第12話「次の攻略へ」
オフィスを後にし、廊下に出る。
……正直、かなり無茶な約束をしてしまった。遅れてやってきた実感に、キリキリと胃が痛み始める。
というか、俺たちのあのグダグダな切り抜き動画を見られているという事実が、最高にこっ恥ずかしい。
鬱々とした気持ちで床を見つめながら歩を進めていると、不意に、誰かが目の前に立ち塞がった。
「――課長!」
廊下に出ると、そこには火山が立っていた。
「火山……!?」
「まず、昨日はその、ありがとうございました!」
昨夜のことが脳裏をよぎる。
「昨日の事は……その、覚えているか?」
「全く!気が付いたら玄関で寝てました!」
「そうか、よかった」
心底安堵した俺の呟きに、火山は不思議そうに首を傾げた。
「それで、なんでここに?」
「社長から電話があって来ました。それで、課長を呼んで来いって」
「社長!?なんで!?」
火山が少し気まずそうに視線を逸らした。
「なんか、めちゃくちゃ部屋着っぽい格好でした……急ぎなんでしょうか?」
まさか、俺の部屋着を着たまま来たのか。
頭が痛くなってきた。
「行くぞ、火山」
「はいっ!」
俺達はいつもの会議室へ急いだ。
◆
会議室Cのプレートの上に、雑に貼られたA4用紙。
『ダンジョン攻略課』
油性マジックの雑な文字だった。
「なんだこれ……?」
思わず引いた声が出る。
昨日までただの会議室だった場所だ。
それが一晩で部署になるとは思わなかった。
ドアを開ける。
中には、いつの間に運び込まれたのか大型モニターが二台。
壁際には増設されたデスクトップPC。
配線はまだ剥き出しで、床には延長コードが這っている。
その一角では、才川さんが忙しそうにキーボードを叩いていた。
「……なんで才川さんがいるんですか」
「今日からサポート役です。社長命令で」
若干、目が死んでいる。
「来たわね!二人とも!」
俺の部屋着姿のまま、社長が勢いよく振り向いた。
「って、着替えてこなかったんですか……俺の服なんですけど、それ」
「いいのいいの!そんな時間なかったんだから仕方ないわ!」
「ええーっ!?お、お二人、そういう関係だったんですか!?」
「違う!全然違う!」
火山がなぜか頬を赤くしている。
社長は気にした様子もなく、モニターへ地図を映した。
「それで、早速本題に入るわ!昨夜、新規ダンジョンが出現したわ。想定ランクは不明!」
「……調査隊がまだ入ってないってことは……」
「今回は例外案件よ」
社長がモニターを拡大する。
表示されたのは、地下鉄駅構内。
「駅ナカ発生。インフラ直結型ダンジョン。つまり――放置すると都市機能が止まる。通常なら調査班が先行するけど、でも今回は時間がないの。封鎖だけじゃ損害が膨らみ続けるから」
社長はそこで口元を吊り上げた。
「つまり、“早い者勝ち”ってことね」
「え、じゃあ……一番最初に攻略した人が勝ちってことですか?」
火山が目を丸くした。
「だいたい合ってるわ。攻略権、素材回収権、配信収益、スポンサー契約。全部そこに紐づく」
……"早い者勝ち"、か。好都合だ。
近藤のクソ野郎に啖呵を切った手前、1ヶ月後のD級攻略に向けて、一刻も早く火山の実戦経験を底上げできるかもしれない。
「恐らく、既に企業勢が動いてますよね」
プロが群がる前に、このイレギュラーを火山主体で攻略する。
無茶なのは百も承知だが、これ以上のレベリングの舞台はない。
「当然よ!でも関係ないわ!」
社長は楽しそうに笑う。
「今回も配信を?」
俺がそう言うと、社長は「待ってました」とばかりに、景気よく指をパチンと鳴らす。
同時に、才川さんが淀みのない手つきでキーボードを叩いた。
配信画面がパッと切り替わり、流れたのは昨夜の録画映像だ。
そこには、俺が剣一本でゴブリンの群れを蹂躙する姿が映し出されていた。
「……げ、またこれかよ」
再生数が、じわじわと伸びている。
コメント欄には『この人有名な人?なんか見覚えある気がする』『念動力系のスキルかな?』『聞いたことない会社なのに何者』『え、かっこいい!』という文字が並んでいた。
知らない人間が、俺の戦闘を見ている。何百、いや、何千人も。しかも今この瞬間も増えている。
「は……?」
脳の処理が追いつかない。自分の戦闘がコンテンツになっている。
「かっこいい」と書き込んでいる人間がいる。その人間は今も画面の向こうにいる。
「どったの、煉夜くん。顔赤いわよ?」
「なんでコメントがこんなに……?昨日上げたばっかですよね……?」
「そうよ!ちょっとバズってるの!」
「う、嘘だろ……」
画面をまともに見ていられない。視線をずらすと、社長がスクロールしながら声を上げた。
「どーしたのー?他にも『女の子が二人ともかわいい』とか『うるさい奴がゴブリンに追われてて草』とか……これ私の事!?削除よ削除!」
「えーかわいいだなんて、照れちゃいますねぇ~」
火山が頬に手を当てているのを横目に、俺はそっとモニターから目を逸らした。
「こっ恥ずかしいですよ!消してください!今すぐ!」
「なにいってるの!それじゃ意味ないじゃないの!」
「そうですよ!そもそもバズらせる事も一つの目的じゃないですかー!」
いや、そうだ。そうだが――正直なところ、どうせ伸びないと高を括っていた。こんな弱小企業の、聞いたこともない配信など、今更誰も見るわけがないと。
それが今、『かっこいい』と書かれている。見知らぬ誰かに。
居心地が悪い。勲章じゃなく、晒し者になった感覚に近い。
「フォロワーが150人も増えたし!昨日よりは見てくれる人いるでしょ!それに他パーティより早く攻略すれば、知名度も上がるだろうし!」
「ですよねー」
溜息を一つ吐き出し、俺はモニターから視線を切った。
「それでね!今回から"ドローンカメラ"を導入することにしました!これで自撮り棒ともおさらば、配信が楽になるわよ!」
「……配信の心配より、装備を整えてくださいよ」
「それは今回の出来高次第ね。期待してるわよ?」
社長は悪びれもせずに笑う。この人は、俺がその気になれば一人で戦況をひっくり返せると確信している。……嫌な信頼のされ方だ。
俺は歩み寄り、社長が着ている鎧の腰に納められた剣に手をかけた。
「あ!ちょっと!それ私のお気に入りなんだから!」
「宝の持ち腐れ、あるいは豚に真珠。……知ってます、この言葉?」
「私が豚だと言いたいの!?煉夜くん、あとで給与明細楽しみにしてなさいよ!」
喚く社長を無視して、引き抜いた刀身を確認する。手入れだけは行き届いているようだ。
「火山は……昨日の動きを見る限り、接近戦より魔法適性の方が高そうだ。杖の方がいい。向かう途中で適当なのを買っていくか」
「えっ、でも私、そんなお金……」
「俺が出す。必要経費だ」
「ええ!?そんな、悪いですよ!」
「どうせ死に金だ。使い道なんてないから構わん。っつても、そんな高いのは買ってやれないけどな」
俺の言葉に、火山は一瞬面食らったような顔をしたが、やがてぶんぶんと首を振って「出世払いします!」と声を弾ませた。
「いい社員を持ったわぁ……」
そのやり取りを見て、俺の部屋着を着たまま不敵に笑う社長を背に、俺は重い足取りで、けれど確かな足取りで会議室を後にした。




