表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

第15話「元探索者の本気」

「……凛華の飼ってるトップダイバーさんも来ていたなんてね」

「これはこれは、姉上の凛名さんじゃないですか!って、探索者になったんですか?

「チッ……ええ、まぁ……いろいろとね!」

「パーティの装備……バランス崩壊してません?」


 白銀の背後で、ドローンが絶え間なくギフトの通知音を奏でている。

 俺たちの同接10人とは住む世界が違う。


「へー!でも、このダンジョンは俺ら"KDC"が攻略するんで。格の違い、見せつけますよ」

「KDC……?」


 その名に聞き覚えがあった。

 “クロサワ・ダンジョン・キャプチャー”。黒沢財閥直系の超大手探索企業。

 幼少期から選別・育成された“期待採用組”を抱える、業界トップクラスだ。

 スキル、属性値、ステータス。生まれた時点で“勝ちルート”を約束された人種。

 彼が纏う純白の鎧もその象徴だ。暗闇ですら見栄えを崩さないシルエット。

 翻る青白いマント。もはや戦うための鎧というより、ステージ衣装に近い。

 トップ企業の探索者は、戦うことと同じくらい"見られること"を教育されているのだ。


「はっ!KDCだかケンタッキーだか知らないけどね!私たちが先にボスを叩き潰して、その鼻をへし折ってやるんだから!」

「やめておいた方が賢明ですよ、凛名さん。この階層は手強い。まして、そちらの……」

「連実です」

「連実さん。そのボロボロの皮の胸当て……正気を疑うレベルですね。腰の剣だけは妙に“骨”がありそうですが」

「だよな?」

「ああ、なるほど!もしかしてヴィンテージ重視の縛りプレイですか?ニッチ層向け演出なら納得です。最近流行ってますもんね!」

「……え?」


 白銀聖人は、一点の曇りもない爽やかな笑顔でそう言い放った。

 悪気はこれっぽっちもなさそうだ。それが逆に、俺の神経を逆撫でする。


「……いや。単純に予算不足なだけだ」

「えっ!?冗談ですよね?凛名さんの方はあんなにいい特注品を着てるのに。……ああ、もしかして本当にピンチなんですか?」

「大ピンチだな」


 聖人はわざとらしく自分の額を軽く叩いた。

 眩いばかりに磨き上げられた純白の甲冑。背後を浮遊するドローンが投影するウィンドウには、『聖人くんちょっとデリカシーw』『格差社会ワロタw』といった無責任なコメントが氾濫している。

 その喧騒のすべてが、今の俺にはひどく毒々しく映った。


「心配いらないわよ聖人くん。煉夜くんはね、装備なんてなくても凄いのよ」

「……へぇ、そうなんですか?」


 聖人の視線が、一瞬だけ俺に向けられた。

 怜悧で、選民意識に満ちた、冷たい瞳。


「……間に合わなかった。それは認める」

「ここは遊び場じゃない。実績のない中小企業が売名に使うには、少し死の匂いが強すぎます。……命がいくつあっても足りませんよ。――じゃ、俺は先に行きます。配信のネタにされるのは構いませんが、攻略の足だけは引っ張らないでくださいね!」


