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第二十二話 学芸会当日3


 体育館に着くと、カーテンが閉まっていてうっすら暗かった。

 舞台には緞帳が下りている。時計の針が一時になったら、緞帳が上がって学芸会が始まるんだろう。それにもしかして、照明も使うのか? 本格的だな。


「あっちに座ろう」


 俊樹と友人三人衆を促し、前列の真ん中に近いところに座る。俊樹は一人で勝手にどこかに行こうとしたので、服の袖をぐいーっと引っ張って、引き止めた。


「おい。離せよ」

「みんなで観た方が楽しいって」

「知らん」


 またちょっと揉めていると、その時だった。ミキ先生の大きな声が体育館に響いた。


「山村さーん! いますかー?」


 俺ははっとして、すぐに返答する。


「はい! います!」


 俊樹と二人、席から立つ。

 ミキ先生は俺たちに気付いて、慌てて駆け寄ってきた。切羽詰まったような、同時に顔面真っ青な顔で。

 ん? どうしたんだろう。


「山村さん方。すみません、こちらまできていただけますか?」

「「? はい」」


 俺たちは内心首を傾げながらも、ミキ先生の後ろについていって、廊下まで出た。

 するとすぐ、ミキ先生は深々と頭を下げる。


「大変、申し訳ございません!」


 俺と俊樹は顔を見合わせ、次にまたミキ先生を見つめる。いや本当にどうしたんだ。


「何かあったんですか?」

「は、はい」


 ミキ先生は薄紫色になった唇を震わせ、とんでもないことを口にした。


「杏さんがいなくなってしまったんです」


 一瞬、世界から音が消えた。

 杏がいなくなった? --はぁ!?


「ど、どうして!」

「分かりません。他の園児に声をかけていたら、気付いたらいなくなってしまっていて……」

「な…っ……気付いたらって! どうしてよく見て下さらなかったんですか!」


 あれだけ杏のことをよろしく頼むとお願いしているのに。

 杏に何かあったら……!

 思わず声を荒げてしまう俺を、俊樹が「やめろ、晴将」と冷静に諫めた。俺からしたら、杏が心配じゃないのかと問い詰めたくなるほどに。

 涙目でキッと睨みつけてしまったけど、俊樹は気付いていないのかスルーする。


「玄水は? いませんか」


 俊樹が静かに確認すると、俺ははたと気付いた。そういえば、杏のボディガードとして傍にいるはずなんだった。彼は。

 ミキ先生は体を震わせながら、こくりと頷く。


「はい……。玄水さんも見当たりません」

「いなくなったのは、杏と玄水だけ?」

「い、いえ……。実はお友達の和真さんもなんです」


 俺は「カズ君も!?」と仰天してしまった。二人もいなくなるなんて!

 ミキ先生は泣きたそうな顔だ。でも、泣きたいのは俺もだよ。杏に何かあったら、俺は、俺は……!


『杏は俺が責任持って面倒見る! 木蓮さんが仮に戻ってこなくても、俺が!』


 あの日、俊樹に向かって偉そうに宣言しておいて。なんだ、このザマ。

 杏と初めて会った日のことを覚えてる。力を入れたらすぐ壊れてしまいそうなほど、華奢で小さな体で。


『ハルおにいたん、だーいちゅき!』


 杏の笑顔が脳裏から焼き付いて離れない。俺のせいで、杏にまで何かあったら姉さんにも顔向けできない……!

 握り拳を作って手を震わせていると、代わりに俊樹が色々とミキ先生と話してくれた。

 警察にはもう連絡しており、これから捜索隊を組んでもらうという。園長が対応中のようだ。しかし他の保護者のため、学芸会自体はひっそりと開催させてほしいとのことだった。

 杏のいない学芸会なんて。

 不快に思う気持ちはないわけじゃないけど、他の園児や保護者に罪はないわけで。俺はどうにか言葉を飲み込んだ。


「本当に、本当に、申し訳ございません……!」


 ミキ先生にひたすら平謝りされて、俺はやっと少し頭が冷えた。「いえ」とだけ心持ち優しく返す。いつまでも怒っていても杏たちは見つからない。

 俊樹はスルーしていた。何かを考えるように目を伏せ、沈黙している。


「で、では、失礼します。進展がありましたら、またご報告にきますので」


 ミキ先生はふらりとよろめきそうになりながらも、ぱたぱたと体育館内へ急いで歩いて行った。大丈夫かな?

 とはいえ俺もまた、外へ駆け出そうとした。が、俊樹に手首をぐっと掴まれた。


「晴将。待て」

「なんだよっ、離せよ。杏のことを探しにいかないと!」

「その前に話の整理だ」

「はぁ?」


 俺がつい声を大きくしても、俊樹はうるさそうに顔をしかめるだけだ。って、だからなんでそんなに冷静でいられるんだよ!


「俊樹は心配じゃないのかよ! 杏のこと!」


 咄嗟に怒鳴りつけると、俊樹はぴくりと眉を動かした。挑むような眼差しで俺のことを真っ直ぐ見つめる。


「心配に決まってるだろ。だから考えてる」

「考えるよりも、早く探しに行った方が早いって!」

「妙だと思わないか。玄水まで一緒にいなくなったなんて」


 俊樹がひとの発言を無視したものだから、俺はむかっ腹が立った。苛立ちながら返す。


「玄水さんも杏のことを探して消えたんだろ!」

「それならミキ先生にも伝えてから、いなくなるはずだろ。あいつだってそこまでバカじゃない。警察に連絡することが頭にないはずがない」

「……」


 本当にイライラする。こんなことを話し合ってどうするって言うんだよ。

 だいたい、俺にだって察しがついてる。今回の騒動の原因が。


「例の女王反対派が、きっとまた杏を狙ったんだっ。早く杏を見つけ出さないといけない時になんなんだよ、俊樹!」

「それならその場で殺してるはずだ。今頃、教室にでも死体があるはずだ」

「っ!」


 息が止まるかと思った。死体。杏の。

 容赦のない言葉だったけども、あれ? と思う。確かにそうだ。玄水さんだって敵に何もしないわけがないし……。

 んん?

 どうして保育園からいなくなったんだ。玄水さんとカズ君と、三人で。


「……そういえば」


 俺はふと思い出した。


「カズ君って転園する噂があったよな」


 杏と将来を誓い合った仲だというのに、おそらくどこかに引っ越してしまうカズ君。

 ……まさか。


「俊樹。もしかして二人、駆け落ちしたんじゃないか?」

「は?」

「それなら納得いく状況だろ」


 玄水さんはひとまず二人のことを見守っているだけ。だから、ミキ先生にも警察にも何も伝えず、二人の後を追った。

 そういうことじゃないだろうか。


「駆け落ちって……五歳児同士が? 嘘だろ」

「きっとそれだけお互いが好きなんだよ」

「……まぁ、確かに説明がつかんこともないが。マジかよ」


 俊樹は呆れたような顔をしつつ、颯爽と踵を返した。


「行くぞ。晴将」

「え、どこに?」

「知らん」


 俊樹は珍しく言葉を長く付け加えた。


「この短時間だ。幼児の移動範囲なんてたかが知れてる。この辺をしらみつぶしに探す」

「! うん!」


 俺は俊樹の傍に駆け寄って、隣に並ぶ。

 二人、急いでもぎもぎ保育園を出た。



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