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第十九話 杏姫の褒美


 そうして、翌日。チュンチュンとスズメが高らかに鳴く朝。


「かわいーっ!」


 出来上がった衣装を前に、杏が目を輝かせ、笑顔を炸裂させる。

 リビングで、俺はちょっぴり自慢げに胸を張った。


「どうだ、杏。すごいだろ。気に入ってくれたか?」

「うんっ」


 フリルいっぱいの真っ赤な衣装を、杏は宝物のように腕一杯に抱きしめる。そして、俺のことをにぱっと笑いながら見上げてきた。


「ハルおにいたん、ありがとー」

「俺の方こそありがとう」


 言いながら、俺は杏のことをぎゅっと抱きしめる。

 杏が励ましてくれたから、最後までやり遂げることができた。それに、と思う。杏がいたからこそ、こんな体験もできたんだ。感謝しかないよ。

 杏は不思議そうだった。


「? なにがー?」

「はは。いや。なんでもないよ」


 俺は杏のことを腕に抱き上げる。すると杏は俺の首に腕を回し、なんと俺の頬にちゅっとキスをしてきた!

 お、おお……! 杏姫からのねぎらいのキスだ! なんて可愛らしい。

 俺は優しく破顔した。


「本当にありがとう、杏。はは」

「杏姫から褒美をもらえてよかったな、晴将」


 二階から下りてきた俊樹が、少しからかうように笑う。

 でも、俺は腹は立たなかった。今更だし、それにその通りでもあるからだ。


「俊樹。おはよう」

「おはよー、トシおにいたん」

「おう」


 俊樹はいつものようにざっくらばんに応えつつ、そのまま洗面所に行こうとした。

 俺は慌てて杏ごと運んで、出来上がった衣装を見せる。


「俊樹、見てくれよ。頑張ったんだ、俺」


 俊樹ははたと気付いた顔をして、足を止めた。杏から衣装をもらい、隅々まで確認する。って、小姑かい。


「すげーじゃん。上手、上手。頑張ったな、晴将王子」

「なんで、俺が王子?」

「杏姫の王子様だろ、晴将は」

「ええっ?」


 そこは杏パパじゃないのかよ。俺は断じて杏姫の王子様なんかじゃない。

 俺が返答に窮していると、杏が思わぬことを口にした。


「トシおにいたんもだよ」

「「え?」」


 俺たち二人の視線を受けた杏が、にこっと無邪気に笑う。


「ゲンチュイさんも。みーんな、あんずのおうじさま」


 なんだそりゃ!?

 俺は大慌てだ。あわわわっ、どうしよう! 杏姫には何人の王子様がいるんだ! 俺たちみんな、年上すぎるから困るよ! っていうか、逆ハーレム願望!?

