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第十三話 木蓮さんからの手紙


「晴将君。これは、木蓮殿下から預かった手紙だ」


 賀茂さんが、スッと一通の封筒を差し出す。

 白地だけのシンプルなものだ。ただ、差出人のところには……狐マークの玉璽みたいなものが押されていた。

 妖王家の家紋なんだろう、多分。


「……」


 やっと泣き止んだ俺は、無言で受け取った。心ではまだ怒りを覚えながら。


「今、開けても大丈夫ですか?」

「ああ」

「じゃあ、少し失礼します」


 封を破り、中から一枚の便箋を取り出す。

 そこには達筆な字で、まず杏を預かってもらっているお礼、そして……姉さんを死なせてしまったことに対する謝罪の文章が書かれてあった。


『楓のことは残念に思う。すまなかった』


 俺はぐしゃりと便箋を握る手に力を込める。つい、抑えきれなかったんだ。

 これだけか。

 これだけかよ。たったの数行の謝罪しかない。

 姉さんが死んだんだぞ? あんたにとって姉さんは大した存在じゃなかったのか?

 目の前に木蓮さんがいたら、そう問い詰めてやりたい。それほど、あっさりとしすぎて淡々としている文章だ。


『晴将君、俊樹君。本当に本当に申し訳ない。今しばらく、杏のことをよろしくお願いします。時期がきたら、いずれ必ず迎えに行きます』


 最後にそう引き結ばれていた。

 と、あれ? 追伸も書かれてある。


『追伸 こちらから杏の護衛役を送ります』


 杏の護衛役。姉さんの時のように、杏を守る役目を持ったひと、ということだろう。

 俺は心臓がきゅっと締め付けられる思いがした。やっぱり、杏は敵対勢力から命を狙われているんだ。

 今こうしている間にも……こ、殺されでもしたら、俺は。


「……か、帰ります。ありがとうございました。賀茂さん」

「いや。あまり力になれず、すまんな。……大丈夫か? 顔色が悪いが」

「大丈夫です。ありがとうございます。本当に助かりました」


 俺は深々と一礼する。

 向かい側に座っている賀茂さんは、気遣わしげながら優しく一笑した。


「何かあったら、また顔を出すといい。俊樹や杏ちゃんも一緒に」

「はい」


 俺は座布団から立ち上がって、居間を出るときにもう一度お辞儀をする。

 でも結局、賀茂さんは境内にある鳥居のところまで見送ってくれた。


「では、また」

「ああ。俊樹にもよろしくな」

「分かりました」


 またぺこぺこと頭を下げながら、俺は石段を下り始める。木蓮さんからの手紙は、鞄にしまい込んで。

 でも、杏にはちょっとだけ朗報だ。木蓮さんは失踪したわけでなかった。ちゃんと杏のことを迎えに来てくれる。

 それだけが救いだ。


「……杏。やっぱりいつか帰っちゃうのか」


 俺は誰に言うことでもなく、ただ一人で独白しながら、家路についた。





「なんなんだ、お前は!」


 実家の玄関前で、俊樹の怒号が響いている。

 俺はさっと顔色を変えた。杏を狙う刺客が現れたのだと思い込んだからだ。


「俊樹!」


 慌てて玄関先に駆け込むと、俊樹が木刀を持って、見知らぬ若い男性と対峙している。見た目、人間としか思えない。

 でも、木蓮さんもそうだった。杏も。

 だから、若い男性もまた、あやかしなのかもしれない。


「どちら様ですか」


 俺は後ろから近付き、努めて平静に声をかける。

 若い男性はぱっと顔を明るくして振り向いた。やっと話が通じそうな相手がきたと思ったんだろうか。


「晴将様ですか?」

「え? ええと、そうですけど」

「おい! 軽々しく名前を教えるんじゃねぇよ!」


 俊樹が鋭く一喝する。

 俺はちょっとはっとした。しまった。つい。


