第15話「元探索者の本気」
「……凛華の飼ってるトップダイバーさんも来ていたなんてね」
「これはこれは、姉上の凛名さんじゃないですか!って、探索者になったんですか?
「チッ……ええ、まぁ……いろいろとね!」
「パーティの装備……バランス崩壊してません?」
白銀の背後で、ドローンが絶え間なくギフトの通知音を奏でている。
俺たちの同接10人とは住む世界が違う。
「へー!でも、このダンジョンは俺ら"KDC"が攻略するんで。格の違い、見せつけますよ」
「KDC……?」
その名に聞き覚えがあった。
“クロサワ・ダンジョン・キャプチャー”。黒沢財閥直系の超大手探索企業。
幼少期から選別・育成された“期待採用組”を抱える、業界トップクラスだ。
スキル、属性値、ステータス。生まれた時点で“勝ちルート”を約束された人種。
彼が纏う純白の鎧もその象徴だ。暗闇ですら見栄えを崩さないシルエット。
翻る青白いマント。もはや戦うための鎧というより、ステージ衣装に近い。
トップ企業の探索者は、戦うことと同じくらい"見られること"を教育されているのだ。
「はっ!KDCだかケンタッキーだか知らないけどね!私たちが先にボスを叩き潰して、その鼻をへし折ってやるんだから!」
「やめておいた方が賢明ですよ、凛名さん。この階層は手強い。まして、そちらの……」
「連実です」
「連実さん。そのボロボロの皮の胸当て……正気を疑うレベルですね。腰の剣だけは妙に“骨”がありそうですが」
「だよな?」
「ああ、なるほど!もしかしてヴィンテージ重視の縛りプレイですか?ニッチ層向け演出なら納得です。最近流行ってますもんね!」
「……え?」
白銀聖人は、一点の曇りもない爽やかな笑顔でそう言い放った。
悪気はこれっぽっちもなさそうだ。それが逆に、俺の神経を逆撫でする。
「……いや。単純に予算不足なだけだ」
「えっ!?冗談ですよね?凛名さんの方はあんなにいい特注品を着てるのに。……ああ、もしかして本当にピンチなんですか?」
「大ピンチだな」
聖人はわざとらしく自分の額を軽く叩いた。
眩いばかりに磨き上げられた純白の甲冑。背後を浮遊するドローンが投影するウィンドウには、『聖人くんちょっとデリカシーw』『格差社会ワロタw』といった無責任なコメントが氾濫している。
その喧騒のすべてが、今の俺にはひどく毒々しく映った。
「心配いらないわよ聖人くん。煉夜くんはね、装備なんてなくても凄いのよ」
「……へぇ、そうなんですか?」
聖人の視線が、一瞬だけ俺に向けられた。
怜悧で、選民意識に満ちた、冷たい瞳。
「……間に合わなかった。それは認める」
「ここは遊び場じゃない。実績のない中小企業が売名に使うには、少し死の匂いが強すぎます。……命がいくつあっても足りませんよ。――じゃ、俺は先に行きます。配信のネタにされるのは構いませんが、攻略の足だけは引っ張らないでくださいね!」
背中に向けられた言葉は、どこまでも正論だった。
白銀聖人が、光を振りまきながら通路の奥へ消えていく。
俺は、その背中を見る。
若くて、明るくて、キラキラしている。大手企業に属し、最高級の装備を纏い、何万もの人間に愛される――俺とは決定的に正反対の人種。
何故か、無性に腹が立つ。
「なんなんすか。アイツ……」
絞り出すような俺の呟きは、湿った洞窟の壁に吸い込まれて消えた。
「ほんっっっとムカつくっ!煉夜くん社長命令よ!アイツより先にダンジョンを攻略しなさい!」
社長の怒声が、静止していた俺の思考を弾いた。一度だけ深く息を吐き、視線を闇の深淵へと固定する。
「火山のそばにいてください。死体回収が来たら、そのまま地上へ」
「え、ええ!?……分かった!ちょっと怖いけど!」
「……すみません才川さん。最大出力で、"スケルトン・キマイラ"のところまで案内してください」
「承知しました。最高速度で行きます」
「……お願いします」
迷宮ぴかりが加速すると同時に、俺は地を蹴った。加速が、視界を線に変える。
「え、はや……っ!?ちょ、配信ドローン!アンタもボサッとしてないで追いかけなさい!」
加速する視界の中で、迷宮の景色が次々と後ろへ流れていく。
風を切る音さえ、置き去りにする勢いで。
◆
入り組んだダンジョンを右へ左へ進む。
「――ッ!」
闇からスケルトンが飛び出す。いや、召喚されたという方が適切か。
湿った空気の塊と共に、錆びた剣が空を切り裂く。
俺は速度を落とさない。
――抜剣。
最小限、かつ最短。俺が通り過ぎたコンマ数秒後、背後でスケルトンが崩れ落ちる。
乾いた骨片が石畳を跳ね、高音の余韻を残す。
