表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/26

第二十五話 学芸会当日6


「……木蓮。河川敷に出たあの異形どもは、やっぱり杏のことを狙った女王反対派からの刺客だったのか?」


 俺がやっと泣き止み始めた頃。

 俊樹が俺から体を離して、木蓮さんに話しかけた。何事もなかったかのように。

 木蓮さんもまた、気にせずに淡々と応える。


「いや。少し違う」

「は? じゃあなんだったんだ」

「あれは女王擁立派からの刺客だ。杏のことを傀儡女王に仕立て、甘い汁を啜るつもりの者たちなんだろうと予想している」

「女王擁立派……」


 俺はぽつりと呟いた。

 女王反対派もいれば、女王にして操りたい腹黒い派閥もあるのか。恐ろしい世界だ、あやかし界、ひいては権力闘争って。

 木蓮さんは真摯な顔で続けた。


「楓を暗殺した者たちはすでに捕縛し、処罰した。黒幕についても誰なのかある程度の推測はできている。これから動くつもりだ」

「女王擁立派の連中は?」

「まだ調査が進んでいない。だが、心配しないでくれ。杏のことは必ず守る。……今度こそ、この手で」


 木蓮さんの握り拳は、真っ白だった。爪が食い込んでいて、血も滲んでいる。

 俺ははっとした。やっぱり木蓮さんも……姉さんを守れなかったことを深く後悔しているんだ。


「木蓮さん。すみませんでした。その、さっきは声を荒げてしまって……」


 俺はおずおずと謝罪する。

 俊樹もそっぽ向いたままではあるけど、「俺も悪かったよ。殴って」とやや軽い謝罪をした。まったく、俊樹は。

 でも、木蓮さんはふっと鷹揚に笑うだけだ。


「気にしなくていい。私とて、誰にも責められずにいたら、つらかった。楓の死は……墓場まで背負っていくよ」

「「!」」


 俺たちは目を見開き、奥歯を噛みしめる。ひどくバツが悪かった。

 木蓮さんは表情こそ分かりにくいだけで、きっと本当は優しく誠実な人なんだ。再婚することはない。そう言ったも同然の発言だ。


「あの、でも……」

「なんだい」

「王様になられるのなら、その、王妃様が必要なんじゃ……」


 王制について詳しいわけじゃないけど、新しい伴侶を迎え入れても不思議じゃないんじゃないかな、王様って。

 俺が困惑しながら、でもかすかにある期待を込めて言うと、木蓮さんは首を横に振る。俺の期待通りに。


「必ずしも必要ではない。私にとってお姫様は楓だけだ」

「は、はい!」

「じゃあ、子どもは杏だけにするつもりか?」


 俊樹が容赦なく指摘すると、木蓮さんは表情を引き締め、思わぬことを応えた。


「いや。次は男児を産むつもりだ」

「「は?」」


 俺たちは発言の意味を受け取りかねた。男児を産む? 男性である木蓮さんが??


「あやかしというのは、単体生殖するのですよ。晴将様、俊樹様」


 呆気に取られている俺たちに説明するのは、ひょいと顔を出した玄水さんだ。背中にすやすやと寝息を立てている杏を背負っている。杏、疲れて眠ったのか。

 って、単体生殖? ええっ!?


「じゃ、じゃあ、杏の血の繋がったお母さんって……」

「存在しない」


 俺と俊樹はあんぐりと口を開けて、お互いの顔を見合わせる。俊樹もそこまではあやかしについて知らなかったらしい。


「杏の母親もまた、楓だけだ」


 木蓮さんの温かい言葉が、その場にじんわりと染み入った。






 その日は、木蓮さんも含めた五人で夕食を食べた。

 最後の晩餐だ。俺のお手製ヤンニョムチキンと俊樹の特製スイーツ、バナナチョコケーキをデザートにして。

 杏は「おいちーっ!」と幸せそうに笑いながら、ばくばくと食べてくれた。

 食事の後は、杏たち三人はすぐに寝室で寝た。俺と俊樹だけ、夜の間接照明の下に二人でソファーに座っていた。

 寝ようと思っても、どちらともなかなか眠れなくて。


「……明日からいなくなっちゃうな。杏」


 俺は小さく呟き、うなだれる。

 隣に腰掛けている俊樹もまた、「ああ」とだけ小さく相槌を打った。

 明日の朝、杏は木蓮さんに連れられてあやかし界に帰る。もちろん、玄水さんも。

 とうとうやってきた、杏との別れ。

 分かっていたし、覚悟してもいた。……はずなのに、胸が苦しくて仕方ない。まして、あやかし界なんて俺たちが会えるような行き先じゃないから。


「やだよ。俊樹……」

「泣くなって」

「杏と離ればなれになりたくない。ずっと一緒にいたい」

「うん」


 ああ、そうか。杏を連れ出したというカズ君は、きっとこんな気分だったんだな。周りから見たら微笑ましい珍事件だったけど、今なら切実な思いだったのだと分かる。


『ハルおにいたん、だーいしゅき!』


 笑顔で俺に抱きついてくる、俺たちにとっての小さな小さなお姫様。

 でも、分かってる。何が杏の幸せか。

 木蓮さんのことを信じて、杏を託すほかあるまい。杏だって、当たり前のように木蓮さんについていこうとしている。

 俺たちとの別れなんて平気だとしか思えない無垢な笑顔で。


「杏なら、いつか会いにくるよ。晴将、お前に」


 ぽんっ。

 俊樹のごつごつした大きな手が、俺の頭に置かれる。俺はますます泣きたくなった。


「ふぇええ…っ……行かせたくないよぉぉ」

「俺もだ。でも、杏の幸せのためには手放さないとな。子離れしよう、晴将」

「っ、うん……!」


 俺は涙を手の甲で拭いながら頷いた。

 なぁ、杏。

 杏の幸せを、俺たちは誰よりも願っているよ。

 遠い、遠い、異世界の空の下から--。





 そうして、翌朝。

 杏は「またねっ」と笑顔で俺たちの下を去っていった。木蓮さんと玄水さんは俺たちに深々と頭を下げて。

 杏のいない、静寂に包まれたリビング。

 でも、俺たちは俯かず、やれやれと微笑み合いながら、最後のお片付けをした。杏がさも当たり前のように散らかしていったから。

 そして。

 ソファーには、杏が愛用していたタブレットがぽつんと残されていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