ダンジョン攻略課”において、公的な探索者資格を保持しているのは俺だけだ。

 つまり次の攻略作戦以前に、まず火山へ資格を取らせる必要がある。


 試験日程。

 申請。

 講習。

 登録。

 適性審査。


 頭の中で一気に工程表が組み上がる。


「クソクソクソ!そうじゃねぇかあああああ!完全に抜けてた!」

「え、えぇっ!? そんな難しいんですか!?」

「いや、難易度自体はそこまでじゃない!筆記と簡単な実技だけだ!合格率も六割くらいだし、お前なら普通にいける!」

「ほ、ほんとですか!?」

「ただ時間がない!」


 俺たちはそのまま会社へ向かった。


 ◆


 会社の扉を抜け、会議室を無理やり改造した“攻略課オフィス”へ入る。

 すると、既に才川さんと社長がいた。


「社長!相談があります!火山の資格取得手続きを――」

「二人とも、座りなさい」


 俺たちは座らなかった。

 社長の表情が妙に硬い。

 いつもの勢いだけで突っ走る顔ではなく、どこか張り詰めた空気を纏っている。

 その時、端末を操作していた才川さんが顔を上げた。


「あ、連実さん。火山さん。おはようございます。昨日の件、今朝一でIGOから速報が届きました」

「あいじーおー?」


 火山の頭上に巨大な“?”が浮かぶ。


「"IGO"は異世界由来の存在・技術・概念を統括管理する国際機関だ。危険度判定やダンジョン認定もあそこがやってる」

「へぇ~……」

「で、結果は?」


 才川さんが画面をこちらへ向ける。


「ランクC!?え、結構ヤバかったんですかアレ!?」

「はい。想定以上です。おかげで攻略奨励金が約2千300万円。ドロップ品査定が約600万円。合計2千900万円超えですね」

「に、2千900万円……!?」


 火山が素っ頓狂な声を上げる。

 だが、才川さんはそこで苦笑した。


「……まあ、“売上ベース”の話ですが」

「だよな」


 俺はため息混じりに頷く。


「まず素材回収業者への委託費。ダンジョン活動税。魔素材流通税。IGO監査費。それに配信収益分配――」


 才川さんが端末をスクロールする。


「企業側の探索者保険負担金、危険区域活動料、法人所得税もありますね」

「うわぁ……」


 火山の顔から笑みが引いていく。


「最終的な純利益は、ざっくり2千万円前後ってところです」

「減りすぎだな……」

「この業界、“命懸けで稼いだ金ほど中抜きされる”ので」


 才川さんが淡々と言う。


「ちなみに火山さん、昨日一回蘇生してますよね?」

「え、はい……」

「その時点で、うちの探索者保険等級が一段階悪化してます」

「えっ?」

「次回から保険料率上がります」

「え、そうなんですか!?」


 火山が悲鳴を上げる。

 だが現実、ほぼ同じだった。

 蘇生は奇跡ではない。


 ――制度だ。


 だから管理される。

 数値化される。

 統計化される。

 死ぬことすら、企業コストとして処理される。


「あの……課長」


 火山がおずおずと口を開いた。


「私たち、昨日あんなに頑張ったのに……それでも会社、ヤバいんですか……?」


 俺は少し考えてから答えた。


「分かりやすく言うぞ」

「は、はい……」

「例えば、毎月の生活費が12万円必要な家庭がある。でも、本業が赤字なうえに無駄遣いも酷くて、毎月15万円ずつ借金が増えてる」

「え?」

「そこへ昨日、俺たちが命懸けで2万円を稼いできた」

「あ」

「焼け石に水だろ?」

「……そう、ですね」

「それを桁だけ元に戻したのが今の会社だ」


 火山が静かに青ざめていく。


「うちは従業員150人規模だ。固定費だけで毎月1億2千万近く飛ぶ。そこへ赤字事業が積み重なってる」

「じゃ、じゃあ昨日の2千万円って……」

「巨大な穴へ砂を一握り入れた程度だ。延命できても一週間ってところだろうな」


 火山は絶句した。

 命を賭けて稼いだ大金。

 その価値が、天秤の上においては、羽毛よりも軽い。

