第16話「現役トップダイバーの興味」
そして、煉夜がその場を後にした数分後。
「あれ?」
聖人の目に飛び込んできたのは、灰となって崩れ落ちていく巨大な骨の山。風もないのにサラサラと虚空に溶けていくそれは、紛れもないボスクラスの残滓だった。
「えーと、これ、スケルトン・キマイラか?へぇ……誰かが先に入って倒したんだ。やるなぁ」
そのまま先へ進むと、開けた部屋に出た。
周囲を観察すると、一箇所だけ不自然に口を開けたような暗闇がある。そこには隠し階段が続いていた。
スケルトン・キマイラを倒した何者かは、ここを通ったに違いない。
「隠し通路か。一時間以上探索してようやく見つけた……俺も腕が落ちたかな?」
聖人がおどけた様子で肩をすくめると、配信画面のコメントが跳ねる。
@聖人の嫁:『そんなことないよー!』
@りさち:『運が悪かっただけでしょw』
「運が悪かっただけ、確かに!さあ、行こう行こう」
聖人は鼻歌混じりに、その隠し階段へと足を踏み入れた。
磨き抜かれた純白の甲冑が、闇の中でも淡い光を放っている。
その後ろを、高性能な撮影用ドローンが三機、まるでお抱えのカメラマンのように死角なく追従していた。
「……ん?」
数分も下りないうちに、聖人は足を止めた。
広い階段の踊り場に、無造作に転がっている残骸に気づいたからだ。
それは、この階層の守護者格であるはずの"アーマード・スケルトン"だった。それも五体。
本来なら高ランク探索者でパーティを組んで、連携してようやく足止めできる、厄介な高防御モンスターだ。
それが、数分、数秒前に惨殺されていた。
「これ……全部、一撃か?」
聖人の言葉に、背後のドローンがズームする。
スケルトンの強固な胸甲が、紙細工のように一突きで貫かれている。
骨の切断面は熱を帯びたように滑らかで、抵抗を受けた形跡が一切ない。
@りさち:『え、聖人くんがやったんじゃないの?』
@ちっぴー:『さっきのスーツの人?まさかww』
@RAN:『キマイラに続いてこれ?掃除されすぎだろw』
コメント欄の困惑が聖人の視界を流れる。
聖人はフッと、いつもの爽やかな笑みを消した。
彼が持つ選民意識は、単なる傲慢ではない。最強である自負から来るものだ。
その自負が、目の前の光景にわずかな不快感と、それ以上の好奇心を抱かせていた。
「面白い。……どうやら、ヴィンテージ好きの連実さんは、思った以上に職人派だったみたいだ」
◆
その頃、階段の最下層。
進んだ先にある巨大な石扉が、重低音を響かせてゆっくりと開こうとしていた。
「……一番乗りか」
石扉が、数百年分の重みを引きずるように地鳴りを立てて開く。
その向こう側は、これまでの湿った洞窟とは一線を画す、荘厳で冷ややかな大空洞だった。
天井は見えないほど高く、壁面には数多の髑髏が埋め込まれ、その眼窩から溢れ出す紫煙が部屋全体をどろりと覆っている。
左右に並ぶ石柱の頂では、炎ではなく青白い光の球が静かに収縮し、黒曜石の床がその光を鈍く映していた。
音がない。洞窟でずっとつきまとっていた湿った気配が、ここでは何もかも吸い取られたように消えていた。
その中心。宙に浮かぶ、何かがいた。
「ア……ァ……。イケル……モノ、ヨ……」
リッチの顎が震え、呪詛のような声が響く。それと同時に、床に描かれた魔法陣が赤黒く脈動した。
地面から突き出すのは、"スケルトン"の軍勢。まるでお抱えの近衛兵のように俺とリッチの間に立ちふさがる。
「やっぱり、歓迎ムードじゃないな」
リッチが杖を掲げると、空中に無数の紫色の魔弾が形成された。
一斉射撃。
回避不能とも思える弾幕が迫るが、俺は最短距離を突き進む。
「――遅い。"ファイア・ボルト"」
俺は小さな火球を挨拶代わりにリッチへ向かって飛ばす。
魔法が放たれる直前、リッチの杖先がわずかに震える。
首を傾け、肩を引く。最小限の動きで魔弾を紙一重でかわし、スケルトンの包囲網へと突っ込む。
「ガァッ!」
スケルトンが錆びた剣や斧を振り下ろす。
――ガシャァッ!
