第二十一話 学芸会当日2
「おー、山村兄。元気にしてたか?」
「おう。高橋」
もぎもぎ保育園の敷地内。
俺の友人兼幼なじみである高橋から話しかけられた俊樹は、いつものようにぶっきらぼうに応えた。言葉少ない俊樹に、高橋は苦笑いだ。
「相変わらず、そっけねぇなぁ」
「そっちがお喋りなんだろ」
「はは。まぁ、元気そうでよかったよ」
高橋の背後では、佐々木と佐藤がちょっと怯えた目で俊樹を見ている。むむ、ワイルド系な見た目の俊樹が怖いのか? もしかして。
バイクに初めて乗って疲れていた俺だけど、少しむっとした。外見でひとの兄弟を判断しないでほしい。俊樹は優しくて頼れる兄貴なんだから。
「佐々木、佐藤」
俺は二人に笑顔で声をかけた。
「俺の双子の兄貴、俊樹だよ。杏のことを一緒に育ててるんだ。仲良くしてやってほしい」
温厚男子な佐藤がはっとして顔をして、俊樹に先に挨拶をする。
「初めまして。山村の友人の佐藤です」
「俺は佐々木」
二人はにこりと笑っている。
俺はほっとした。なんだ、俺の勘違いだったのかな?
俊樹は「おー、どうも」と返すだけだった。まったく。俊樹も寡黙すぎないか? だから、見た目で怖がられやすいんだって。
「っつーか、なんで晴将のダチまでここにいるんだよ? それも三人も」
俊樹が俺のことを見て、怪訝そうに眉根を寄せる。
俺は笑顔で返した。
「杏の勇姿の撮影部隊を頼んだ」
俊樹が一瞬言葉を失った。
「……はぁ?」
「だって、杏の晴れ舞台だろ? 動画でしっかり記録を残しておかないと」
「自分で撮ればいいだろ」
なぜ、友人まで呼んで動画撮影を頼んだのか。俊樹の目はそう言いたげだ。
俺はやっぱり笑顔で続ける。
「俺はこの目で杏の愛らしい姿をしっかり見届けたいから。動画は三人に任せたんだ」
「……」
俊樹は呆れ果てたように大きくため息をついた。俺のことを親指で指差しながら、友人三人衆のことを見やる。
「弟がわがまま言ってすまねぇな。お前ら」
なぜか、困り顔で謝罪する俊樹。
高橋は苦笑いで「別にいいって」と応え、佐々木と佐藤は意外そうな目で俊樹を見ていた。よく分からない。なんで?
「どこがわがままなんだよ。杏の晴れ舞台なんだから、いいだろ」
「アホなのか? ダチを使いっ走りにすんな」
ぴしゃりと叱られ、でも俺は納得いかず、「パシってるわけじゃないし」と反論する。
「三人だって可愛い杏の演技を見られるんだから。だいたい、みんなも快く引き受けてくれた。俊樹にどうこう言う権利ない」
「常識的に考えておかしいだろ。じゃあ俺が撮影するから、帰ってもらえよ」
「みんなもう来たんだし、見ていってもらえばいいじゃん」
保育園の片隅で言い合う俺たち。
高橋が慌てて「お、俺たちは本当にいいんだって。山村兄」と仲裁に入る。佐々木と佐藤もこくこくと頷いていて、俺は「ほら」と胸を張って言い放った。
「みんな、杏の活躍を見たいんだよ」
俊樹はとうとう黙り込む。もう一度、「はぁーっ」と大きくため息をついた。
「……もういい。勝手にしろ」
頭痛でもするのか、こめかみを揉んでいる俊樹の肩を、なぜか高橋が軽く叩いた。佐々木と佐藤も苦笑いでお互いの顔を見ている。
「?」
なんなんだろう。俺、何か変なことを言ったか?