「それで……あなたは?」

「失礼しました」


 若い男性ははたと我に返った様子で、恭しく一礼する。


「わたくし、玄水と申します。木蓮陛下から遣わされました、杏様の護衛役です」


 そういえば、木蓮さんからの手紙に書かれてあった。護衛役を送ると。

 目の前のこのあやかしがそうなのか。


「俊樹様にそう説明しても納得していただけなくて。どうにか説明していただけませんでしょうか」


 玄水さんが、困ったような顔で俺のことを見つめる。

 俊樹が警戒する理由も分かる。杏は王女だ。嘘をついて杏のことを誘拐しようとか、排そうとだか、そういった可能性に俊樹は辿り着いていたんだろう。

 俺も疑いたいわけじゃないけど……このひとを家に迎え入れて、杏に何かあったらと考えたら、すんなりとは納得できなかった。


「玄水さん。本当に木蓮さんに頼まれたのなら、身分証か何かお持ちではないですか?」

「ああ、はい。もちろん」


 玄水さんは懐から、手帳のようなものを取り出す。それを俺たちに見せてくれた。

 狐マークの玉璽らしき印。何よりも、『王家直属の騎士』という肩書きが、本物だと感じられた。


「俊樹。玄水さんは味方だよ。さっき、賀茂さんからいただいた木蓮さんからの手紙にも、杏の護衛役を送るって書いてあったし」

「あいつから?」


 怪訝そうな俊樹に、証拠と言わんばかりに手紙を見せた。追伸のところだけにしようと思ったんだけど、俊樹が強引に奪ったものだから、全文見られてしまった。


「あ!」


 まずい! 姉さんの死の真相まで書かれてあるんだった!

 俊樹の目がだんだんとつり上がっていく。

 俺は冷や汗を掻いた。隠し通せるものじゃないし、そもそも隠しておく意味を見い出せないけど……でも、タイミングを考えたかった。


「……晴将。これ、本物なのか?」

「う、うん」

「--ふざけやがって、あの野郎!」


 ドガァ!

 俊樹が近くにあった観覧植物を蹴り飛ばしてしまう。

 俺はびっくりして思わず肩を震わせたけど、俊樹の気持ちは痛いほどよく分かる。俺だって暴れられるものなら、暴れて鬱憤を晴らしたいほどだ。

 でも、そんなことをしても……もう姉さんは帰ってこない。杏の教育にだって悪い。


「俊樹。落ち着けって」

「落ち着いていられるか! 姉貴はとばっちりじゃねぇか……!」

「だ、だからって、物に八つ当たるなよ」


 俊樹は昔から粗暴なところがあるから……。元不良気味な生徒だったのもあるし……。

 とはいえ、乱暴したのはそれだけだった。あとは手紙をぐしゃぐしゃに丸めてしまい、庭に放り投げてしまった。

 ああっ、もう! ちょっと!


「散歩に行ってくる!」


 俊樹はずんずんと俺たちの脇を通り過ぎていく。

 俺は引き止められず、そっと息をついた。黙って、木蓮さんからの手紙を拾う。

 ふと、玄水さんが少しバツが悪そうな顔をしていることに気付いた。


「その節は大変申し訳ございませんでした……みなさま。楓様のご冥福を心よりお祈り申し上げます」


 俊樹が激怒した理由を雰囲気で察してくれたみたいだ。

 でも、玄水さんが悪いわけじゃない。悪いのはそう、杏を付け狙っている一派だけ。木蓮さんだってきっと、姉さんの死を悼んでくれているはず。

 必死に己にそう言い聞かせ、俺は努めて優しく笑いかけた。


「ありがとうございます。どうぞ、中へ入って下さい」

「……はい」


 玄水さんを自宅に招き入れ、俺自身も家の中に上がる。ふと、俊樹が消えていった方角を見つめてから。

 俊樹。大丈夫かな……?

 傍にいたいのは山々だけど、杏を一人にはできない。玄水さんのことも、まず杏に紹介しないと。



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