第十二話 姉さんの死の真相
週末、俺は一人で再び賀茂神社に向かった。
石段をえっちらおっちらと上り、真っ赤な漆塗りの鳥居をくぐって境内に入る。一応、水洗い場で手を清めていると、賀茂さんから会いにきてくれた。
「晴将君」
「おはようございます。賀茂さん」
「おはよう。よくきてくれた」
賀茂さんは優しく破顔する。今日も、水色の袴姿だ。神主さんという感じ。いや、神主さんなんだけども。はは。
「立ち話もなんだ。うちにきて話そう」
「分かりました。ありがとうございます。でも、俺はここでも大丈夫ですよ?」
それともそんなに話が長くなるのか? もしかして、木蓮さん……本当にお亡くなりになったんじゃ。
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
もしそうだとしたら、どうしよう。杏のことを思うと……つらい。なんていって話したらいいんだ。
俺が内心怯えている間にも、賀茂さんは穏やかに続けた。
「せっかくの機会だから、年寄りのお茶会に付き合ってくれ。それに渡したい物もあるんだ」
「?」
俺に渡したい物? なんだろう。
俺は少し考え、はっとした。ま、まさか……木蓮さんの遺骨、とか?
嘘だろう!?
俺はもう我慢できず、震える声で聞いてしまった。
「あの、まさか……木蓮さんって死んでいたんですか?」
「は?」
賀茂さんは目を丸くしている。なぜそう思ったのか意味が分からないといった顔で。
同時に苦笑した。
「はっはっ。そんなことはない。生きておるよ」
「よ、よかった……!」
俺は肺の底からほっとした。そうか、生きているのか。
「すまん、すまん。よく分からんが、勘違いさせてしまったみたいだな」
「い、いえ。俺が勝手に妄想しすぎてしまっただけです。本当によかったですよ、生きていらっしゃるみたいで」
よかった。それは本当だ。
でも、と思うのだ。木蓮さんが生きているのなら、杏のことをいつか必ず迎えに来るはずだ。それは俺たちと杏の別れを意味する。
やっぱり……ずっと一緒にいることはできない運命なんだ。
はは。寂しい、な……。
「儂の家はあっちだ。りんごジュースでいいか?」
「あ、はい」
まるで子ども扱いだ。りんごジュースって。
俺は内心苦笑しながらも、断らなかった。本当はコーヒーとかお茶で十分なんだけど、賀茂さんの気遣いを無下にしたくなかった。
賀茂さんの後ろについて歩く。参道から大きく外れて、境内の隅っこにある一軒家にお邪魔した。
ここには賀茂さん一人しか住んでいないようだった。でも、結婚はされていたみたいで、廊下の端に遺影と仏壇が置かれていた。
年寄りのお茶会に付き合ってほしい、ってそういうことなのかも。
「ほら、こっちに座って」
「はい」
賀茂さんに促されて、居間の座布団に正座をする。
少しして、賀茂さんが飲み物を運んできた。俺の分のりんごジュースと、賀茂さんの分のお茶だ。
「晴将。遠慮せず、たくさん飲んでくれ」
「ありがとうございます」
透明なグラスには、濁った山吹色のジュースが入っている。懐かしいな、りんごジュースって。
グラスに口をつけて一口飲むと、爽やかな酸味とまろやかな甘味が口内に広がった。多分、果汁百パーセントのものじゃないかな? 贅沢だ。
「おいしいです」
俺が笑顔で伝えると、賀茂さんはにこりと笑った。
「そうか。よかった」
「賀茂さんは……ええと、ほうじ茶ですか?」
「ああ。最近、ハマっているんだ」
賀茂さんは返しながら、向かい側の座布団に「よっこらせ」と座る。
今更だけど、ふかふかの座布団だ。座っていて足が痛くならない。うちの実家の押し入れにもこういう座布団ってあるんだろうか。来客用の座布団とかって。
もし誰かきた時、使いたいから、後で探しておこう。
「それで、本題に入ろう。木蓮殿下のことだが」
俺は背筋をピンと正す。ついにきた。
「木蓮殿下は、やはり妖王陛下のご子息のようだ。だが次男であらせられ、王位を継ぐ予定はなかったはずだった」
「はずだった、ってことは……もしかして?」
賀茂さんは、重々しく頷く。
「そうだ。訳あって王位を継ぐことになってしまったそうだ。ここ数ヶ月、あやかし界にいたのは元々は拒否するためだったのだと」
「!」
木蓮さんが次期国王。ということは、杏は本物の王女様になるのか!
俺は目を丸くしつつ、
「じゃあ、今はどうして戻ってこないんですか? 王位を継ぐと決まったんでしょう?」
杏のことをずっとほったらかしにして。
姉さんのことだって……早く仏壇に挨拶とかあるいは墓参りにこいと言いたい。
なんのためにずっとあやかし界にとどまったままなんだ。
「それがな……」
賀茂さんはそっと目を伏せる。何かを言いにくそうにしている。
俺は怪訝に眉をひそめた。
「何か事情がおありなんですか? 木蓮さんに」
「……そうらしい。実は杏ちゃんを次期女王に嫌がる一派のことで、色々とお忙しいようだ」
「杏のことで?」
なんとなく、嫌な予感がした。
杏に次期女王になってほしくない奴らがいるとして、姉さんの事故とは無関係ではないような気がして。
数拍置いた後、賀茂さんは意を決したように核心に触れた。
「晴将君。落ち着いて聞いてほしい。実は、楓ちゃんのことなんだが」
「な、なんですか」
心臓がばくばくとする。太ももの上に置いてある握り拳が震えた。
たらりと背中に冷や汗が流れる。
--まさか。
「楓ちゃんは、その一派に結果的に暗殺された可能性が高いそうだ」
「!」
俺は目の前が真っ暗になった。がらがらと足下が崩れていくような感覚に襲われる。
姉さんが、木蓮さんの実家のゴタゴタに巻き込まれ、死んだ。
そういうことだろう。あの交通事故は元々、杏を狙ってのことだったんだ。姉さんはきっと身を挺して杏を庇い、帰らぬ人になってしまった。
そいつらのせいで、姉さんの人生が……。
「っ」
俺はきつく下唇を噛みしめ、俯いた。目から涙が溢れ出てきた。
悔しい。悔しい。悔しい……!
どうしてそんなくだらない理由のために、姉さんが死ななきゃならなかったんだ。杏だって危ない目に遭っていた。
『ハル。私、絶対に幸せになるからね』
結婚式こそなかったけど、フォトウエディングをして笑っていた姉さん。
優しいヒマワリのような笑顔を今も覚えている。
くそっ! 許せない……! ふざけたことをしやがって!
心の中は憤怒の嵐で荒れ狂いながら、--でも。
「……なんで」
「ん?」
「なんで俺、もっと反対しなかったんだろう……! 姉さんの結婚に……!」
俺は静かに涙を流しながら、本心を吐露してしまう。
杏と出会えたこと自体に後悔はない。でも、そもそもあの時、俊樹ともっと一緒に反対していたら、姉さんも結婚を考え直してくれたかもしれないのに。
全部、全部、あいつのせいだ。
理不尽な八つ当たりだとは分かっているけど、でも姉さんを愛していたのなら、どうして姉さんのことも守ってくれなかったんだよ……!
正座したまま、ただただ泣きじゃくる俺のことを、賀茂さんは見ていられないようだった。賀茂さんもまた、目を伏せていた。
重苦しい沈黙と、俺のすすり泣く音だけが、しばらく居間を支配していた。