 その重苦しい沈黙を切り裂いたのは、社長の、ひどく朗らかな声だった。


「二人とも、座りなさい」


 今度は素直に座る。

 すると、火山が申し訳なさそうに頭を下げた。


「社長……!昨日は本当にすみませんでした!」

「いいのよ。私のモットーは何度倒れても、"最後に立ってれば倒れてないのと同じ"。……現に今、こうして立って」

「座ってますけど……」

「細かいところはツッコまない!」


 社長は腕を組み、妙に深刻ぶった顔で言った。


「ゴホン!で、このままでは我が社は沈むのみよ……」

「はい」

「そこで!我が社の新戦略!入ってきなさい!」

「はっ!?新人!?」

「あ、あの……失礼します……」


 ひょこっと顔を出したのは、紫髪の女だった。

 長い前髪で片目を隠し、ハーフアップのお団子に多数のピアス。

 目の下の濃いクマと虚ろな瞳が、彼女の不健康な魅力を際立たせている。

 華奢な猫背に羽織ったのは、漆黒のオーバーサイズスーツ。

 ルーズに着崩したジャケットに黒のプリーツミニスカートを合わせ、首元にはスパイクの付いたチョーカー。

 その佇まいは、まるでストリートの闇を体現しているかのようだった。


 胸元の社員証には、【最上もがみ なぎさ 広報部】――と、書かれている。


「……えっと?」

「広報部の最上ちゃんよ!今回の統合案もこの子の提案!」

「統合?」

「そう!」


 社長がホワイトボードへ勢いよく書き殴る。


【ダンジョン攻略課 in 広報部】


「やはり今後は配信よ!探索だけでもダメ!広報だけでもダメ!だから合体!以上!」

「ロボアニメみたいなノリで部署統合決めないでくださいよ……」

「どうせ広報なんて元々二人しかいないし!」

「終わってんなこの会社……」

「でも配信ビジネスなら宣伝もできる!スポンサーも来る!案件も増える!完璧!」


 社長がビシッと最上を指差す。


「というわけで自己紹介!」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 最上がビクッと肩を震わせる。


「その……最上渚です。19歳です。不束者ですが……よろしくお願いします……」

「よろしく。19歳か。若いな」

「は、はい……。元々ヒキコモリで……。高校卒業してから家で色々してたんですけど、このままだと駄目だと思って……」

「で、この会社か……。ご愁傷様」

「ちょっと煉夜くん?」


 社長がジト目を向けてくる。

 最上は苦笑しながら、小さく肩をすくめた。


「前の部署も、その……“広報部”って言っても、実質は他部署の……誰もやりたがらない雑務の押し付け部屋、みたいな感じで……。『最上さん暇でしょ?』って、よく……よく、仕事を回されてました」

「うわぁ……」

「大変だったな」


 俺がそう返すと、最上は少しだけ目を伏せたあと、照れ臭そうに続ける。


「でも……ポータルサイト掲載用に、ダンジョン攻略課の配信アーカイブを編集してた時に、火山センパイを知って……」


 そこで言葉を区切り、ちらりと火山を見る。


「か、かわいいし、かっこいいし……ちょっとドジなところも、かわいくて……。ツラかったワタシに、光が差し込んだんです……」


 最上はみるみる顔を赤くし、視線を下に落とした。


「えへへ……火山センパイ、会いたかったです」

「私もそう言ってくれてうれしいよ!渚ちゃん!」


 火山は満面の笑みで喜ぶ。

 一方、最上は勢いよく頭を下げた。


「わ、ワタシが火山センパイを死なせたりしませんから……!絶対守ります……!」

「お、おお……!?ありが、とう……?でもどうやって……?」

「し、死ぬ気で戦います……」


 若干重い。

 最上渚―—見た目だけなら、頼りなさそうな新人社員だ。


 だが、この会社で働き続けている時点で、まともな神経ではない。

 もしかすると、意外と頼れる人間なのかもしれないな。

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