止まる必要すらない。
――更に、二体。三体。
通路の奥から這い出てくる亡者を、呼吸を乱すことなく流れるように処理していく。
その途中、壁際に探索者の死体を見つけた。
まだ新しい。死臭すら漂っていない。
胸部が裂かれている。剣ではない、巨大なかぎ爪の仕業だ。
腕の認証端末が赤く点滅している。そこへ、遅れて配信用ドローンが追いついた。
「連実さん。来ます」
前方に意識を絞る。何かが来る。
奥から現れたのは、人骨と獣骨が複雑に絡み合う、歪な四足歩行の巨躯――"スケルトン・キマイラ"。
眼窩に灯る濁った魔素が、足元に転がる先客たちの無惨な姿を照らし出す。
静かに呼吸を整える。
キマイラがこちらを捉え、その顎を大きく割り――咆哮した。
「……こいつにやられたのか」
キマイラが咆哮し、その巨大な前肢が空気を引き裂いて振り下ろされ、砂ぼこりで視界が消える。
砕けた石片が弾丸みたいに飛び散る。
まともに食らえば、蘇生前提でも即死級。
キマイラは視界から消えた俺を捜すように、砂埃に向かってもう一度爪を振り下した。
だが――振り下ろされる爪を前に、俺は"スキル"を解放した。
砂埃の中から、“俺”が現れる。
キマイラは、一切躊躇なく俺へ食らいついた。
巨大な顎が、俺の上半身を噛み千切る。
血飛沫、肉片、骨の砕ける音――どれも本物と同じだ。
次の瞬間。
喰われた俺が、砂嵐みたいに崩れた。
「グルァ……!?」
キマイラが硬直する。
理解できていない。そこにいたハズの人間を確かに噛み砕いた。
なのに、存在が消えた。
「……そっちは偽物だ」
本物の俺は、既に側面へ回り込んでいる。
キマイラが首を巡らせる。
遅い。俺は逆手に持った剣を握って踏み込む。キマイラ胸部、肋骨の隙間を狙い、その中にある核へ剣を突き込んだ。
――パキィィン!!
硬質な破砕音。核が砕ける。
直後、キマイラの全身から力が抜けた。
骨格が崩れ、巨体が瓦解していく。
「はぁ……クソ。急ぎすぎた」
コメント欄が沸き立ち、同時接続数が跳ね上がる。
俺は一瞥もくれず、先に進んだ。
通路は、ある部屋で行き止まりになっていた。アイツはこの部屋から逃げてきた冒険者を追って、あそこに現れたようだ。
あくまで推測だが、あれほど強力な魔物が、この行き止まりに配置されていたということは――この先に、部外者を絶対に立ち入らせたくない何かが、隠されている証拠だ。
俺はその部屋で、剣を地面に叩きつける。
石造りの部屋に、乾いた金属音が響く。
俺は反響で空間を読む。――空洞が返す微妙な遅延。
そして――
「見つけた」
俺は立ち止まる。
目の前は行き止まりで、無機質な石壁が立ちはだかる。
「連実さん。どうされました?壁……ですが」
才川さんの声がスピーカーから聞こえる。
同時に、コメント欄もざわつき始める。
@ダイス:『課長さん迷子?w』
@AKITAKA:『何してんの?』
好き放題言ってくれる。
「静かにしてください」
――キィィィン……。
何度も、金属音が反響する。
普通なら反響として流れるだけの音。
だが、この壁の一箇所だけ、わずかに沈む。
音が吸われた。奥に空間がある。
俺は壁の継ぎ目へ剣先を差し込むと、奥に空間がある感覚がした。
俺が何度も蹴りつけると、その壁は意外と呆気なく崩れた。
現れたのは、細い下り階段。
「……隠し通路、ですか……?」
「音が返ってこなかった。奥に部屋があります」
コメント欄が、一気に加速する。
@マイ:『は???』
@レザス:『今の音だけで分かったの!?』
@AKITAKA:『こいつ、バケモンだろ』
俺は剣を鞘へ納め、闇の階段へ足を踏み入れた。
「才川さん。ここからは社長の近くにいてください。俺は先行して、ボス部屋の掃除を済ませます」
「了解しました」
ドローン越しに、才川さんの冷静な声が返る。
「それと連実さん。現在、同時接続数が百を超えました」
「……白銀効果、ですかね」
「それもありますが、多分――煉夜さんだから、ですよ」
@びえら:『初見です この人すげええええ』
@チビ助:『スーツにボロボロの皮の胸当てww』
「そんなことないですよ」
俺は苦笑いしながら、ステータスをオープンをする。
【HP:303 / 303】
【MP:210 / 282】
【スタミナ:32/ 100】
ちょっと急ぎ過ぎたか、スタミナが減っている。
白銀聖人みたいな、眩しい英雄性はない。
企業が育てた完璧なトップダイバーでもない。
だが、泥と血と死臭が染み付いた、この戦場での生き方なら。
多分、俺の方がよく知っている。
……と、思う。




