第14話「軽い"死"」
「ちょっと煉夜くん!今の絶対わざとでしょ!足かけたわよね!?私、見てたんだから!転びながらスローモーションで見たんだから!」
「気のせいですよ。石畳の凹凸に引っかかったんでしょう」
「……ふふっ。連実さん、お見事です」
戻ってきた探索用ドローン基い、迷宮ぴかりのスピーカーから才川さんの声が響く。
その声には、笑い声が混じっていた。
恐らく、先ほどの戦闘を見ていたのだろう。
「才川ぁ~?今笑ったわよね?」
「ゴホン……失礼。それで、先ほど少し先を偵察してきました。結果ですが、かなり道が入り組んでいて、他のパーティも苦戦している様子です。確認できた魔物はスケルトン系統にグール系。さらにその奥に、巨大な"スケルトン・キマイラ"を確認しました」
「ありがとうございます。……なるほど、アンデッド系ばかりとなると、ここは巨大な墓地のような構造ですね」
俺は考える。墓地系列のダンジョンのパターンにおいて、大体は"隠し通路"が存在するケースが多い。イメージとしてはピラミッドに近い。
「才川!先に進むわよ!案内しなさい!」
「はい」
迷宮ぴかりが、先導して先に進む。
社長は文句を垂れ流しながらも、最高級鎧をがしゃがしゃと鳴らして通路の奥へと突き進んでいく。
通路はさらに狭まり、空気は湿り気を帯びた腐臭へと変わっていく。
「二人とも、油断しないでください。アンデッドの巣窟なら、正面から来る奴ばかりじゃない」
「は、はいっ!索敵、集中します……!」
通路の幅はさらに狭まり、天井からは滴る水がピチャリと石畳を叩く音が響く。
かつての駅の面影は完全に消失し、左右の壁はひび割れた石材と、血管のように這い回る植物の根に覆われていた。
「ちょっと……煉夜くん、前行ってよ」
「先行したのは社長じゃないすか……。その無駄に光り輝く鎧、何のために着てるんですか。デコイとしての役割くらい果たしてください」
「ちょっと!デコイってなによ!?私は華麗に戦う女騎士社長を目指してるの!その剣も、仕方なく貸してあげてるだけだから!」
「分かりました。分かりました。僕が先行します。気を付けてください。」
軽口を叩きながらも、俺の手は腰の剣の柄から離れない。
空気の重みは、やはり昨日攻略したダンジョンとは違う。気を抜けば、二人は間違いなく死ぬ。……いや、社長は鎧が硬すぎるから大丈夫か。
それを火山も感じ取っているのか、周囲を油断なく見渡している。
「え?」
火山が間抜けな声を漏らすと同時に、キィン、という硬質な金属音が通路内に響いた。
天井の闇から、ナイフを手に火山へ急降下してきた"スケルトン・アサシン"。
その一撃を、俺は辛うじて剣の腹で弾き飛ばす。
「あぶね……」
スケルトン・アサシンは気配を消すことに長け、不意打ちを得意とする魔物。
カタカタと鳴らし、前屈みの姿勢でこちらの出方を窺っている。
@ねこまる:『 え、はや』
「えいっ!」
火山が放った"ファイア・ボルト"を、アサシンは重力を無視したような動きで回避。
そのまま壁を蹴り、弾丸のような速度で再び火山へと肉薄する。
「下がってろ」
踏み込み、最短距離で一閃。
「でも!これくらい私一人でなんとかしないと、課長が――」
「火山ちゃん!後ろ――」
しまった。完全に判断を誤った。
社長の叫び声と同時に、ナイフが火山の首に刺さる。
「ぴゅぅ~……」
傷口から鮮血が噴き出し、彼女の体が力なく崩れゆく。
その背後に揺らめくのは、二体のスケルトン・アサシン。
「……ッ!?召喚!?」
召喚――経験上、どこかにネクロマンサーが潜んでいるパターン。おそらく、この迷宮のボスだ。
わずかな死角を突き、寸分の狂いもなく急所を穿つ完璧なタイミング。
間違いない、スケルトンを通して、迷宮内の状況を把握している。
「火山ちゃん!」
「ごふ……っ。あ、これ……ダメなやつ、ですね……」
背後で社長が火山を抱え上げようとするが、それはスケルトン・アサシンにとって絶好の隙でしかなかった。
その時、通路の奥から複数の魔物を一瞬で両断する凄まじい風切り音と、軽薄な足音が爆速で迫る。
俺が踏み込むより早く、視界が真っ白に塗り潰された。
――純白の閃光。
遅れて、鼓膜を震わせる轟音が通路を駆け抜ける。
光属性の上級魔法を、剣に纏わせている。
俺の目が、その洗練された身のこなしを瞬時に見抜く。
「おっと!?」
光の残滓から姿を現したのは、一人の男だった。
さらりと揺れる金髪のウルフカット。整いすぎた造作の中、獲物を射抜くような琥珀色の瞳が、今は親しみやすそうに細められている。
手にはまばゆい魔力を放つ長剣。背後で滞空する高性能ドローンからは、数万の視聴者が送るコメントが絶え間なく流れていた。
「いえーい!見てたみんな!?まだまだ行くよ!」
@ダイス:『え、白銀 聖人?ガチ?』
「白銀……聖人……ですってぇ……!?」
男――白銀聖人は、ドローンカメラへ向かって完璧な笑顔を浮かべた。
背後に転がる魔物の残骸さえも、彼の輝きを際立たせる小道具に過ぎない。
絵になる。俺とは対極の眩しさだ。
@ねこまる:『 ガチ有名人きたあああ』
@さなぎ:『火山ちゃん大丈夫!?』
一方で俺は、床へ崩れ落ちた火山へ駆け寄った。
「火山ッ!」
首元を押さえ、彼女が浅く呼吸している。
指の隙間から血が溢れていた。
「お腹……空いた……」
掠れた声の直後、ガクリと力が抜ける。
同時に、腕の認証デバイスが非情に点滅を始めた。
【蘇生保険:加入確認】
【死体回収待機状態】
「……才川さん。蘇生手続きを」
「申請済みです。回収班も向かっています」
「仕事が早くて助かります」
淡々と返しつつ、胃の奥が重く沈む。
部下を助けられなかった。
……なのに。
――俺一人なら、間に合ったかもしれない。
そんな言い訳がよぎる時点で、俺は最低だった。
実戦訓練には格好の舞台。そう高を括っていたのが、最初の、そして最大の失策だ。




