つごもり様・その8
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『――なにこれ、知らん』
ゴウンと音を立てて空調が風をかき混ぜる。
時計を見るともうすぐ20時になろうとしていた。
「知らないって……んなわけあるかよ!」
弥勒が僕を押しのけ西さんのスマホを覗き込む。
「お前のアカウントだろう! まだ4ヶ月しか経ってねえだろうが、村上の野郎になんて吹き込んだ!?」
弥勒に怒鳴られて画面の向こう側の晦は大きく首を横に振った。
『知らん、それ、そのアカウント、俺のじゃない』
しん、と静まり返る。
弥勒も、西さんも、僕も、そして画面の向こう側の日吉と彼らの後ろで飲んでいた男女も聞き耳を立てていたのだろう、驚いた顔でこちらを見ている。
『日吉、ちょっと見せて……』
日吉の承諾を得ずひったくったスマホをスクロールさせながら、晦は大きく狼狽える。
『――――――うわっ……うわぁ、なにこれ……えぇ……』
真っ白な頭髪の隙間から覗く赤い瞳が小刻みに震える。
晦は気分が悪そうに口元を片手で隠した。
『これ俺が取った写真じゃん……えっえ、……うそうそ、まじで? なにこれ……怖い怖い怖い……』
『これお前じゃねえの?』
スマホを奪われた日吉が晦の腕を掴みながら問いかける。
晦は額に汗をかきながら違うと再び首を振った。
『儂ぁ、てっきりお前じゃとばかり……』
『俺じゃねえよ! 俺ツイッター今”ビビデバビデガチャ爆死”しかやってない!』
「晦くんのじゃ……ない?」
西さんが思わずスマホを畳に落とす。慌てて拾い上げて今度は机の上に置いた。
『え、なにこのアカウントなりすまし? なんで? 俺に? お前らもこれ俺だと思ってたの?』
「晦くんいつもこんなこと言ってるじゃん! 人間大好き! とか、神様になりきって……」
『それをネットにそのまま書き出すほどリテラシー低かねえよ!』
身バレしたらどうするんだ! と憤りながらも晦は視線を日吉のスマホに向けたまま、こちらを見ようともしていない。
『えー、なにこれ……人……だよねえ、うん。人の仕業で間違いない。これ高木先生にあてたラインじゃん、なんで? どっから漏れた? ええ、うわぁ……なにこれどこに相談すればええん? 警察?』
『どうしたん?』
後ろにいた男女がスマホを持ったまま慌てふためく晦の周りに集まる。
晦はこれ、これ、と日吉のスマホを彼らの前にかざす。
『なりすましだよ。これみんな見て、俺のなりすまし』
『うそぉ、これなりすましだったん?』
『俺ずっと晦のだと思って……』
『そもそも俺今年夏期講習受けてないからね! 俺と要は三原のおばさんの8回忌で行けなかったじゃん! あとバイト抜けれんかったけぇ、ベッチャー祭りも行ってないよ!』
『じゃあこのショーキに追い回されてるこいつは誰なんだよ!?』
『知らねえよ、俺じゃねえよ!!』
画面の向こうから悲鳴が上がる。
弥勒も、西さんも絶句している。
あのアカウントの持ち主が、小江晦のものではない。
同じ表情で固まったままの二人を尻目に、僕は口を開く。
「DMは……」
『にゃぁ?』
「僕にDMを送ったのも、貴方様ではないのですか?」
あのDMの内容が頭の中を駆け巡り、違和感にたどり着く。
――――――なぜあなたは人のふりをしているのですか?
――――――話ふっかけてきたのはてめえの方じゃろうが!
