第17話「煉夜のスキル」
「……で、何の話だ」
「決まってるじゃないですか。アンタの"スキル"の話ですよ」
白銀は笑っている。だが、その目だけは妙に鋭い。
「最初は単なる幻覚や認識阻害かと思ったんです。でも違った。あのリッチー、アンタを"認識"した瞬間に反応が変わった。しかも、俺の攻撃はアンタをすり抜けた。だから俺は、アンタが偽物だと思ったんです」
そこで言葉を切り、白銀は小さく息を吐く。
「つまりアンタの能力は、“ただ見せるだけ”じゃない。――“幻覚を作り出し、相手がそれを本物だと認識した場合、その相手にとってはそれが現実になる”と、いったところか」
確たる一歩を、白銀が静かに踏み出した。
「だが、一度に複数を作れるわけじゃないらしい。それができるなら、分身を何体も作って攪乱したはずですからね。しないということは、幻覚の大きさや緻密さに応じてMP消費が跳ね上がる。一度に作れるのはせいぜい、二、三体といったところ?」
空気が止まる。俺の胃が痛む。
コメント欄の喧騒も届かない静寂の中、紫煙の残り香だけが漂っていた。
「やれやれ……」
俺は空中に浮かぶ"俺"を消した。
同時に、後頭部を掻きながら入り口から本物の俺が歩み出る。
「はぁ……。流石にバレるか」
「これでもトップ企業のエースなんで! 本物のアンタは煙幕に乗じて外に退避、幻想を戦わせていた。一度、対象に自分を認識させなきゃ発動しない。だからさっき、アイツに背後からわざわざ声をかけたんでしょ?」
白銀が軽くウインクする。
「ああ、そうだ」
俺は否定しなかった。
機械やカメラには映らないが、生物の脳には成立する。だから、スキル・スキャナーの判定は最低の“F”止まり。それが俺のスキルの正体だ。
「それ、お仲間さんは知ってるんですか? 連携、相当大変でしょ」
「あー……教えてない」
「え、なんで!? ウケる!」
「……なんでだろうな」
「他人を信用してないから?」
言葉が詰まった。
心のどこかで蓋をしていた本音を、正面から引きずり出された感覚。
軽薄な笑いのあと、白銀の声色からスッと温度が消える。
「ソロの俺が言うのもなんですけど、仲間のこと、ちゃんと信用してます? ……ま、アンタ俺と同類だしな。自分のレベルに合わせられない相手と組むの、ぶっちゃけ面倒でしょ」
視線が一瞬だけ鋭くなる。
「現にさっきは俺を使った。頼ったってより、同格扱いしたから成立した連携だと思いますけどね」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙る。
過去の断片が、意図せず視界の端に滲む。楽しかった時間。距離のあった自分。どこかで切り離したままの関係。
「信用は……している」
白銀はそれ以上踏み込まない。視線だけを少し外す。
「スキル名、聞いていいですか?」
「“虚実転換”。……そうだな。概ねお前の認識で間違いない」
俺は、包み隠さず言った。
白銀の口角が上がる。
「やっぱり、そのスキルとアンタの戦い方――」
白銀が何かを言いかけた、その瞬間。
「あ、いたー!煉夜くーん!」
社長が手を振って俺の下へ駆けてくる。
「ちょっ!火山と一緒に出ろって言ったじゃないですか!」
「大事な部下をほったらかして出ていけるわけないでしょ!?火山ちゃんなら大丈夫よ。無事回収した。……で、倒した!?ね!ボス倒した!?どっちが!?」
「トドメを刺したって点では……コイツ、です」
「なあああああにやってんだああああああ!!社長命令よ!?分かってる!?」
「社長……何もしてないじゃないですか」
「精神的支柱ってやつがパーティには必要なのよ!あー!凛華に負けるなんてぇ!」
【システムメッセージ:ボス討伐を確認。ダンジョンクリア】
【貢献度を計算中……経験値を取得しました】
【レベルアップ】
黒沢 凛名 Lv:1 → Lv:2
連実 煉夜:Lv.34 → Lv.35
システムメッセージが鳴った。
「え!?ねえー!レベルアップしたわよ!見て見て!」
「情緒どうなってんすか」
呆れる俺の横で、白銀がふっと息を漏らす。
「連実さん。また会いましょう!では!……あ、ミュート解除しないと。……あ、ごめんごめんみんなー!でさ~――」
「俺は会いたくないけどな」
白銀の背中を見送りながら、俺はぼそっと呟いた。
俺も配信画面に目をやると、同時接続数は200人を超えていた。コメント欄も大いに盛り上がっている。
