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第十四話 もちろん


「杏。今日から杏のボディガードをしてくれる、玄水さんだよ」


 杏は「ぼでぃがーど?」と不思議そうな顔をしている。


「うん。杏のことを守ってくれるひとだ」


 俺は応えながら、杏の隣に腰を下ろす。

 家の中に入り、リビングに行くと、杏はぐーぐーと昼寝をしていた。でも、たまたますぐに起きたので玄水さんのことを紹介している最中。


「ふーん。急にどうちたの?」

「え? えっと、ほら。杏は我が家のお姫様だから」

「おちめさま!?」


 杏はすごく嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。お姫様扱いが好きだなんて、杏はまだまだ子どもだなぁ。はは。

 杏はソファーから下りて、玄水さんの足下に近付く。玄水さんの頭部をじーっと見つめ、


「オニたん?」


 と正体を見抜いた。

 そう、玄水さんは鬼のあやかしだそうだ。

 玄水さんはにこりと笑った。あれ? もしかしてあやかし同士だと正体って分かるのが当たり前なのか?


「はい。さすが杏様。ご明察であらせられますね」


 杏は難しくて意味があまり分からないようだったけど、とにかく褒められていることだけは伝わったみたいだ。嬉しそうにきゃっきゃっと笑っていた。

 うーん、俺もよく分からない。子どもだから褒めたのかな?


「これからよろしくお願いしますね。杏様」


 深々と一礼する玄水さん。丁寧な所作だ。

 杏が本当に王女様だということが伝わってきて、俺はなんだか杏が遠い住人のような錯覚に陥った。こんなことがなかったら、一生縁のない子どもだったんだろうと。

 って、バカか。杏はすぐ傍にいるし、俺たちが傍にいてやらないとダメなのに。何を弱腰になっているんだ、俺。

 俺は杏の隣に並んだ。


「杏。ほら。玄水さんに『よろしくお願いします』は?」

「どうちて?」

「え? だから、杏のボディガードなんだ。これから杏がお世話になる相手なんだから」


 当然のことだろうと思ったけど、杏は膨れっ面だ。


「ハルおにいたんたちがあんずのことをまもってくれるんじゃないの?」

「!」


 俺はぎくりとする。確かにもちろん、俺たちだって杏のことを守るつもりだ。

 でも、俺たちだけじゃ手が回らない。専属のひとがいてくれた方がいいのは明白。


「杏。もちろんそうだけど、杏のことを守ってくれるひとはたくさんいてもいいだろ?」

「えー、ハルおにいたんたちがいい」

「わがまま言うんじゃない」


 俺はさらっと言ってしまった。つい本音が出てしまった。

 杏は目を潤ませた。じわっと大粒の涙が浮かぶ。


「ふえええ……ハルおにいたんまで」

「あっ、ご、ごめん!」


 俺は慌てて杏の体を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。そこまでショックを受けるとは思わなかった。本当に申し訳ない。