 真に受けて顔を青ざめさせる俺に、俊樹が「ぷっ」と吹き出す。


「子どもの言うことにいちいち振り回されるんじゃねーよ。本気なわけないだろ」

「え!?」

「杏姫には本命がいるんだろ、確か。カズ君とか言ってなかったっけ? なぁ、杏」


 杏はちょっぴり頬を赤らめる。「う、うん」と急にしおらしくなって俯いた。

 逆ハーレム願望というわけじゃなくてよかったけど……複雑だ。本当にカズ君の下へお嫁に行ってしまうのか、いつか。

 じわっと目に涙に浮かべると、俊樹が「忙しい奴……」と呆れ苦笑交じりに笑った。俺が作った衣装を杏に返して、本人はさっさと洗面所へ行ってしまう。


「ハルおにいたん。杏、おいしょう着たい」

「本当に?」

「うん」


 俺はその場で杏を床に下ろす。杏は衣装を持ったまま、リビングの方に戻っていった。着替える時はリビングなんだ、杏は。

 俺は着替えを待っている間、台所に顔を出した。


「玄水さん。今日は朝ご飯を作ってくださってありがとうございます」

「いえいえ」


 玄水さんは俺のことを振り向き、にこりと応じる。

 ガス台の前に立っている玄水さんは、フライパンでハムを織り交ぜた卵焼きを作っていた。おお、見栄えがいつもと違う。

 黄色い卵に淡いピンク色のハム。綺麗だ。


「いつも、晴将様にお任せしてばかりですと、申し訳ないですから」

「そんなことありません。玄水さんたちからは、下宿代をいただいていますし」


 あやかし界から送られてきた鬼の騎士様は、一般的な下宿代よりはよほど多い法外な額を家計に入れてくれている。どこでお金を手に入れたのかと聞いたら、木蓮さんがこちらの世界で稼いでいたお金らしい。だから、木蓮さんからの資金援助という方が正しいのかもしれない。

 玄水さんは苦笑いだ。ハム入り卵焼きをまな板の上に置きながら、続ける。


「当然のことですよ。杏様がお世話になっているのですから」

「え、でも二十万円も……」

「娘の養育費を支払うのは当たり前だろ」


 ぬっと顔を出して、辛辣に言うのは俊樹だ。仕事着に着替え、髪型もセットされている。


「むしろ、もっとお金を請求していいくらいだ。あのわがまま食いしん坊姫のお世話をしてるロイヤリティを寄越すのが筋だろ、あっちは」


 俺はむっとする。


「お金のために俺たちは杏を育ててるんじゃないだろ」

「晴将。お前はお人好しすぎるんだよ。昔から」

「?」


 怪訝に思うしかない俺の隣で、玄水さんも「確かに」と苦笑している。俺の昔を知るよしもないと思うけど、でもそんなに俺ってお人好しなのか?


「いつか、理不尽な痛い目に遭わないか心配だよ。トシおにーたんは」


 俊樹はわざとらしくふざけて言いながら、コップを持って蛇口から水道水を汲む。ぐびぐびと飲み干して、食堂のテーブルにどかっと腰掛けた。

 ポケットからスマホを取り出して、今日のニュースをチェックし始める俊樹。毎朝のルーティンなんだ。偉いよなぁ。


「ハルおにいたん! みんな!」


 その時、リビングの方から杏がたたたたっと小走りでやってきた。--俺が作った、フリルいっぱいの赤いワンピース風衣装を着て。

 俺たち三人とも杏のことを振り返る。全員、見惚れたように目を見開いた。


「おー、似合うじゃん」


 最初に俊樹が褒め言葉を送る。

 玄水さんも優しく頷いた。


「ええ。とてもよくお似合いです」

「えへへ。そうでしょ?」


 杏はその場でくるっと回ってみせる。ひらりと真っ赤なスカートが舞う。


「……」


 まだ何も言えずにいる俺に、杏は気付いて少し不安そうに見上げてきた。


「ハルおにいたん?」

「~~っ、最高だよ! 杏!」

「きゃっ」


 杏の体をまた宙高く持ち上げる、俺。

 杏は目を丸くしたものの、すぐに楽しそうに笑う。


「杏は世界一可愛いお姫様だ!」

「ほんとーに?」

「ああ!」


 俺もその場でくるくると回って、杏を振り回す。楽しませようと思って。

 杏はきゃっきゃっと笑い、満面の笑みだ。


「素敵な『親子』ですね。杏様と……お二方は」


 はしゃぐ俺たちの脇で、玄水さんが朝食をテーブルの上に置きながら笑顔で呟く。

 俊樹は無言でスルーし、「いただきます」と朝食を食べ始める。俺たちもそのことに気付いて、杏とともにテーブルに着いた。

 ちなみに杏のご飯は、やっぱりこんもりとくまさんの形をした白米。こればかりは外せないらしい。姉さんとの大切な思い出でもあるから、かな?


「「いただきます」」

「はい。どうぞ」


 家族でいただく朝食。あと何回みんなで食べられるんだろう。


 ……木蓮さんがやってくるまで、あと十日ほどだとは、この時の俺は知らなかった。



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