次々と骨が砕ける。止まらない。次の一体が槍を突き出す前に、俺はそいつの盾を足場にして跳躍した。
俺は地面に向けて左手を向ける。
「"フレイム・ストーム"」
展開された赤い魔法陣から、巨大な炎が突風のように地面に拡がる。
スケルトン達はその波にやられ、次々とバラバラになる。
「ハァ……」
地面に足を着くと同時に、限界。そう感じた。脇腹が痛み、喉が冷たくなる感覚。
元々少なくなっていたスタミナを無理矢理酷使しすぎた。
年齢とブランクは、やはりまだまだ課題として残っている。
「さて、セカンドプランというか」
リッチはそれを見逃さない。
呪詛が空洞に響き、次々と"スケルトン・ガーディアン"が召喚される。
「俺も混ぜてくださいよ!」
「なっ!?」
元気な第一声で部屋に入ってきたのは、白銀聖人だった。
戦場を支配する禍々しい気配をものともせず、むしろそれを楽しむかのような爽やかな笑顔を浮かべていた。
「下の奴らは俺がやりますよ」
「ああ……なら任せたぞ」
彼が身に纏う純白の鎧が、天井から降り注ぐ微かな光を反射し、闇に閉ざされた大空洞を眩しく照らし出す。
その神々しい姿は、まさに物語に登場する英雄そのものだった。
「すまん!――"煙幕"!」
俺を中心に、黒い煙幕が展開される。
その煙幕がフロア全体を包み込む。
「ちょ!?なにをしてるんですか!?」
聖人が叫ぶと同時に、リッチが放った紫色の魔弾が煙幕の中へ無数に展開される。
このパターンを、リッチはスケルトン・キマイラを通して経験しているはずだ。
故に、正面を警戒する。
「こっちだよ」
リッチが慌てた様子で後ろへ振り返る。
そこに、俺がいた。
今回は――宙に浮いた状態で。
「皆!見えてる!?あの人宙に浮いてる!すごくない!?……え?」
聖人が嬉々として、ドローンカメラを上空へ向ける。
『何も見えてないよ?』
『え、何言ってんの?』
『誰もいないよ』
『聖人くん大丈夫?』
コメント欄が、困惑で染まる。
リッチ"は"、俺を認識した。
「ガァッ!?ア……イケル……モノ、ヨ……」
俺は迷わず、リッチの頭部を突き刺す。
「心臓が動いてるだけで生きてると思うなよ。魂の殺し方なら、俺の会社のほうがよっぽど上だ」
核が、砕けた。
リッチの全身から紫煙が噴き出し、その巨躯がゆっくりと傾いていく。
「ア……ァ……」
呪詛のような声が、遠ざかっていく。
だが次の瞬間――もう一つの核が、崩れゆく身体から飛び出した。
地面のスケルトンの残骸が、宙に浮く。それを巻き込みながら、空中で何かを形作っていく。骨が積み重なり、膨張する。
やがてそれは、巨大な"手"へと、変貌していく。
俺だけ目立つのも、なんだか癪だしな。
「……白銀、見せ場だぞ」
「言われなくても!」
聖人が剣を構える。
その動作に、一切の迷いがない。
「――"シュテルネン・シュトラール"ッ!!」
一筋の閃光。
それは化け物の核を正確に穿つ。それだけじゃない――射線上に、俺がいた。
それを知りながら、聖人はわざと撃った。
そして閃光は、俺をすり抜けた。
巨大な骨の手が、音もなく崩れ落ちる。
骨の雨が黒曜石の床を叩き、大空洞に静寂が戻ってくる。
「へぇー……それがアンタの"スキル"ね」
聖人が、剣を収めながらこちらを見る。
値踏みでも見下しでもない。
純粋な、好奇心の目だった。
「ちょっとみんな、ごめん。大事な話するからミュートにするね」
さらりと言って、聖人は配信ドローンのマイクを切った。
「煉夜さんも、ミュートにした方がいいっすよ」
「……才川さん、音声切ってください」
「了解しました、ミュートします」
ミュートへ切り替わった瞬間、大空洞から配信者としての空気が消えた。
さっきまで眩しいほど爽やかだった白銀聖人の目から、愛想だけがすっと抜け落ちる。
代わりに立っていたのは、強者だけが持つ静かな熱だった。




