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第十一話 もし


 プルルルルル……!

 玄関前に置いてある、家電が鳴る。

 俺は一応「とってくる」と俊樹に声をかけ、席を立った。ナンバーディスプレイ付きの電話の受話器を取ると、相手は賀茂さんだった。


『もしもし。晴将君か? 儂だ』

「賀茂さん! こんばんは」


 俺の心臓がどきりとする。もしかして、木蓮さんのことで何か分かったんじゃないかって。

 その予感は大当たりだった。


『木蓮殿下のことだが、行方が分かったぞ』

「本当ですか!?」


 あれからまだ五日しか経っていないのに、早い。もう連絡がついたのか。

 木蓮さん、あやかし界で何をしていたんだろう。


「晴将?」


 背後から俊樹の声が聞こえる。振り返って、俺はグッジョブの手の動きを見せた。

 俊樹は察したみたいだ。僅かながら顔を綻ばさせる。

 さらにその後ろから、ひょっこりと杏も。口周りにべったりとヤンニョムチキンの赤ソースがついている。俊樹、拭ってやってくれ……。

 俺は再び正面を向く。白い壁に、姉さんと杏の写真がまたも飾られている。


「木蓮さんはどちらに?」

『詳しい話は、神社で話そう。週末にでも、きてくれんか?』

「分かりました。俊樹と伺います!」


 本当は今ここで聞きたかったけども。話がややこしくなるのか、あるいは長くなるのか。

 じれったく思いつつ、俺は頷いて、「それでは失礼します」と受話器を置いた。


「狐じいさんからだよな?」


 俊樹が杏を連れて廊下にやってくる。

 俺も二人を振り向いて、笑顔で頷いた。


「うん。木蓮さんの行方、分かったって」

「ってことは、あやかし界にいるのか、あいつ」

「多分。週末、改めて話すから神社にきてほしいって。俊樹も行くだろ?」

「んー、まぁ」


 またも返事を濁す俊樹。

 俺は首を傾げた。


「何かあるのか?」

「いや。ただ、杏を連れていってもいいのかなって。話によっては、連れて行かない方がいいんじゃないか?」

「!」


 俺ははっとする。そうか。木蓮さんの行方が分かったからといって、木蓮さんが無事だとは限らないよな。

 というか、もしかしてだから改めて話そうとしているのかも……。

 ひやりとする。もし、木蓮さんにまで何かあったら、杏は……。


「俺は杏と留守番してるよ。お前だけ行ってこい」

「そ、うだな……。分かった」


 俺は心臓を嫌にどきどきさせながら、でも表向きは努めて平静に杏に話しかける。


「杏。週末、ちょっとハルおにいちゃんは出かけるから。俊樹と留守番してほしい」

「えー?」


 杏はちょっと嫌そうな顔だ。


「トシおにいたんと? ハルおにいたんと一緒がいいっ」


 俺はほんの少しだけキュンとしたけど、苦笑いで返す。


「こら。トシおにいちゃんだって優しいだろ。そういうこと言ったらダメだよ」

「むーっ」


 杏は納得いかなげに膨れっ面になったけど、先程のことを思い出したのか。まぁいいかと言った様子で、俊樹を見上げた。


「トシおにいたん。よろしくね」

「はいよ。わがまま姫様」

「あんず、わがままじゃないもん! もうっ!」


 むすっとする杏だ。

 俊樹……どうしてそう軽口を叩くのか。杏の機嫌が悪くなってしまった。


「俊樹。そうやってからかうから、杏が嫌がるんだろ」

「からかってない。別に本音だ」

「本音!?」


 杏のどこかわがまま……とは素直に怒れない。確かにちょっとわがままなところは大いにある。

 木蓮さんのせいだ。きっと。

 そういえば。

 木蓮さんは、どういうお父さんだったんだろうなぁ。


「杏」

「なに?」

「もく……あっ、いや。なんでもない」


 うっかり、杏本人に聞いてしまいそうになって、俺は口をつぐむ。

 下手に木蓮さんの名前を出してしまったら、杏がいつまでも会いにこない父親に不信感を抱くだろうし、思い出して寂しがりそうだから。だから、やめておこう。


「二人とも。台所に戻ろう。料理が冷める」


 俊樹は肩を竦めた。


「あとはお前だけだよ。俺も杏も食べ終えた。ごちそうさん、新米パパ」

「ありがとー、ハルおにいたん。おいちかったよ」


 二人からねぎらいの言葉をもらって、俺はほっこりとした。

 いつの間にか、ばくばくと脈打つ心臓の鼓動は落ち着いていた。





 それから午後八時前には、杏を布団に寝かしつけた。

 杏は久しぶりの保育園ではしゃぎ疲れたのか、絵本を読み聞かせてすぐ眠っていた。


「むにゃむにゃ……」


 毛布をかぶって横向きに眠る杏の寝顔は最高に可愛い。癒やされる。今日一日の疲労感なんて吹き飛ぶほどに。

 杏の寝顔は、何度見たって生きる活力になる。


「我が家のわがまま姫も、寝ている時はおとなしくて楽だな」


 俊樹がまた軽口を叩きながらも、でも優しげにふっと笑みをこぼしている。

 俺はむっとした。


「あんまり、杏のことを言うなよ。怒ったら機嫌を直すの大変なんだから」

「はいはい」


 改める気があるのか、ないのか。

 俊樹は軽く応じて寝室をさっさと出て行く。俺は杏の額をそっと撫でてから、俊樹の後を追って一階のリビングに下りた。

 俺はそれまで口にできなかった話題を切り出す。


「……木蓮さん、さ」

「ん?」

「まさか、死んでないよな? わざわざ呼び出されるなんて、おかしくないか?」

「……どうだろうな」


 俊樹は、どかっとソファーに腰を下ろした。テレビをピッとつける。

 ニュースが流れている。今日も車事故のニュースだ。姉さんのことを思い出して、正直なところまだ嫌な気分になる。

 同時に思うよ。遺族も可哀想だなって。痛いほど気持ちが分かって。


「……俊樹。チャンネル、変えてほしい」


 俊樹が俺のことを怪訝な顔で振り返った。

 俺はよほど血の気が失せた顔をしていたみたいだ。さすがに俊樹もはっとした顔をして、すぐにチャンネルを変えてくれた。


「悪い。配慮が足らなくて。……大丈夫か?」

「うん……」

「姉貴のことは……その、すぐには気持ちを整理できないだろうけど。なんっつーか、一人であんまり抱え込むなよ。お前は昔から優等生すぎる」

「別に優等生なんかじゃないけど……でもありがとう、俊樹」


 俺はどうにか笑みを取り繕った。俊樹の隣に腰を下ろして、愛らしいペット特集をやっているテレビを見た。

 子どもの頃、育てた捨て猫のことを思い出すなぁ。


「晴将」

「何だ?」

「もし、木蓮の奴が無事で、それで杏を迎えにきたら」

「うん」

「寂しくなるな。この家」

「……うん」


 珍しく俊樹が素直な本音を伝えてくれた。

 俺も同じ気持ちだ。まだ出会って半年ちょっと、一緒に住み始めてから一週間ほどだけど……杏のいない生活なんて寂しくてたまらない。きっと。

 でも、杏は父親である木蓮さんのことを信じて待っている。杏のことを笑顔で送り出さないとな。

 杏と別れる時、俺はきっと陰で大泣きするだろうけど。



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