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八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
十三話・「多聞」 つごもり様
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つごもり様・10


 ***


 

『わっかんねー! こいつは俺を騙ってなにがしたいんじゃ? 目的がわからん。可愛い通り越して流石に怖ぇー』

『お前でも、人を怖いって思うんじゃの』

『人じゃろうがなんじゃろうが、得体のしれんもんは怖いわ』

「なりすますなら、そのままを演じますもんね。この人は、あえて所々ずらしている」

「――――――……その手のやり口は、知っている」



 弥勒は灰皿にタバコを押し付ける。


「”つきはじめ”のやり方だ。真実に嘘を混ぜて濁らせる」


『ああ、「支部」の人たち』

『うッ……』


 教団つきはじめの名前を出した途端、日吉がバツが悪そうに顔をそむけた。

 あからさまな態度に弥勒がくくっと笑う。


「お前はなにか知ってんのか? 日吉勝。お前の親は東京支部の幹部だもんなあ?」

『知りません! ……儂はただの2世で……たまに手伝うだけで……そのアカウントの事も今日知りました』


 両手を前に突き出して大慌てで首を横に振る。


 後ろにいる若い男女も親や親戚が関係者なのだろう、目を背けながら「私も……」「俺も知らなかった」と声を上げる。


『本音に嘘を混ぜるのは末端を囲うためにやることで、基本漏れても問題ない情報しか話しませんよ。上層部の連中の口は堅いっす。現にやる気のねえ儂もこいつらも何も知らんし……』

「村上八朔は?」

『…………1回だけ、い、いや2回だけ会いました』


 よほど弥勒のことが恐ろしいのか、僕と同じように嘘をついて黙っていることが苦手なのか、日吉はあっさりと白状する。


『――――――教団内で「見つかったやつ」にタダで薬を配ってる奴がいるって噂になって……それがまたどえらいイケメンとかで……――――興味本位っつーか……い、いや俺は薬はやってないっすよ!マジで!そこの線引はキチンとしてるんで!』

「その薬の出どころは?」

『知らないっす! ほんまに!』

「ふーん。とりあえずは信じるぜ」

『ふう……――――村上の話しに戻りますけどうちの支部、4種類の人がいるんスよ。……――――社会からこぼれてきたやつと、親が信者だったりツイタチ信仰から流れてきたやつと、興味やノリで入ってきたやつ、本当に信じてるやつ。…………――――村上は……俺が話をした限りではノリで入ったの部類でした』

「本気の信者じゃないって?」

『はい。――――狂信的なやつって存外普通なんスよ。――――興味本位のやつはわざとらしく振る舞ったり、あえて試してこっちを論破しようとします。俺も「そんな事しょうたら御使いに食われるぞ」って村上に注意したんすけど、「来ないということはいないんでしょう」って笑ってましたから』

「何が目的か話していたか?」


 弥勒の問いにうーんと日吉は両手を組んで考え込んだ。

 村上くんと深く話し込んでいないのだろう。

 

 あ、と思いついたように顔をあげて人差し指を天井に向ける。



『「段階を踏んでる」って言うてたな』



 西さんと弥勒と顔を見合わせて、首を傾げる。


『まずはほんまもんの御使いをこの目で見んと……って……』

「罪を犯せば飛んできてくれるだろうと? そんな短略的な理由で?」

『あな、あな。まこと浅はかなこと。愚かなり。かのような事をしたところで、人が人でなしになれるわけもあるまいに』

「他は?」

『うーん。村上は新参者の中では上の連中のお気に入りじゃったが、柘榴様は快く思ってなかったな。しょっちゅう愚痴っとった。あれが入って空気が変わったけぇな』

「ほう」

『”つきはじめ”は晦彦神社の本部とは違って元々カルトじみとるが、あれが入ってきてより一層閉鎖的になったというか……――うまく言えねぇけど、なんか変わり始めた。親父もお袋も新しい目的が生まれたように生き生きし始めちょるよ』


 それを聞いて後ろの若者たちも心当たりがあるらしく、「わかるー」と各々声を上げる。


『一致団結っていうかやる事が増えたっつーか』

『催し物増えたよね。あと人も増えた。前まで集まってなんかするっていったら月1回あるかないかだったのに最近は毎週スタッフで呼ばれるもん』


 

