第十七話 親バカ
「山村……お前、なんでそんな女みたいな生地を見てんの?」
坊主頭の佐藤が怪訝な顔で言う。
ここは手芸店。夕方、大学の帰りに立ち寄ったところだ。
俺は気にすることなく、赤い布生地とピンクの布生地を交互に見つめる。杏の白雪姫衣装にどちらを使うか、吟味しているのだ。
「杏の学芸会に向けて使うんだよ」
「杏ちゃんの?」
「へぇー、学芸会ってなんの演劇するんだ?」
幼なじみの高橋がやっと聞くので、俺は誇らしげに笑った。
「白雪姫。杏は白雪姫を演じるんだ」
「「「え!」」」
友人三人衆は目を丸くする。俺の言葉をすぐに理解すると、口々に「すげーじゃん」と喜んでくれた。おお、持つべき者はやっぱり友だ。
「それで急に手芸店に立ち寄ったのか。自分で作るなんてすごいな」
「はは。杏のためだからな」
「それにしても、主役か。じゃ、王子は?」
「え?」
俺がきょとんとすると、優男な佐々木がもう一度言う。心持ち質問を噛み砕いて。
「杏ちゃんにキスする王子役のことだよ。さすがにキスはふりするだけだろうと思うけど、王子役も気になるなって」
「!」
ばさっ。
俺は持っていた布生地を、あろうことか床に落っことしてしまった。
そうか。白雪姫って継母から毒リンゴを盛られて眠りにつき、運命の王子様にキスされることで目覚めるお話だった。なんてことだ。
顔面真っ青な俺のこと見た佐藤が、困ったような顔で訊ねる。
「え……気付いてなかったのか?」
「……」
「誰だろうな、杏ちゃんの王子様は」
「やめろぉぉ!」
俺は半泣きで、でも慌てて落とした布生地を二枚拾った。
杏の王子様だなんて。俺は杏の嫁入りなんてまだまだ許さないっ!
「山村……大丈夫か?」
佐々木だけが気遣わしげな顔をして、涙目の俺のことを見ていた。高橋と佐藤はもはや呆れ顔で肩を竦めていた。
「俊樹!」
その日の夜。
仕事から帰宅した俊樹に、俺はすぐさま泣きついた。
「たたた大変だ! 杏の学芸会!」
「はぁ? 落ち着けよ。晴将」
俊樹は怪訝そうな顔だ。顔色の悪い俺のことを気遣わしげに覗き込む。
「顔色悪いけど。杏の学芸会がなに?」
「王子役! 杏にキスするはずの王子役もいること、忘れてたんだよ!」
ああっ、どうしよう!
杏の純潔が奪われてしまう! ふりをするだけだとしても、おおやけには杏の王子様になるんだ、その子は!
必死に涙目で訴えると、俊樹は理解できていなさそうだ。
「……? それがどうしたんだよ」
「嫌だろ! 杏に王子様だなんてー!」
「ぷっ」
俊樹は吹き出す。腹を抱えて、げらげらと笑い始めた。
「ふっ、ははは! 親バカにもほどがあるだろ、晴将!」
「え……」
親バカ? 俺が?
えぇえええええ?
「そ、そうかな?」
「そうだろ。日頃から杏バカっぽいとは思ってたけど、ここまでとは思わなかったよ。はーっ、帰ってきて早々、笑わせんな」
俊樹もまた目にうっすら涙を浮かべており、人差し指で笑い涙を拭う。
バカバカしいと言わんばかりに俺の脇をさっさと通り過ぎ、二階に上がっていってしまった。
「トシおにいたん、おかえりー」
「おかえりなさいませ、俊樹様」
「おう」
杏と玄水さんからの声かけにも、ちゃんと応えながら。
俺はぽかーんとしてその場に突っ立ったままでいた。両拳をぎゅっと握る。俊樹……なんだよ。俊樹なら分かってくれると思ったのに!
俺はむすっとして、ちょっと足音を大きく立てながら台所に戻った。今日の夕飯は鶏胸肉の塩レモン焼きなんだけど、よし。焦がした部分はまた俊樹に押しつけてやる。
「……杏の王子役って誰なんだろう」
俺はサラダを用意しながら、ぽつりと呟く。
杏に聞けばいいんだけど、なんとなく怖くて聞けなくて。だって、相手の子が誰か分かってしまったら、その子を睨みつけてしまいそうなほどなんだ。
うう、白雪姫か。主役級の役なのは嬉しいけど、こんなことなら他の役でもよかった。継母とか。って、それは杏が嫌か。
「晴将。杏の王子役、聞いたけど……カ」
「やめろぉぉ!」
戻ってきた俊樹が声をかけてきて、でも俺は大声で遮る。やめてくれ、杏の王子様なんて知りたくない。
俺が涙目であることに気付いた俊樹は、そっと息をついた。
「……親バカ」
小さく呟いて。
ちなみに焦がしたお肉ばかり俊樹に押しつけた件、俊樹は何も言わずに「うまい」と食べてくれた。結局、自分から謝った。気まずくて。
俊樹はふっと一笑して、俺の頭をぽんと軽く叩いただけだった。
俊樹はやっぱり優しくてカッコイイ兄貴だ。