やっぱりよく分からない。
さっさと保育園の体育館に向かって歩き出した俊樹の後を、俺と友人三人衆ものんびりとついていく。
「それにしても杏ちゃん、白雪姫役だなんてすごいよな」
佐藤が言うと、佐々木も「ほんと、ほんと」と乗っかって騒ぐ。
「主役だなんてさ。楽しみだなー」
「杏ちゃんって人気あるんだろうね」
杏の人気かぁ。俺的にはそれはそうだろうと思うけど、どうなんだろう。
って、……あ。そうだった。
「そういえば。白雪姫は七人いるんだよ。ごめん。言い忘れてた」
「「「へ?」」」
友人三人衆がびっくりとした顔をして、足を止める。
「な、七人? なんで?」
「多分、保護者への配慮だと思う」
高橋が納得したように頷く。
「あー、なるほど」
「え、じゃあ王子も七人?」
「うん」
佐々木が一瞬指を使って、何かの数を数え始める。
「えーっと、七人の白雪姫に七人の王子。それから七人の小人だろ? 継母もいるとして……ひとクラス二十人はいるのか。子ども」
「そう。ちょうど二十一人だったはずだけど」
だから、杏の担任はミキ先生一人。もう一人くらい増やしてくれてもいいのになぁ、保育士さん。ミキ先生一人で二十一人も園児をしっかり見るのは大変だろうし。
「杏のクラス、もうすぐ転園する園児が一人いるらしいぞ」
前を歩く俊樹が口を挟んだ。
俺は「え?」となった。知らなかった。
「そうなのか? 誰から聞いたんだよ」
「昨日たまたま、エリちゃんママに会ってこっそり聞かされた」
「ええっ!」
俺は大仰に驚いた後、口を尖らせる。俊樹に向かって。
「なんだよ。昨日のうちに教えてほしかったんだけど」
「噂らしいから」
「誰? 転園していくの。噂でもいいから」
「カズ君だって」
「マジで!?」
杏にプロポーズしたらしい、杏の男友達じゃないか!
ええっ、もしかしたら転園するかもしれないのか? 杏が悲しむ! それに--杏との将来はどうなるんだ!?
「今回、杏の王子様役もカズ君だ。最後のいい思い出になるかもな」
「最後って……い、一生会えないわけじゃあるまいし」
そうだ。カズ君なら、杏を迎えに来てくれるはず。そうでなきゃ、杏のことを絶対に渡すもんか。
俺がおろおろしている表情を見て、俊樹は変な顔をした。
「二人を応援してんのか、反対してんのか、どっちだよ……」
「杏の気持ちになったら、応援するしかないだろ」
「まだ五歳児だろ」
「幼なじみと結婚する子だって、世の中たくさんいる」
「じゃ、大きくなって運命の再会を信じれば?」
俊樹は言うだけ言って、そそくさと前を歩く。ポケットに手を突っ込んだまま。
俺はしょんぼりと肩を落とした。
カズ君。いなくなってしまうかもしれないのか。杏の気持ちも考えたら、泣き喚く姿が容易に想像できて余計つらい。
来年から小学生なのに、どうして転園なんかするんだろう。ご家族の引っ越しか?
「はぁ……」
ついため息をつくと、高橋が何を勘違いしたのか。
「山村兄、相変わらず冷たいな。気にするなよ」
俊樹が冷たい?
俺はむっとして言い返した。
「俊樹は優しいって昔から言ってるだろ」
ただ、言葉尻が強いから誤解されがちなだけだ。今だって、ちゃんと最後のいい思い出になるだろうって杏のことを想って話していた。
と強く主張しても、高橋は「お人好しだよな、山村は」と肩を竦めるだけだった。むー、なんだよ。俺がお人好しなんじゃない。高橋が厳しいだけじゃないのか?
「まっ、捉え方は人それぞれだよな」
佐藤がそうまとめ、俺たちの論争は終わった。
前を歩いている俊樹には……聞こえなかったことを祈ろう。
と、思ったけど。
「こんな場で口喧嘩してるんじゃねーよ。お前ら」
と、俊樹は呆れたような声音で窘める。そこには少し苛立ちもあるような気がした。
俺も高橋もはっとして口をつぐむ。
でも……ちぇっ。俺は俊樹の味方をしてたのに。俺のことまで叱るなんて。
「晴将」
ちょっぴりといじけていると、俊樹がそのまま続けた。
「余計なポジキャンはせんでよろしい」
「ぽじきゃん?」
「ポジティブキャンペーンの略だよ。誰が優しい兄貴だ。アホ」
「はぁ? 誰がアホだよっ」
俺はむっとして、ずんずんと大股で歩く。俊樹の隣に並んだ。
「俊樹は口が悪すぎるんだよ、昔から!」
「はいはい」
「なんだよ、いつも兄貴面して!」
「体育館はこっちだ。黙ろうな、ハルおにーたん」
俊樹がそこでぐいっと右に曲がる。
俺たちの周りを歩いている保護者たちは、堪えきれなくなったのかくすくすと笑い出してしまった。
「仲いいな-、山村兄弟」
佐々木が苦笑いで、でも微笑ましそうにそう引き結んだのだった。




