表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

第二十話 学芸会当日1


「じゃあ、杏。今日の学芸会、楽しみにしてるから。頑張れよ」

「まっ、楽しんでこい」

「うんっ」


 十一月下旬。もぎもぎ保育園。

 朝の寒空の下で、俺と俊樹は杏と向かい合っている。

 とうとう今日は杏の学芸会。今はひとまず、登園の見送りにきたところ。

 杏の頭をよしよしと撫でると、杏は嬉しそうに笑った。「またあとでねー」と杏は教室に駆けていく。その背中を俺たちは笑顔で見送った。


「ミキ先生。杏のこと、今日もよろしくお願いします」


 杏の担任であるミキ先生に軽く頭を下げると、俊樹もならって一礼した。

 ミキ先生は「はい」と優しく微笑む。


「玄水さんも。よろしくお願いしますね」

「承知いたしました」


 玄水さんに杏の警備を託して、俺と俊樹は来た道を引き返した。

 もうすっかり枯れ木となっている並木道を二人並んで歩く。会話がなくても別に苦にならない。やっぱり兄弟だから、だろう。


「学芸会、楽しみだな。俊樹」

「一時からだっけ?」

「うん。杏のクラスは二時前後頃だって」

「ふぅん」


 寒いからなのか、俊樹はポケットに手を突っ込んで歩いている。転んだら危ないよって前に言ったんだけど、「過保護すぎ」と呆れて返されてしまったことがあった。


「手袋、つければ?」

「カッコ悪いから嫌だ」

「その状態で転んだら、もっとカッコ悪いと思うけど。……怪我もするし」


 ぼそっと言うと、俊樹はそっと息をつく。


「そんな無様なことはしねぇよ。だいたい、どこに転ぶ要素があるんだ。この道」

「そんなの分からないだろ。俊樹に何かあったら、杏も悲しむんだから」


 そう、杏も。玄水さんだって心配するはず。


「バイクだって危ないからやめてほしいくらいだ」


 俺がつい本音を吐露すると、俊樹はちょっとイラッとした顔をした。


「ひとの趣味に口出しすんな」

「心配してるんだろ」

「あー、はいはい。安全運転してるから大丈夫だよ。お前だって免許取ったらどうだ。いざという時、助かるぞ」

「バイクは怖いからやだよ。俺が運動音痴なの知ってるだろ」

「……そういえば、そうだったな」


 忘れてた、と俊樹は疲れたように呟いた。なんで疲れてるんだろう。

 分からないものの……ともかく。俊樹は昔からスポーツ万能だったけど、俺はその真逆なんだ。小学校時代は鉄棒で逆上がりができなかったし、高校時代も五十メートル走で十秒かかった記憶があるほどだ。

 自慢じゃないけど、とてもじゃないがバイクなんて乗れないって。


「俊樹。なんか疲れてる?」

「誰かさんがお喋りだからだろ」

「俺のこと?」

「他に誰がいるんだよ」


 俊樹は、ちょっとうんざりしたように息をついた。


「話してないと、歩けないのか? 来る時もずーっと三人でお喋り。よく疲れないな」

「? 話すのってそんなに疲れるのか? 俊樹は」

「限度ってもんがあるだろ。意味のないことを延々と話して」


 俺はむっとした。意味のないことって。


「じゃあ、俊樹にとって意味のある話ってなんなんだよ」

「有益な話とか?」

「なんだそれ」


 雑談に意味を求める方がおかしいだろ。それに……意味のないはずだった雑談から、意味のある話が生まれることもある。

 人と人との関係なんて、まずは対話してみないと何も始まらないはずだ。


「じゃ、しばらく黙ってるよ。ふん、だ」


 子どもみたいかもしれないけど、拗ねると、俊樹もまたむすっとした顔をする。


「子どもみたいにいじけるんじゃねーよ。誰もそこまで言ってないだろ」

「俊樹が意地悪言うからだろ」

「意地悪って……」


 俊樹はなぜか絶句する。心底呆れた顔で俺のことを見やった。


「杏姫よりもお子様かよ。晴将王子は」

「それは俊樹だろ」

「……あー、もう悪かったよ。言い過ぎた」


 面倒臭くなったのか、あっさりと謝罪され、俺はますますカチンときた。

 なんだよ。いつも俺よりも大人です、みたいな兄貴顔をして。


「俊樹はすぐそうやって謝る」

「悪いと思ってるから謝ったのに、なんで怒られなきゃならないんだよ」

「形だけの謝罪だ、どうせ」

「いい加減にしてくれ。はぁ。……ますます疲れる」

「!」


 文句ばかりだった俺だけど、目頭が少しだけ熱くなった。視界が涙で潤んで歪む。

 俺は太ももの横で両拳をぐっと握った。なんだよ。そんな言い方しなくても。

 慌ててぷいっとそっぽ向いたけど、俊樹は俺のうっすらとした涙を視界の端で捉えたらしかった。ぎょっとした顔で、「な、なんで泣いてるんだよ」とたじろいでいる。

 俺は顔を背けたまま、冷たく返した。


「知らない。自分で考えろ」


 さすがに緊急事態だと察した俊樹が、顔色を変えた。「わ、悪かったよ。本当に」とおずおずと謝罪の言葉を口にする。


「その、お前に話しかけられるのは……ええと、嬉しいから。いつも」


 思いもよらぬ言葉だった。

 でも、俺はつい疑惑の目を向けてしまう。


「本当に?」

「嘘ついてどうするんだよ」

「だって、俺といると疲れるって」

「話しっぱなしの状態が続くと、ちょっと疲れるってだけだ。お前の存在自体を否定したわけじゃねぇよ。そんなわけないだろ。……大切な兄弟なのに」

「!」


 俺ははっとした。やっと表情に笑顔を浮かべることができた。まさか、俊樹にそんな風に思ってもらえていたなんて。


「俺も俊樹は大切な家族だよ!」

「……恥ずかしくねぇのかよ。そんなおおっぴらげに宣言して」


 ちょっと呆れ気味ではあるけど、俊樹はまんざらでもない顔をしている。

 ほんのり険悪だった雰囲気は一撃で吹き飛び、俺たちはまた他愛のない雑談をしながら一旦自宅へと帰る。

 午前中は久しぶりに兄弟水入らずでゲームをして遊び、早めの昼食は俊樹が作ってくれた特製ラーメンを食べて、十二時頃、二人でまた家を出た。

 なんと、俊樹のバイク運転で。


「こ、怖いんだけどっ」

「慣れておけよ。乗れた方がいいって」


 無茶ぶりをする俊樹の腰にしっかり掴まって、俺は目をつぶる。興味本位でうっかり承諾したのが間違いだった!

 ひぇえええええ!

 俺の心の中だけで悲鳴を上げ、風を切って進むバイクにもぎもぎ保育園まで運ばれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