 晦だけが興味がないのかはたまた本当に何も知らないのか、きょとんとした顔で首を傾げている。


 教団の空気が変わった時期が村上一家が入信した時期と重なる。


「教団と、村上、そしてその晦のなりすましアカウントが共謀してなにかをやろうとしてる……」


 その目的に向かう過程で、小江あかりさんと弥勒の部下は禍津物に襲われて死んだのか。


 御使いに……禍津物に憧れて人の道を踏み外した村上くん。


 段階とは、一体なんのことだ。


 僕は、西さんは、弥勒は、小江晦は、ただ巻き込まれただけなのだろうか。

 ――――――恐らく、その通りだ。


 小江晦の顔をもう一度じっと見つめる。


 湧き上がる感情は、申し訳ないという気持ちと畏怖。

 

 僕は役立たずだった。

 その上、主の名を騙られてるのに気が付かず怯えて無視をした。



 あの時。

 村上くんの家で、彼は僕を見つめたのは僕を心配していたからではないのか。

 僕が一方的に畏れて敬っていたから気が付かず、後ろめたさから軽蔑と勘違いをしただけで、最初から今までこの方は僕の心配しかしていないのではないか。



 弥勒も、西さんも、肝心なことが抜け落ちている。


 得体のしれないツイタチに踊らされて、見て見ぬふりをしている。


 このお方が、僕にテレパシーのような形で話しかけてきた事を。


 西さんの視線に威嚇していた事を。


 黒く染まった顔から、あの招き猫と同じ1つ目が現れた事を。


 決して見ていなかったわけではあるまいに。


 そもそも晦は何故僕が山上に会いに広島に行ったことを知っているのだろう。

 弥勒が話したとは思えないし、弥勒もその事を気にもとめていない。


 それが当たり前のように、受け入れられている。




 ――――――――この方は本物だ。





 支離滅裂でいい加減な妄想だとするなら、ツイタチのほうが完成度は高い。もはやただの直感に近い。


 ツイタチは真似をしようとしているだけだ。

 上辺だけなぞろうとして、この方の本物の愛玩が何たるか何も理解できていないのだろう。

 人が神を理解できるはずがない。

 神が人を理解できないように。


 それでも、この方こそ本物なのだ。

 自分を騙られても怒ることもしない。

 慈悲深いお方だ。

 何故、何故、違う。

 ただの狂人だ。

 違う。本物の神だ。



 ――――駄目だ。

 思考が塗りつぶされていく。

 彼の顔を染めた黒のように僕の頭を覆い尽くしていく。


 今はただ、見て見ぬふりをしていた僕をお許しくださった、その事実が嬉しくてたまらない。

 苦しくて、ただただ情けない。




「申し訳ありませんでした」



 溢れるように謝罪の言葉を述べて再び頭を深く下げる。

 空気のぬくさに反して畳は冷たかった。

 窓が雨風に吹かれ大きく音を立て震える。


 恐れや保身ではなく、心からの陳謝だ。

 僕がこうして再び頭を下げても、もはや誰も気にもとめない。

 僕が何者で、何をしたのか。

 僕は人ではないのだろうが、今こうして狂人に頭を下げる僕は、ただの人だ。



 忘れてもいいと仰言ってくださったのだから、お言葉に甘えなければ逆に無礼というものだ。


 晦が僕に気がつくと、満足気にニンマリと笑って「別にもうええよ」と軽く返した。




「ありがとよ、千鶴。もういいぜ。じゃあな、晦。今度会ったら遊んでやるよ」


『みーちゃん。待って!! あ、あの野郎……』

 突然なにかを思い出し、伝えようとした晦を無視して、弥勒は一方的に西さんのスマホの通話を切ってしまった。

 そしてすっと立ち上がると浴衣の帯を閉め直した。


「お兄ちゃん、もういいって……どうして……」

「本当に連中が繋がってるとしても、ここまで照らし合わせた情報は漏れても問題ねえ些細なことばかりだろうよ」

「だとしたら……」

「晦があのアカウントの主じゃねえってことだけで今日は十分だ」


 弥勒の声色は、柔らかく安堵したものであった。

 最初から弥勒は、晦があのアカウントと関係があるのか疑いながらも否定する材料を欲していた。

 それを手にして今日は満足したのだろう。

 顔もこころなしか晴れやかだ。


「これ以上深く探りを入れるのに、お前を付き合わせたくない」


 西さんは、なにか文句を言い返そうとしてぐっと押し黙ってしまった。

 

