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第四話 くまさんのご飯


「よし、と」


 翌朝。

 早起きした俺は、台所で朝飯を作っていた。冷蔵庫の中を物色して。

 茶碗によそった白米。油揚げとわかめの味噌汁。赤いウインナーそのままと、丸く焼いた目玉焼き。レタスをちぎったサラダも忘れない。

 うん。我ながらボリューミーで上出来だ。


「ハルおにいたん。おはよー」


 そこへ、杏がとてとてと歩いてやってきた。後ろには、まだ眠そうな俊樹もいる。そういえば、俊樹って朝に弱かったっけ。

 もしかして、杏を心配してついてきた?


「二人ともおはよう」


 俺はにこりと笑って迎え入れる。姉さんの可愛い花柄のエプロンを着ていたからか、俊樹は「ぷっ」と吹き出した。

 俺はむっとしつつも、自分でも笑ってしまった。確かにこのエプロンは俺には可愛らしすぎる。後で買い換えよう。


「笑うことないだろ。はは」

「自分でも笑ってんじゃねぇか」


 そうだけど。なんか、懐かしいな。昔は俊樹とこんな風によく笑っていた。


「どうちて笑ってるの? ママのエプロン、よく似合ってるよ」


 杏は心底不思議そうな声と表情だ。

 俺たちは、きょとんとした。同時にはっとする。

 自分たちの偏見に気付かされたのだ。花柄イコール女性のもの、という思い込み。そして、花柄は男性には似合わないという感性がもう古いものだということを。

 子どもって、自由だし無垢だ。


「あ、えっと、そうだな。ありがとう、杏」


 俺がエプロン姿のまま杏のことを抱き上げると、杏は嬉しそうに笑う。

 あれ? そういえば、狐耳と尻尾はもう生えていないな。たまたま、出てきてしまっただけなのか? 普段は自然と人間化しているとか。

 ずっしりと重みのある杏のことを、俺はそれでも抱きしめ続けながら、訊ねる。


「杏。杏って狐のあやかしなんだよな?」

「うん」

「パパもそうなのか?」

「そうだよ」


 耳と尻尾はね、寝ているときに出てきやすいの-、と杏は俺が元々聞きたかったことを教えてくれる。

 寝ている時。ということは、姉さんか木蓮さんが指摘したんだろう。


「寝てる時なら仕方ないよな。はは」


 俺がつい優しく相槌を打つと、俊樹が「じゃあ、他の奴との泊まりは難しいな」と冷静に呟いていた。あ、いつの間にか、テーブルの席についている。

 俺は慌てて杏のことを席に座らせた。いつまでも話していたら、朝飯が冷めてしまう。せっかく作った渾身の朝食が!


「メシ、作ってくれたんだな。サンキュー、晴将」


 俊樹からお礼を言われて、俺は微笑み返した。


「いいよ。見てくれよ、俺も料理の腕を上げただろ?」

「……そうだな」


 俊樹はなぜか間を置いて頷く。

 そこへ、杏の容赦ない断罪が打ち下ろされた。


「えーっ。可愛くない。食べたくない」

「え!?」


 俺はびっくりして、同時に動揺した。

 どどど、どういうことだ!?  可愛くない朝飯とは? じゃあ逆に可愛い朝飯はどんなものなんだ!?

