第八話 ナポリタン
「ほら。お待たせ」
コトッ。
ナポリタンが盛り付けられた白いお皿が三つテーブルに置かれる。あ、杏の分は可愛らしいくまさん柄の小さなやつだけど。
俺と杏は目を輝かせた。
あれから家に帰宅すると、俊樹が昼飯を作ってくれたんだ。俊樹は昔から料理が上手い。久しぶりに俊樹の手料理が食べられると、俺もわくわくしていたところだった。
「おいちそー!」
「本当にそうだな。香りもいいし」
芳醇な香りが食欲をそそる。見た目も鮮やかな朱色だ。喫茶店で見るようなものと、そっくりの色合い。すごい。
「綺麗な色だな。本当にケチャップだけで味付けしたのか? 俊樹」
「ケチャップだけじゃない。ウスターソースとか、顆粒コンソメとか、砂糖を使ってる。でも、一番は仕上げの牛乳だな」
「牛乳?」
「仕上げに少し入れると、こういうコクがあってまろやかな朱色になる。昔、好きだった喫茶店のナポリタンを再現してみた」
「へぇ! 知らなかった」
っていうか、味付けに使う調味料の種類が多すぎる。砂糖を入れるとは思わなかったし、それにカリュウコンソメってなんだろう。
コンソメのことはさすがに分かるけど……。
「俊樹。カリュウコンソメってなんだ? コンソメの違う味?」
俊樹は、なぜか吹き出した。可笑しそうにゲラゲラ笑う。
「コンソメの違う味ってなんだよ。コンソメはコンソメだろ」
「え? じゃあ、なんのこと?」
「顆粒、つまり粉末のコンソメのことだよ。コンソメには固形もあるから」
「へぇ-、そうなんだ」
勉強になる。俺もこれから料理も精進していかないと。
俺はふと俊樹が優しげな目をしていることに気付いた。おバカな弟をやれやれ仕方ないなと見ている目だ、きっと。
俺は「いただきます」と手を合わせた。杏は……ああっ、もう勝手に食べてる。口の周りに真っ赤なソースが。
俺はナプキンで杏の口元を拭ってやりながら、続けた。
「俊樹って、昔から料理が好きだよな。シェフになればよかったのに」
「ん-……まぁ、それは別に」
何かをはぐらかそうとしたことを察知し、俺はむっとする。また俺に隠し事か?
「なんだよ。また秘密主義なんて」
俺が指摘すると、俊樹もはっとした顔をする。「悪い」と素直に詫びた。
「昔からの癖なんだよ。寡黙に返しちまうの。別に何か隠そうとしたわけじゃない」
「え、そうなのか? ご、ごめん。早とちりして」
「いいよ、別に」
「……本当に?」
疑ってしまう。少しは怒っていないんだろうか?
確かに俊樹は、普段は口数が少なめだけど。それとこれとは別では?
「もっと、正直に接してくれていいのに」
家族なんだから、お互い気を遣わずに一緒にいたい。少なくとも、俺はそうだ。
俊樹は「これが俺の平常運転だよ」と呆れたように言いながら、席に座った。むむ、何にどう呆れているのか気になる俺は、しつこいんだろうか。
そういう感情の詳細をもっと教えてほしいのに。
「……俊樹って、本音が分かりづらいよな」
「晴将が素直すぎるんだろ」
「そうか?」
よく分からないものの、素直で何が悪いというのか。
「いいから、さっさと食えって」
俊樹に促され、俺はフォークを手にやっとナポリタンを食べ始める。
具材は、玉ねぎとウインナー、そしてピーマンだ。シンプルだけど、やっぱりこの形が一番だ。
「うまい! やっぱり、俊樹は料理上手だな」
「はは。大袈裟すぎ」
「そんなことないよ。な、杏?」
「うんっ。おいちい!」
上機嫌の杏は、器用にもフォークで麺をぐるぐる巻きにして食べてる。よし、パスタに関するマナーは大丈夫そうだ。
フォーク使いなら俺の方が悲惨だ。なんかもう、箸で食べたい。パスタなのに。
「箸で食えば?」
俊樹が笑いながら言う。
俺は素直に受け入れることにした。席を立って、食器棚の引き出しから箸を取り出す。青い花柄模様のものを。
「ハルおにいたん、どうちてフォークを使えないの?」
「杏が教えてやれよ」
不思議そうに首を傾げる杏と、悪ノリする俊樹。俊樹は本当に可笑しそうだ。
むっとする反面、なんだか嬉しい。俊樹はしかめっ面が多いから。俺たちと一緒にいて楽しいんだなって伝わってきてほっとする。
「杏、どうしたら上手くできるかな?」
俺は改めてフォークを持ち直す。
杏に思い切って訊ねると、杏は急に真顔になって「こうしゅればいいよ」と熱心にも教えてくれた。
意外だ。子どもから学べることもあるんだな。まだこんなに小さい子からも。
「なるほど。ありがとう、杏」
「えへへ」
杏はとびっきりの笑顔を浮かべる。
結局、俺は上手くフォークを使えないままだったけど、楽しくて、そして同時に学べるものがある貴重な時間になった。