「俺はこのままここに泊まるが、お前らはどうする?」

 窓の外の霙は完全に雨に変わって、強い風とともに激しく打ち付けられている。

 僕も泊まります、と返した。あの荒れた部屋に、今は帰りたくない。

 両手の痛みがじわっとあふれるように腕から脳に伝わる。ひどく、腹が空いている。


 西さんは「私は帰る」と断った。

「台本を読み込んでおきたいの。もうすぐ稽古が始まるから」

 弥勒は部下を呼びつけると西さんを送るように言いつけた。

「いいか、なにか調べようだとか、探偵じみたばかな事やるんじゃねえぞ?」

「しないよ」

 女優になるんだろという弥勒に、言っても無駄だと西さんはわきまえた素振りをしている。

「本当に何もしないよ」

 西さんのスマホは突然通話を切られた直後から鳴りっぱなしだ。


「本当に、何もするなよ」

 さらに念を押す弥勒の目に冷たい光が差し込む。


 ――――大事な身内なのでは、なかったのか。


 彼女は、調べるだろう。

 禍津物に友達を、静江ちゃんを眼の前で狙われたのだから。

 黙って見ていることはしないだろう。


 弥勒も本当はわかっている。

 だから態とらしく忠告をするのだ。

 泳がせるつもりなのか。

 村上くんに復讐したいがために。

 

 ――――――実の妹なのに。


 西さんは震えるそれを強く握りしめ、ごちそうさまと頭を下げて部屋から出ていった。


 風呂に入ってくると、弥勒も続いて部屋から出ていく。




 一人きりになった和室でぼんやりと天井を見上げる。


 子供の頃、何者かになりたいと漠然と願ったことがある。

 特撮ヒーローや漫画、絵空事の主役でなくても、他者とは違うなにかになりたいと願う心は誰にでもあるだろう。

 消防士さん、警察官、パイロット、電車の運転手、パティシエ、お医者さん、様々に思い描くあこがれの職業。

 自分を中心に世界が動いたのなら、どれほど心が踊らされることだろう。


 実際に「何者か」になって抱く感情が、まさか恐怖とは思わなかった。

 包帯を巻いた両手を眺める。

 ズキズキとした痛みは絶え間なく後悔を生み続ける。


 小江晦の……彼の側に行けば、知恵を取り戻せるだろうか。

 スマホを手にとって眺める。


 ――――――――――――

 1月1日

 やーっと飲み会再開。話長いよみんな。


 1月1日

 やあ、こんばんは。


 1月1日

 貴方も物好きですね(笑)


 1月1日

 少なくとも、俺は本物のツイタチだよ。


 1月1日

 格付けチェック始まってるじゃん!!!


 ――――――――――――




「何が、物好きや」

 このアカウントを見ても抱く感情は軽蔑しか無い。


 ――――ああ、だから僕はずっと腹を立てていたのか。


 だからお腹が空いて仕方がないのだ。

 せっかくあのお方が馳走を用意してくださったのに、お前のせいで食いそこねたから。

 何が「人間大好き」だ。

 バカバカしい、偽物のくせに。



 ――――お前ごとき人風情が、あの方を騙るな。




 ――――――――――――

 1月1日

 中二病全開かよwwwww


 1月1日

 音楽はわからん、腕が良ければどんな楽器だって美しい音色じゃろて


 ――――――――――――



 広島に行かねばならない。

 あのお方に直接会って、謝らねばならない。



 僕が食いそこねたつみしろが、のうのうとまだ生きている。



 それは一体誰のことなのか。

 スマホを投げ捨て仰向けに寝転がる。



 ――――――――――――

 1月1日

 あ。


 1月1日

 クソ野郎がよ。


 1月1日

 やりやがったな


 1月1日

 よくも八野聖。


 1月1日

 タガメごときが。


 ――――――――――――



 全てが小江晦の妄想であるという線も、完全には捨てきれない。


 狂人が語る喜劇に踊らされることに、快楽を覚え始めている。


「あっはっはっはっは」


 乾いた笑い声が口から溢れ出る。

 ――――――僕は何故人のふりをしているのか。


 もう、どちらでもいい。


 あの方に蔑まれた「畜生」ではないのだから。


 暖房の風の隙間から、雨風に晒された冷たい空気が蛇のようにするりと頬を撫でた。

 今晩は冷えるだろう。

 深夜には、また雪に変わっているかも知れない。



 ほんま滑稽やなあ。

 あんまりええもんとちゃうで。

 これのどこが羨ましかったんや。


 なあ、村上くん。







 数日後。


 吉川静江が自宅で亡くなったと、氷見京子から連絡があった。




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