 俊樹はしかめっ面だ。


「おい。誰が育てたんだよ、このわがまま娘。人が作ったメシにケチつけるなんて」

「う……」


 わがまま娘という言葉を否定できない。せいぜい、まだ子どもだから、としか。


「あ、杏? じゃあ、どんなのがいいんだ?」

「ご飯はくまさんのがいい。ママはいつもそうしてくれてた」

「くまさん?」


 意味が分からないよ、どうしよう。

 俺が困り果てていると、俊樹が動いた。キッチンの引き出しをガサゴソと漁って、『くまさん』を見つけ出した。


「これだろ。ほら」


 俊樹が『くまさん』を少し投げて寄越す。それは鉄製の型抜きだった。確かにくまさんの

形をしている。


「えっと、これでご飯を整えたらいいのか?」

「海苔で顔もつけてやったら?」

「海苔で顔!?」


 もう要望が多すぎて泣きたい。猛烈に面倒臭い。だってすぐに食べちゃうのに。どうしてそんなにデコレーションしなきゃならないんだ。

 俺が泣きたそうな顔に気付いたのか、俊樹は「頑張れ、パパ」と茶化すように笑った。

 ううっ、パパか。


「よ、よし! 可愛くデコるから、待ってろ。杏」


 俺は長袖をたくし上げ、再び料理を始める。平皿に型抜きを置き、茶碗に持った白米をそこへ詰め込んで、まずはくまさん風のご飯にする。

 海苔も違う引き出しにあったので、テキトーにちぎろうとした。すかさず、俊樹からダメ出しが入る。


「おい。ちゃんと丸くくり抜く型抜きがあるはずだぞ」

「ええっ、これにも!?」


 俺はもう半泣きで引き出しを掻き回した。すると、確かに海苔用らしき楕円型の型抜きがあった。それを使って海苔を楕円に切り抜き、くまさん風ご飯に顔を作る。

 ふぅ。これで完成だ。うーん、でも確かに可愛い。


「杏。お待たせ。これでいいか?」

「うん!」


 杏の弾けるような無垢な笑顔を前に、俺はじぃんときた。

 頑張った甲斐があったと、それだけで思ってしまった。ああ、これが子育てを頑張っている親御さんの気持ちなんだな、とふと腑に落ちた。

 俺なんか、まだまだ駆け出しのパパだけども。


「ありがとう、ハルおにいたん。--おいちい!」


 挨拶もなしに食べ始めてしまったけど、『おいしい』。その一言で苦手な料理を頑張ったことが報われた気がする。

 俊樹はただ呆れたような顔をしているけど。とんでもないガキだと言わんばかりに。

 俺はむっとする。杏はまだ子どもなだけだ。これから大人になっていくんだよ。俺たちだって、きっと昔はこうだったんだ。

 ふと両親のことを思い出す。父さんと母さんも、双子の俺たちの育児で大変だったんだろうなって。

 ありがとう。俺、頑張るよ。父さん、母さん、そして姉さん。

 守りたい者のために。


「おっ。うまいじゃん、味噌汁」


 俊樹がふとこぼしたので、俺はぱっと顔を明るくして振り向いた。


「だろ? 顆粒だしを使ったんだ」

「ふーん。鰹節とか昆布で出汁を取ると、もっとまろやかになるぞ」


 さ、さりげなく、マウント……!

 俊樹は俺と違って料理が上手だからなぁ……。


「じゃあ、俊樹もたまには作ってくれよ。ご飯」

「いいけど」


 案外あっさりと頷いてくれた。

 咄嗟に恨みがましく頼んだものの、逆に俺の方が申し訳なくなった。生活費は俊樹持ちで、さらに家事までやってもらうなんて。


「……ごめん。やっぱり、家事は俺がやる」

「別に俺だってやるよ。一人で何もかも気負おうとしなくていい」

「でも……」


 俊樹は、肩を竦めた。


「真面目だな、相変わらず」


 そうなんだろうか。

 杏が油揚げを食べながら「おいちーっ!」と手足をばたばたさせていて、俺たちはつい笑い合った。

 子どもって偉大だ。


「……そういえばさ、俊樹」


 俺も席について朝飯をいただきながら、俊樹に話しかける。

 油揚げの味噌汁……おお、うまい。


「なんで、あやかしの存在を知ってるんだ? 実は霊能力があるとか?」

「まぁ、そんな感じ」

「それって昔からだったのか?」

「ああ」

「……」


 俺はなんとも言えない気持ちになった。俺にも話してほしかったな。

 だって、俺たち双子の兄弟じゃん。


「ごめん。気付かなくて」

「俺が言わなかっただけだ。なんで気にしてるんだ?」

「だって……一人で抱え込んでつらかったかなって」

「姉貴には話してた。そんな、悲劇みたいな風に言うなよ。大袈裟すぎ」

「うん……ごめん」


 そうか。姉さんだけは知っていたんだ。仲間外れにされたみたいで不満はあるけど、でもそれよりも俊樹が孤独だったわけじゃなくてほっとした。


「じゃあ、木蓮さんもあやかしだって知ってたんだな」

「ああ」

「あの時、教えてくれてもよかったじゃんか。なんで……言わなかったんだ。思ってたこと

全部」

「……」


 今度は、俊樹が押し黙った。

 俺は辛抱強く返答を待つ。

 もし、俊樹がその時に全部話してくれていたら……俺だってもっと反対した。いや、杏のことをどうこう思ってるわけじゃない。木蓮さんにだけだ、この怒りは。

 どこにいるんだよ。本当に。


「びっくりさせると思った。それだけだよ」


 俊樹はそっと返し、味噌汁をずずっとすすった。



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