第13話「火山の緊張」
「どうも~!見えてるー!?」
地下鉄の階段を降りると、そこは照明の落ちた駅構内――いや、すでにダンジョンへと変貌を遂げた異界だった。
東京メトロ有楽町線・豊洲駅。昨夜出現したばかりのそこは、駅のタイル壁を侵食するように遺跡風の迷宮が広がり、本来あるはずのない暗い“入口”があちこちで不気味に口を開けている。
周囲には同業の探索者パーティもちらほらと集まり、ピリついた空気の中で突入の機をうかがっていた。
そんな緊張感をぶち破るように、突入するや否や、社長は景気よく声を張り上げて配信を開始した。
その身には、いつものように場違いなほど高級な鎧がギラギラと輝いている。
彼女の周囲では、反重力術式で浮遊するドローンカメラが、滑らかな動きでその姿を追尾していた。
「社長、このドローンカメラ、どこかで見覚えが……」
「うちが昔開発して、売れ残りが大量に倉庫で眠ってたやつよ!」
「そういや、そんな黒歴史もありましたね……」
「ちなみに、まともに動くのはこれしかなかったわ」
胸を張る経営者としてあるまじき告白に俺が頭を抱えていると、社長はカメラに向かって無邪気に手を振った。
「凄い凄い! 同接10人! 二回目でこれは上々じゃない!?」
社長のテンションに引っ張られるように、画面端のコメント欄が騒がしく動き出す。
@ダイス:『やっぱりこの人うるさくて草』
@ねこまる:『 社長より、隣にいる男の人見せてー!』
@さなぎ:『火山ちゃん見たいです!火山ちゃん映して!!』
「ちょっと!私はうるさいだけ!?」
読み上げられるコメントが、俺の胃をギリリと軋ませる。
「……社長、行きますよ」
「はいはーい」
俺の催促に、社長が軽い返事をする。
すると、彼女を追うカメラとは別に、もう一台の探索用ドローンが起動音を鳴らして先行した。
「皆さん、聞こえますか?」
スピーカーから、才川さんの凛とした声が響く。
「聞こえてます。逆に、こっちの映像は届いてますか?」
「ええ、良好です。――では、弊社開発の"迷宮AI予測探索用ドローン"を用い、こちらから皆様をサポートさせていただきます」
「お願いします」
俺も開発に参加した迷宮AI予測探索用ドローン――"迷宮ぴかり"。
画面の隅で、社長が自画自賛したマスコットキャラが不気味な笑みを浮かべて踊っているネクロス・テック・ワークス社の主力製品。
だが、その輝かしいカタログスペックの裏には、山積みのバグと、それを"仕様"と言い張るために忙殺されるエンジニアたちの血尿が隠されている。
「了解。先行してマッピングを開始します」
「よし、二人とも行――」
「がががががが……頑張りましょぉ~」
「ひ、火山!?緊張してんのか!?」
「だ、だいじょぶれす!かちょーが買ってくれたこの杖があればぁ」
火山の呂律が回っていない。杖を握る手が強くなっている。
もしかすると、戦闘適性はあっても、配信適性が皆無のなのかもしれない。
さらに、装備を新調してもらったという事実が、追加でプレッシャーを与えているようだ。
「大丈夫だ。火山」
「は、はいぃ!」
@さなぎ『え~火山さんかわいい~!』
「あわわわわわ……!た、たくさん見られてる」
「安心しろ。10人だけだ」
「10人って、10人も見てるんですよぉ!?学校のクラスの三分の一くらいですよ!?」
緊張する火山を他所に、俺たちはさらに地下深くへと歩みを進める。
途中、いくつもの分かれ道を越えながら、先へ進んだ。
駅構内を侵食したダンジョンは、奥へ進むほど“豊洲駅”としての面影を失い、湿った苔と冷たい石材に支配された異界の様相を強めていく。
そこで、俺は足を止めた。
「……火山、前を見ろ。来るぞ。杖を構えて魔法を放て」
俺が注意を促した瞬間。駅のホームを侵食した湿った石造りの通路、その奥から音が跳ねた。
俺は極力、戦闘には加わらない。火山と社長、二人の成長を支援することに徹する。
――カタカタ、カタカタ。
不快な骨の擦れる音。
闇から現れたのは、鈍く光る眼窩を向ける四体の骸骨――スケルトンだ。
握るは錆びたシミター。
肉なき身体。生者への呪い。それだけを原動力に、奴らは迷いなく距離を詰めてくる。
「フ、"ファイア・ボルト"!」
杖を掲げると、杖先に魔法陣が展開される。すると、炎の塊が発射される。
一体に命中したが、どうも精度が落ちている。
恐らく、緊張から来るものだろう。
「見て見て!うちのエースの火炎放射よ!」
背後で暢気に実況する社長。俺は小さく溜息をつくと、短く命じた。
「社長、出番です。こっちへ全力疾走してください!」
「え、私!?ついに本気の出番ね!うおおおおおおっ!!」
期待に目を輝かせた社長が、重厚な鎧を鳴らして突撃してくる。
煉夜はその勢いを見極め――すれ違いざまに、無言で足をかけた。
「あ、え、ちょ――ぶべらっ!?」
物理法則に従い、最高級鎧を纏った社長がボウリングの玉と化す。
そのままスケルトンの群れへとストライクを決め、一体を粉砕。勢い余った"社長玉"は、そのまま石壁に激突して派手な音を立てた。
「ちょちょちょ!たんま!」
スケルトンのヘイトが、社長に向かった。
うずくまる社長。スケルトンが攻撃するが、その高級な鎧は、攻撃を通さない。
「火山、慎重に狙え」
「は、はいっ!」
「ひ、ひぃぃ!?叩かれてる、叩かれてるわよ!殺されるわよこれ!」
「大丈夫ですよ。"霊銀複合結晶体"は、その程度じゃ傷一つ付きませんから」
社長が地面で亀のように悶絶し、スケルトンたちが「なんだこの硬い物体は」と言わんばかりにシミターを叩きつけている。
その隙に、火山が震える手で新調した杖を構え直した。
@ダイス:『社長がボウリングの玉にされたwww』
「す、吸って……吐いて……集中!」
火山が深呼吸を一つ。杖に埋め込まれた魔石が、彼女の魔力に反応して淡い琥珀色に輝く。
先ほどまでの不安定な魔法陣とは違い、今度は揺らぎのない幾何学模様が空中に描かれた。
「――"ファイア・ボルト"!」
放たれた火球。それを連続で放出する。社長を囲んでいたスケルトンたちへ正確に吸い込まれた。
ドォン!と小規模な爆発音が狭い通路に反響する。
魔力によって骨を繋ぎ止めていた呪いの核が、火炎の衝撃で粉々に砕け散った。
カラン、カランと乾いた音を立てて、スケルトンたちがただの骨の山へと還っていく。
「ふぇ……やった、当たった……!」
「いいぞ、火山。杖はMP消費効率を最適化する武器だ。集中すればするほど出力と精度が同期する。使い心地はどうだ?」
「ありがとうございます! すごく馴染みます、これ!」
「ああ、それなら良かった。MPが切れても、最悪こいつをぶん回せばいい。バット代わりにな。……で、社長。そっちは大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、壁際でひっくり返っていた社長が「よっこいしょ」と重い鎧を鳴らして立ち上がった。