「あんず、いい子だもん……!」

「そ、そうだな。杏はいい子だよ。俺と俊樹の宝物だ」


 でも、いい子であることとわがままな子であることも別に両立する。最近、俺はそのことに気付いた。杏のことだ。


「玄水さんにも守ってもらおう? 男三人もボディガードがいてエスコートされたら、杏も嬉しいだろ?」

「えちゅこーと……」


 杏は何か思うところがあったのか、「うんっ」と弾けるような笑顔を浮かべる。涙なんてどこかに吹き飛び、玄水さんに向かってちょこんと頭を下げた。


「よろちくおねがいちます。ゲンチュイさん」


 玄水さんは優しい笑みを浮かべた。


「はい。承知いたしました」


 その目には少し苦笑いの色があったけど。でも、もちろん俊樹みたいに意地悪を言わない。大人だし、そして優しい。

 杏はふと何かに気付いた様子で辺りをキョロキョロしていた。


「トシおにいたんは?」

「俊樹はちょっと散歩に行ったよ」

「ええっ」


 杏はむくれた顔をする。


「あんずもいきたかったのに」

「ん? じゃあ、これから行くか?」

「うん!」


 俺は杏の手を引き、お互いにそれぞれ斜めがけ鞄を持って玄関に向かった。もちろん、玄水さんも後を追ってきた。

 昼前なので外は日が高い。でも、もう晩秋だからか風は肌寒くて。


「杏。風邪を引かないようにな」


 杏の首回りに赤いチェックのマフラーをぐるぐると巻き直す。ふわふわのマフラーに埋もれた顔には、くりくりの大きな黒目があって、超絶可愛い。


「それじゃ、行こう」


 俺は杏と手を繋いで、アスファルトの道を歩き出す。

 銀杏はもうほとんど散ってしまっている。地面が黄色一色だ。これはこれで綺麗だけど、でもちょっと物悲しくもある。

 秋ってそういう季節だよな。


「トシおにいたんはどこにいったんだろうね」

「分からないけど……近くにいると思う」


 公園とか、河川敷にいるのかな? 多分、どこかで気持ちを落ち着かせているんじゃないかと思う。

 そしてその予想は当たっていた。近所の公園のブランコに、俊樹が俯いて座っているところを俺たちは見つけた。


「俊樹」

「トシおにいたん!」


 杏が俺から手を離し、俊樹の下へたたたたっと駆け寄っていく。

 お留守番している間、杏は俊樹にも懐き始めたみたいだ。色々と遊んでもらえたらしいし、何よりもスイーツを作ってもらえたと話していた。


『おいちかったよ! ホットケーキ』

『ほ、ほっとけーき?』

『うん。ハルおにいたんの分もとってあるから、たべてみて』


 杏は屈託なく笑っていた。まるで姉さんのようにヒマワリが咲くような笑顔だった。

 血の繋がりはなくても、何かが脈々と受け継がれていっている気がして、俺はなんだか胸が熱くなった。


「杏」


 俊樹がふいと面を上げ、杏のことを見つめる。

 その目は……なんだか複雑そうなものだった。杏のことを愛おしく思っている一方、杏の父親のことを思い出して怒りを覚えているような、そんな雰囲気に思える。

 木蓮さんのこと、まだ許せずに思っているみたいだ。

 それは正直……俺も一緒なんだけども。


「お前らも散歩にきたのか?」

「うん」

「ふぅん」

「でもね」


 杏はにぱっと笑う。


「トシおにいたんのこともさがちてた」

「!」


 俊樹はくしゃりと顔を歪めていた。少し泣き笑いの表情だ。

 俺と同じように、姉さんの優しい笑顔を重ねたのかもしれなかった。あるいは、杏の優しさに胸打たれたのか。


「……そうか。心配かけたな」


 俊樹は杏の頭にぽんと手を置いて。


「ありがとう」

「きゃっ」


 杏の髪の毛をわしゃわしゃと撫で回した。

 俺は慌てる。わわっ、なんてことを! 杏の綺麗な髪の毛が乱れてしまうだろ!

 杏もびっくりとした顔をしていた。途中から嫌がって俊樹から離れたけど、でも顔は楽しそうに笑っていて。

 俊樹って上手い。何かが。そう、何かが。すごくおにいちゃんパパっぽい。

 いいなぁ。


「じゃ、そろそろ帰るか」


 俊樹がブラコンから立ち上がって、ポケットに手を突っ込んだまま、俺の方まで歩いてきた。杏はその後ろをとてとてとついてくる。


「晴将。……さっきは悪かったな。驚かせちまって」

「いいよ。今更だろ」


 俺はにこっと笑みを返す。

 俊樹もまた、ふっと笑みを浮かべ、さっさと歩き出した。黙って立ったままの玄水さんにも、「さっきは悪かった」ときちんと謝罪をして。


「これからよろしく」


 玄水さんの横を通り過ぎながら、あっけらかんと言い放つ。

 俺はつい玄水さんと顔を見合わせた。どう思ったのか気になって。

 玄水さんはにこっと笑い返してくれた。俊樹の無礼なのか律儀なのか分からない性格も、受け入れてくれたみたいだ。


「ハルおにいたん、いこー」


 杏にぐいぐいと手を引っ張られて、俺ははっとする。


「そうだな。帰ろう、おうちに」

「うん」


 杏とまた手を繋いで、俊樹の背中を追う。

 玄水さんもそっとあとをついてきた。物静かなボディガードだ。

 俺は後ろを歩く玄水さんを振り向く。


「玄水さん」

「はい」

「あの、不躾にすみませんが。木蓮さんって……姉さんのことを、愛していたんでしょうか?」


 俺の隣に並んだ玄水さんは、ちょっと驚いた顔をしていた。でもすぐに柔らかく微笑む。


「もちろん」

「!」


 その一言で……俺の中の疑惑がたちまち消えた。

 俺の記憶では、木蓮さんの隣で姉さんが幸せそうに笑っている写真があることをきちんと覚えているからだ。

 もし、次に会ったら。

 杏のことをどうかよろしくお願いします、と伝えて引き渡そう。杏のことは……今度こそ守り抜いて幸せにして下さいよ、と。

 杏の幸せを俺は誰よりも願っているから--。


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