「煉夜くん」
「なんですか」
「さっさと遺留品を拾いなさい!」
「……え?はいはい」
ステータスを表示すると、スタミナの残りは9だった。
俺はため息をつきながら、袋を取り出して装備を拾う。
ふと、リッチからドロップしたであろう魔石が目に留まった。魔石は高く売れる。
「社長。これ、見てください」
「え、魔石じゃない!流石ね。次回から全部煉夜くん一人で――」
「いや、もう俺一人で特攻させないでください。下が成長しないと意味ないですよ。これじゃあワンマンチームです」
「言われなくても分かってるわよ!」
その時、ピコンと音が鳴った。
俺と社長はスマホを取り出して、ダンジョン攻略完了の通知を開く。
【攻略完了を確認しました】
【ダンジョン危険度:C】
【攻略奨励金:計算中……IGO審査中】
【代表企業:ネクロス・テック・ワークス】
【分配処理は審査完了後に開始されます】
「ダンジョンランク、C判定みたいですね」
このダンジョンに潜っていた他の探索者たちの配信データを基に、リアルタイムで精査されていたのだろう。
「C!?やばくないそれ!?有名になれるんじゃない、これ!?」
俺は小さくため息をついた。
「やばいですが、突発なインフラ直結ダンジョンの正確なランクって、基本的には世間に公表されないみたいですよ」
「えー……そうなの~……?ってか、うちにも奨励金入るの!? やったやった!」
「コアが二つありましたからね。――で、社長。この場合の相場は?」
社長が一瞬で硬直する。
「……私に聞くの?」
「経営者でしょ。俺まだその辺詳しくなくて」
「一応ね!一応は分かるわよ!」
腕を組んで、天井を見上げながら指を折る。
「C級の場合、初期調査と攻略込みで……ボス討伐が1千万~2千万前後……プラス補正がつくと跳ね上がる。Cなら……今回は都市部への影響リスクがあったから、被害予測補正も乗るはずよ」
「……で、プラスでドロップ品ですか……」
あちこちに落ちているスケルトンの装備や骨――白銀は俺達の為にわざと置いていったのか、それとも二束三文にしかならないから置いていったのか。どちらにせよ、助かる。
俺は拾い集めれる分だけ拾い集めて、素材の袋を床に置くと、ゴトン、と鈍い音が鳴る。
「俺一人だけだと厳しいんで、社長も手伝ってくださいよ」
社長も渋々、装備を拾って袋に入れる。
「……重。何これ」
「これ、持ちきれないすね。外部の業者に委託します。才川さんに任せよ……」
「ちょっと、委託はお金がかかるじゃないの!」
「赤字にはなりませんよ。安心してください」
俺は才川さんに電話して、素材回収運搬代行業者の手配を依頼した。
社長は俺の前に袋を置いて、中を見せる。
「……これ、どうなの?」
「スケルトンの剣と盾が複数……これは安いかも。アーマードスケルトンの鎧が三着。骨材は適当に詰めました。あと俺のリッチの魔石が一個」
「リッチの魔石!?ちゃんと回収したの!?」
「ええ。砕けてないので、割と高値で売れますよ」
「賢い!流石だわ!」
社長が袋を引っ掴んで、中を覗き込む。
「価値あるの?これ」
「鎧は……三着で200万くらいじゃないですかね。この魔石は……400万超えるかもです」
「なら素材込みで、総額は――」
「奨励金と素材売却合わせて、うまくいけば三千万近くですかね」
静かになった。
「素晴らしいわ!我が社の勝利ね」
俺は端末をポケットに仕舞う。
「ま、今回は白銀……基い、KDCがいたから助かりましたけどね」
「……火山ちゃんも私のように戦えるように鍛えなきゃいけないかしら」
「は?てか自分のこと客観的に見れてます?」
「失礼ね。私はいつだって大真面目よ!」
「大真面目、ねぇ……」
骨の欠片を踏みながら、ダンジョンの出口へ向かう。
「……煉夜くん」
社長が、似つかわしくない柔らかな声で言った。
「今度はなんすか?」
「無事でよかったわ」
少し、声が震えている気がする。
「え、ええ!?怖い怖い!なんすか急に!?」
「ねえ!こっちが真面目に労ってるのに!ひどいわね!私は仮にも社長よ!部下の安全を守る義務があるのよ!」
「説得力ないです……それ」
ぷいっと前を向いてずんずん歩いていくその小さな背中を、俺は呆れと少しの心地よさを抱えながら追いかける。
出口から差し込む眩しい光が、冷たいダンジョンの床を白く照らしていた。
吹き込んでくる外の空気は、ひどく懐かしくて、悪くない匂いがした。




