第二十三話 学芸会当日4
ブゥウウウウウン!
バイクのエンジンがかかる。俺は俊樹の後ろに座って、俊樹の背中にしがみつく。
「しっかり掴まってろよ。晴将」
「うん」
ここまでくる道中で、バイクのタンデムには大分慣れた。何よりも杏の緊急事態。怖がっている場合じゃない。
バイクで疾走し、もぎもぎ保育園を出る俺たち。
すぐに右に曲がって、来た道を引き返す。枯れ木の並木道を突っ走った。
俺は俊樹の後ろからあちこち見回して、杏たちの姿を探す。
どこにいるんだ、杏……! こんなに心配をかけるなんて、初めてのことだ。いつも、俺たちのいいつけを守ってくれるいい子なのに。
途中、信号で停まったり、右や左に曲がったりと、色々ありながらも、やがて俺たちは河川敷にやってきた。一旦、バイクを停めて座席からから降りる。ヘルメットを外しながら。
「この辺りに隠れてねぇか? 杏」
「分からない。ちょっと探してみよう」
俺たちは階段を下り、両側に草木が生い茂る道をそそさくと歩いた。
でも、周囲には誰もいない。ここにも杏たちはいないか……。
休日の昼過ぎなのに、他に誰もいないのは不思議といったら不思議だけども。
「玄水さん。なんで連れ戻してくれないんだろ?」
「あいつの考えなんて知らん」
「杏たちの駆け落ちを、まさか応援してるのかなぁ?」
「俺たちに何も言わずにかよ」
「自分が責任もって面倒を見るつもりなのかも」
だとしたらとんでもない行動だけど、でも玄水さんってあやかしだからな。何か社会規範が俺たち人間とズレていてもおかしくない。
俊樹は苛立ちに顔をしかめる。
「俺たちしたら傍迷惑なお節介だろ。カズ君のご両親だって心配してるはずだ」
「それはそうだけど……」
「早く見つけて連れ戻すぞ。……それに」
俊樹はふと厳しい顔をする。
「この騒ぎに乗じて、女王反対派が杏を狙わないとも限らない」
「!」
俺は咄嗟に言葉を失った。そうか。女王反対派の奴らはまだ杏と遭遇していないだけで、今から杏を排そうとしている可能性が十分ありうるのか。
玄水さんが一緒にいるとはいえ、急がないと大変だ。
俺たちはそろそろ河川敷の捜索を打ち止めにしようと思い、道を引き返そうとした。しかし、……んん?
おかしい。バイクがあるはずの場所まで一向に辿り着けない。
「俊樹。ここ、なんか変じゃないか?」
俺は足を止め、もう一度周囲を見渡す。
「日曜日なのに誰もいないし、それに虫の音一つしない。そもそもこっちまでくる時、こんなに歩かなかっただろ」
「……」
俊樹も立ち止まる。何かを考え込むように沈黙し、口元に手を当てた。
やがて、はっとした様子で険しい顔をする。
「ちっ。もしかして、異次元に飛ばされたか……!」
「え?」
いじげん? なんだそれ。
「いじげんって……ええと、異次元空間ってこと?」
「多分。……いよいよ嫌な予感がしてきたな」
俊樹は持っていた斜めがけ鞄からスッと取り出す。数珠が取り付けられた、短剣チックな土器の小道具を。
俺は目を丸くした。
「今から異次元空間を破る。俺の傍にいろ」
「う、うん」
俺は急に怖くなって、俊樹にぴったりと張り付く。シャツの裾をぎゅっと掴んで、決して離さなかった。
俊樹は短剣チックな小道具を、ぶんっと宙から斜め下に振り下ろす。
「!」
パリィイイイイン!
何か陶器が割れるような音が響いたかと思うと、目の前の景色が少しだけ変わった。俊樹と乗ってきたバイクが階段のすぐ真上にあったのだ。
それにリィンリィンと鈴虫の声も聞こえる。--現実世界に戻ってきたんだ!
「急ぐぞ。杏たちはこの辺りにいるはずだ」
俺たちは杏たちと引き離されていた。つまり、あやかし界からの刺客の仕業と考えるほかない。
走り出した俊樹の後ろを、俺も慌てて追いかける。でも悲しいことに足の速さが違いすぎて、どんどん置いて行かれていく。
情けないったらない。くそっ、杏の身に危険が迫っているかもしれないのに……!
「俊樹、まっ、て……」
息を切らしながら、それでも必死に走っていた時だ。
俺は遠目に杏の姿を捉えた。真っ赤な衣装を着ているから、水の透き通る色と緑だらけの風景の中ではぱっと目を引いた。
「「杏!」」
「あっ! ハルおにいたんとトシおにいたん!」
嬉しそうな声を上げる杏は、あっけらかんと笑っている。その隣には、確かにカズ君もいた。玄水さんも……あっ、いたいた。なぜか、両手を合わせて苦笑いしている。
玄水さんのジェスチャーはともかく、俺は腹の底からほっとした。
よかった、杏が無事で……! 何もなくてよかったよ、本当に。
でも、同時に怒りもこみあげてくる。まったく、こんなに心配かけて。杏も、カズ君も、玄水さんさえも、何をしていたんだ。
「ハルおにいたーん!」
杏がたたたたっと俺の下へ駆け出してきた時だった。
「きゃっ!?」
ドォオオオン!