 背中に向けられた言葉は、どこまでも正論だった。

 白銀聖人が、光を振りまきながら通路の奥へ消えていく。

 俺は、その背中を見る。

 若くて、明るくて、キラキラしている。大手企業に属し、最高級の装備を纏い、何万もの人間に愛される――俺とは決定的に正反対の人種。

 何故か、無性に腹が立つ。


「なんなんすか。アイツ……」


 絞り出すような俺の呟きは、湿った洞窟の壁に吸い込まれて消えた。


「ほんっっっとムカつくっ!煉夜くん社長命令よ!アイツより先にダンジョンを攻略しなさい!」


 社長の怒声が、静止していた俺の思考を弾いた。一度だけ深く息を吐き、視線を闇の深淵へと固定する。


「火山のそばにいてください。死体回収が来たら、そのまま地上へ」

「え、ええ!?……分かった!ちょっと怖いけど!」

「……すみません才川さん。最大出力で、"スケルトン・キマイラ"のところまで案内してください」

「承知しました。最高速度で行きます」

「……お願いします」


 迷宮ぴかりが加速すると同時に、俺は地を蹴った。加速が、視界を線に変える。


「え、はや……っ!?ちょ、配信ドローン!アンタもボサッとしてないで追いかけなさい!」


 加速する視界の中で、迷宮の景色が次々と後ろへ流れていく。

 風を切る音さえ、置き去りにする勢いで。


 ◆


 入り組んだダンジョンを右へ左へ進む。


「――ッ!」


 闇からスケルトンが飛び出す。いや、召喚されたという方が適切か。

 湿った空気の塊と共に、錆びた剣が空を切り裂く。

 俺は速度を落とさない。


 ――抜剣。


 最小限、かつ最短。俺が通り過ぎたコンマ数秒後、背後でスケルトンが崩れ落ちる。

 乾いた骨片が石畳を跳ね、高音の余韻を残す。

 止まる必要すらない。


 ――更に、二体。三体。


 通路の奥から這い出てくる亡者を、呼吸を乱すことなく流れるように処理していく。

 その途中、壁際に探索者の死体を見つけた。

 まだ新しい。死臭すら漂っていない。

 胸部が裂かれている。剣ではない、巨大なかぎ爪の仕業だ。

 腕の認証端末が赤く点滅している。そこへ、遅れて配信用ドローンが追いついた。


「連実さん。来ます」


 前方に意識を絞る。何かが来る。

 奥から現れたのは、人骨と獣骨が複雑に絡み合う、歪な四足歩行の巨躯――"スケルトン・キマイラ"。

 眼窩に灯る濁った魔素が、足元に転がる先客たちの無惨な姿を照らし出す。

 静かに呼吸を整える。

 キマイラがこちらを捉え、そのあぎとを大きく割り――咆哮した。


「……こいつにやられたのか」


 キマイラが咆哮し、その巨大な前肢が空気を引き裂いて振り下ろされ、砂ぼこりで視界が消える。

 砕けた石片が弾丸みたいに飛び散る。

 まともに食らえば、蘇生前提でも即死級。

 キマイラは視界から消えた俺を捜すように、砂埃に向かってもう一度爪を振り下した。

 だが――振り下ろされる爪を前に、俺は"スキル"を解放した。


 砂埃の中から、“俺”が現れる。


 キマイラは、一切躊躇なく俺へ食らいついた。

 巨大な顎が、俺の上半身を噛み千切る。

 血飛沫、肉片、骨の砕ける音――どれも本物と同じだ。


 次の瞬間。

 喰われた俺が、砂嵐みたいに崩れた。


「グルァ……!?」


 キマイラが硬直する。

 理解できていない。そこにいたハズの人間を確かに噛み砕いた。

 なのに、存在が消えた。


「……そっちは偽物だ」


 本物の俺は、既に側面へ回り込んでいる。

 キマイラが首を巡らせる。

 遅い。俺は逆手に持った剣を握って踏み込む。キマイラ胸部、肋骨の隙間を狙い、その中にある核へ剣を突き込んだ。


 ――パキィィン!!


 硬質な破砕音。核が砕ける。

 直後、キマイラの全身から力が抜けた。

 骨格が崩れ、巨体が瓦解していく。


「はぁ……クソ。急ぎすぎた」


 コメント欄が沸き立ち、同時接続数が跳ね上がる。

 俺は一瞥もくれず、先に進んだ。

 通路は、ある部屋で行き止まりになっていた。アイツはこの部屋から逃げてきた冒険者を追って、あそこに現れたようだ。

 あくまで推測だが、あれほど強力な魔物が、この行き止まりに配置されていたということは――この先に、部外者を絶対に立ち入らせたくない何かが、隠されている証拠だ。

 俺はその部屋で、剣を地面に叩きつける。

 石造りの部屋に、乾いた金属音が響く。

 俺は反響で空間を読む。――空洞が返す微妙な遅延。


 そして――


「見つけた」


 俺は立ち止まる。

 目の前は行き止まりで、無機質な石壁が立ちはだかる。


「連実さん。どうされました?壁……ですが」


 才川さんの声がスピーカーから聞こえる。

 同時に、コメント欄もざわつき始める。


 @ダイス:『課長さん迷子?w』

 @AKITAKA:『何してんの?』


 好き放題言ってくれる。


「静かにしてください」


 ――キィィィン……。


 何度も、金属音が反響する。

 普通なら反響として流れるだけの音。

 だが、この壁の一箇所だけ、わずかに沈む。

 音が吸われた。奥に空間がある。


 俺は壁の継ぎ目へ剣先を差し込むと、奥に空間がある感覚がした。

 俺が何度も蹴りつけると、その壁は意外と呆気なく崩れた。

 現れたのは、細い下り階段。


「……隠し通路、ですか……?」

「音が返ってこなかった。奥に部屋があります」


 コメント欄が、一気に加速する。


 @マイ:『は???』

 @レザス:『今の音だけで分かったの!?』

 @AKITAKA:『こいつ、バケモンだろ』


 俺は剣を鞘へ納め、闇の階段へ足を踏み入れた。


「才川さん。ここからは社長の近くにいてください。俺は先行して、ボス部屋の掃除を済ませます」

「了解しました」


 ドローン越しに、才川さんの冷静な声が返る。


「それと連実さん。現在、同時接続数が百を超えました」

「……白銀効果、ですかね」

「それもありますが、多分――煉夜さんだから、ですよ」


 @びえら:『初見です この人すげええええ』

 @チビ助:『スーツにボロボロの皮の胸当てww』


 「そんなことないですよ」


 俺は苦笑いしながら、ステータスをオープンをする。


【HP:303 / 303】

【MP:210 / 282】

【スタミナ:32/ 100】


 ちょっと急ぎ過ぎたか、スタミナが減っている。

 白銀聖人みたいな、眩しい英雄性はない。

 企業が育てた完璧なトップダイバーでもない。

 だが、泥と血と死臭が染み付いた、この戦場での生き方なら。

 多分、俺の方がよく知っている。


 ……と、思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