小江晦は、人違いの可能性もあるだろうが、最初から僕を知っていた。
DMの主は以前から僕を知っている風で、前から好ましいと言いながらも挨拶は「はじめまして」と書いてあった。
『だから、知らねえって』
「あなたの本当のアカウントを教えて下さい。コピペしてお送り致します」
わかった、と晦は机においたスマホを取り上げるとビデオ通話が途切れ音声だけがこちらに聞こえてくる。
『んとねえ、@Bibidebabide_NYAね。ビビデバビデガチャ爆死って名前の』
「あった、これですね」
検索をかけると、そのアカウントはすぐに見つかった。
ナイチンゲールを模したゲームのキャラクターの公式画像を切り抜いてアイコンにしている。
フォロー数もフォロワー数も50人程度、軽くスクロールしてもガチャが大外れしている画像とゲームのプレイ感想以外投稿していない。
どこにでもいる普通のゲーマーアカウントのようだった。
僕は提示されたアカウントにツイタチさんから送られてきたDMを貼り付けるとそのまま送信ボタンを押す。
『きたきた、ちょっと待ってねヤビちゃん』
結局、彼は僕を多聞とは呼ばないようだ。
晦はDMを読み始めたのだろう、黙ってしまう。
『ドッペルゲンガー?』
『じゃあ坊っちゃん死ぬじゃん』
『詐欺じゃねえの?』
『高良兄さんは? 背格好だけなら一番坊っちゃんに似ちょるよ』
『似てるけど……ぱっと見た目だけだろ』
『杖はどこだよ? あの人足悪くしてんのに……』
『そもそも高良兄さんは晦みたいなアホみたいなこと言わんからなあ……』
『わからねぇよ。坊っちゃんのこと可愛がってるし、なりすましてバズって大林の叔父さんにドヤされるストレスを晴らしてるかもしれんぞ』
『なにそれこわい』
晦がDMを読んでいる間、音声だけが向こう側の音を拾う。
困惑しながら憶測を話し合う彼らに、日吉がやめろよと止めに入った。
晦はうわーだのひぇーだの声を漏らしながら、DMを読んでいる。
待っている間、弥勒はタバコを吸いながら指で膝をトントンと叩いて待っている。 苛立っている様子を隠そうともしていない。
西さんはブツブツとなにかを呟きながら、時折髪を指に絡めて目をぎゅっと閉じる動作を繰り返している。
――――暫くして、「読んだよ」という返事とともにスマホ画面が再びビデオ通話に切り替わる。
映り込んだ晦と、日吉、その後ろから覗き込む面々の顔色は総じて青かった。
『覚えがない』
俺じゃない、と晦は否定する。
そんな、というか細い声が隣に座っている西さんから漏れた。
『これ、まずいよ。駄目だよ。ツッコミどころ色々多いんだけどさ……』
「どこから違う?」
タバコの煙を吐き出しながら弥勒が尋ねる。晦はうーんと低く唸ったあと所々……と言葉を濁した。
「1つ1つ、順を追って話せ。俺はそのDMの内容が頭の中に入ってきづらい」
晦は弥勒の顔を見てぱっと顔をほころばせたが、すぐに視線を泳がせ気まずそうに話す。
『みーちゃん。まず”ツイタチ”って名前の神はいないよ』
「お前……」
最初から否定され弥勒は眉をひそめる。
「普段から自分が神だって言ってたじゃねぇか」
『いや、俺は神だよ? でもツイタチって名前じゃない』
弥勒に対しても声色のトーンが猫撫声から普通の青年のものに変わっている、演技をする余裕も消えたのだろう。頑なに神であることは譲れないようだが。
「でも、晦くん、私にツイタチのこと説明してくれたじゃん! 自分のようなイケメンの神だって……」
少し肩を震わせながら西さんが尋ねる。晦は目を大きく見開いて、首を傾げながら返す。
『しとらんよ』
「ちょっと!」
『誰に会ったの? 日吉も、秋津も……俺は夏期講習受けてないし、お前にそんな話した覚えない』
「言ったじゃん猪のことと……」
『猪の話? もしかして、晶お兄ちゃんの? 言ってないよ。言うわけなかろう。あんなおぞましいこと……』
「そんな!」
弥勒は真ん中に座る僕を押しのけると、悲鳴を上げた西さんの肩を掴み無理やり画面から引き剥がす。
「東京駅内のカフェで話したじゃない!」
『トーキョー? いつ? 3月?』
「6月だよ!」
『行ってないよ、6月に東京なんて……俺去年3月に行ったっきりぜ!?』
「嘘だ! あれは……あれは晦くんだった!! 晦くんが私に風土記を集めて配信するといいよって言ってくれたんじゃない! だから私は……吉川さんに……」
『なにそれ、知らん。俺じゃない……誰だ?』
西さんはあれは……あれは……と呟きながら頭を抱えうずくまった。
弥勒が彼女の背中に手を置いて軽くさする。
「待て、順を追ってだ。お前はツイタチじゃあないって?」
『そうだよ』
晦は入れ墨が入った腕をポリポリと掻きながら、近くにあったコップを手に取るとその中の水を飲み干した。
『だって俺の名前は晦だもん』