ドォオオオン!
杏の左右に何かが飛来してくる。土煙の中からぬっと現れたのは、前進が黒塗りの、明らかに異形の姿をした何か二体だった。
というか、生命体なんだろうか、あれ。紙みたいにぺらぺらとしている。
な、なななんなんだ!?
「杏!」
「杏様!」
俊樹と玄水さんが切羽詰まったような声で叫ぶ。俊樹がすかさず短剣チックな小道具を構え、玄水さんもどこからか剣を抜いた。瞬間、放たれた凍てついた空気が場を震わせる。
俺もはっとして、遅れて「杏!」と杏の名前を叫んだ。
よく分からないけど、あいつらはきっと杏を狙う女王反対派のあやかしだ。このまま杏のことを殺すつもりなんだ!
そう思ったら、いても立ってもいられず、俺は杏の下へ全力で走った。
「杏--っ!」
「ハルおにいたん!」
俺は杏にタックルするようにして飛び込み、草原に杏を押し倒して杏の身を守る。ちゃんと杏の頭を腕で庇いながら。
「杏! 大丈夫か!?」
「う、うん」
杏は目に涙を浮かべ、俺にひしっと抱きついてくる。
同時に背後では、俊樹と玄水さんが異形と戦う音が響いている。俺はそのまま地に伏せたまま、杏のことをガードする。
キィン!
ガキィイン!
金属同士が擦れ合うような音がひたすら続く。
ううっ、ちょっと怖い。いつ終わるんだ。早く倒してくれ、二人とも!
俺はぎゅーっと杏のことを抱きしめ、すべてから庇う。
もし、刺してくるっていうのなら俺ごと刺せ! 最近、ちょっと太ってきたから杏にまでは届かないはずだ!
カズ君のことが少し気がかりなものの、ひたすら耐えていた時。
ゴォオオオオオ!
何か大きな風の音がその場に響き、突風が俺の頭上を通過していく。
「……?」
俊樹と玄水さんが戦っているような音もなくなったことに気付いて、俺は顔を上げた。杏と一緒によろよろと立ち上がって、後ろを振り向く。
そこにいた人影に、俺は言葉を失った。
--まさか、あの人が今、駆けつけるなんて。
「パパ!」
杏だけが明るい声を上げて、俺の手をすり抜けていってしまう。
そう。杏のパパ--木蓮さんがそこにいた。
「陛下!」
玄水さんが剣をどこかに隠しながら、木蓮さんの下に歩み寄る。深々と一礼し、そっと目を伏せた。
「申し訳ございません。お手を煩わせてしまって」
「構わない。よく持ちこたえてくれた」
木蓮さんはふっと優しげに微笑んでから、足下にいる杏のことを抱き上げる。
杏はぱっと嬉しそうな顔をして、木蓮さんの首回りにしがみついた。
「大丈夫だったか、杏」
「うん! ハルおにいたんがかばってくれたから」
微笑み合っている二人。その仲睦まじい様子に……俺の胸がぎゅっと締め付けられる。
はは。やっぱりそうだよな。本物のパパがいい、よな……。
「晴将」
俯いていると、背後から俊樹に肩を叩かれた。短剣チックな小道具を手に持ったまま、俺の隣に並ぶ。
「無事か? 怪我は?」
「……ないよ。あっ、俊樹こそ大丈夫だったのか?」
「当たり前だろ」
俊樹はなんだかほっとしているような表情をしていた。
でも俺と目が合うとぱっと目を逸らす。杏と木蓮さんの様子を見つめると、その目は複雑そうでもあり、同時に少し怒気が滲んでいた。
「俊樹?」
「……いや。なんでもねぇよ」
俊樹はふいっと体ごと背けた。バイクに向かって歩き出す。
「行こう、晴将。あいつらも、後から追いかけてくるだろ」
「え、でも……杏が」
「カズ君を連れて保育園に行く。事情を説明しないといけないだろ?」
「あ……」
そうだった。保育園の先生方だって心配している。何よりも、警察が動いてくれているかもしれないのだ。杏たちが見つかったことを早く伝えないと。
俊樹は草原で気絶して倒れているカズ君のことを、腕に抱え上げ、さっさと歩き出した。
俺は後ろ髪を引かれる思いで、ちらちらと杏たちのことを振り返りつつ、俊樹とその場を後にする。
バイクは俺が押して歩き、俺たちはもぎもぎ保育園まで戻った。




