つごもり様・その7
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「あ……」
――――――――……ああ。あの、招き猫だ。
本当に、よく似ている。
思わず目をそらすと彼は吐き捨てる。
『――見ぬふりをするな』
途端、元の美しい顔立ちの青年に戻った。
彼は陶磁器人形のような顔を大きく歪ませて僕を睨みつけている。
憤る晦の様子に、画面の向こうで日吉らしき猿顔の男がオロオロとした様子で晦と僕の顔を交互に見つめている。
――――――――いい加減、見て見ぬふりしてんじゃあねえぞ。
広島の町中で呼びかけられた声を思い出す。
ツイタチが突如アカウントに鍵を掛ける前に聞こえた、ドスの利いた低い声。
『なんなん? 前さぁ、今更顔出してどういうつもりなん?』
「どうもこうも、初対面です」
『しらばっくれてんじゃあねえよ! そう振る舞えば許すと思うちょるんか!? 散々俺の呼びかけ無視したくせにさあ! 一ヶ月前も広島に来て、伊吹には会っておいて、俺に挨拶もせんと帰りやがって……なんなんほんまよぉ』
「あれは…………――やはり貴方様のお声でしたか」
『ほうよ。思い出したか? ようも無視してくれたな?』
晦はふーっと息を吐くとスマホの画面を少し近づけた。片手のビールを煽りながら困ったように眉をひそめている。
強くまくし立てる割には、覇気はない。
どうやら怒っていると言うより呆れているようだった。
『お前が食わんかったけぇ、あんなことになったんじゃろが。恥ずかしゅうないんかぁ?』
「僕が? 僕が……は?」
思わぬ話題に弥勒と西さんの双方が息を呑む音が聞こえた。
『お前のために用意した馳走やのに……もう知らん』
――――馳走。
つみしろのことだ。
禍津物へ、むやみやたらと人を襲わないように、人が差し出すようになった生贄。
「ぼ、ぼくは、禍津物なんですか……?」
DMが送られたときから、胃の中で抱えていた疑問が口からこぼれる。
その問いに、晦はわざとらしくはぁ~っ一番大きくため息を付いた。
『なに言うるんじゃお前?』
僕が無心で自傷に走るほど悩まされた事柄は彼にとって頓珍漢な返事だったらしい。
晦は僕の様子のおかしさにきがついたのか「んん?」と唸りながら身を乗り出して画面を見つめる。
日吉の顔も移らないほど真近くに寄せ、真っ赤な両目を細めてこちらを伺う。
二、三度瞬きをしておおきく首を傾げ、そして尋ねた。
『――――……お前、知恵どっか落とした?』
「ちえ?」
何のことかわからず、すがりついたまま弥勒を見上げる。
弥勒もわからないようで僕と視線が合うと困り果てた様子で首を横に振った。
晦はスマホ画面をゆっくり話しながら怪訝な表情を浮かべる。
日吉が晦を押しのけスマホを覗き込み僕の顔を見ると、あー、という何かを納得したように何度も頷いた。
『あなや、まことに』
日吉は途端無表情になると、そのまま唇だけを動かす。
晦は「やっぱり?」と呟くとかがみ込むように振り返る。
『これは何を申しても無駄であろう、晦彦よ』
猿顔の男は先程の狼狽えた様子とは打って変わり、落ち着いた様子で続ける。
『落としたと言うより、拙僧のように自ら手放したか……』
日吉は頬や耳が紅潮している様子から相当酔っているようだが、大きな三白眼からは正気を失っていない。
小首をカクッとかしげ、手に持っていたビールを床に置くと顎を指でポリポリと掻いた。
『でもさあ、呼んだら答えるじゃん普通さあ。お前だって。伊吹だって』
『それは拙僧が今隣にいるからだ。伊吹殿はもともと規格外。この者は何も知らぬが当然よ』
『そっかぁ……日吉。そうだよねえ』
『ていうかさ、あんまり巻き込んじゃるなよ晦。俺や千鶴は慣れてっからいいけどよぉ……藤原さんとその連れの人、面食らっとろうが』
途端、日吉は先程のように声色に抑揚を取り戻すと晦の白髪を思いっきりワシャワシャと撫で回す。
日吉は晦の神様ごっこに日頃から付き合っているのだろう。
僕も弥勒から離れて正座で座り直す。
先程のような冷や汗は止まったが、腕がまだ震えている。
『ごめんねヤビコ? 今の名前なんだっけ』
晦は首を上半身ごと傾けて僕に問いかける。
その声色にはもう怒りも呆れも含まれておらず、僕はわかっていただけた安心感でほっと胸をなでおろした。
「斎東多聞です」
『タモンね。おっけー、またヤビコって呼ぶかもだけど気にせんといて。あとさっきはごめん。忘れて』
「そんなことを言われても……」
『それよりみーちゃん見せろよ、浴衣のみーちゃん!』
随分とあっさりと熱は冷めてしまったらしい。
というより、先程もそこまで怒ってはいなかったのかもしれない。
弥勒への反応の直後だったために身構えたが、仮に約束を忘れてしまった友人に対する態度だと言われればその範囲を超えてはいなかった。
しかし、気にしないというわけにはいかない。
僕にかけられた呪は解かれていない。
晦の言い分を頭の中で整理する。
僕が食いそこねた馳走、とは小江あかりさんのことだろう。
そして、僕が食いそこねたから、あかりさんを村上くんに横取りされてしまった。
――――――DMの内容と異なっている。
実際、DMのように僕はなにもしていない。
村上くんが何を抱えて犯行に及んだか知る由もなかったし、ましては人食いの獣などでは絶対にない。
彼なりに事件を知っているようで、知ったうえで自分の妄想に都合がいいように解釈をしているのだろうか。
西さんが数ヶ月休学して彼の家にお邪魔していたし、そもそも小江あかりさんは親戚筋だ。事件について知らないはずがない。
それとも自分が神であるなら妄想の内容もその時々で変わってしまうのだろうか。
弥勒の言葉を思い出す。
晦の空想は多種多様で神の時もあれば風土記に出てくる白髪の英雄の時もあると。
自分が別のなにかであれば、空想に一貫性は必要ないのかもしれない。
そこまで考えて、そこは重要ではないと思い至る。
問題はその空想の延長であるあのアカウントが実際に人に影響を与えている点だ。
村上くんが凶行に走ってしまった要因。
人の罪悪感を増長させるアカウント。
警察署内で自殺未遂まで出している。
「晦くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
僕に飽きて弥勒に対し子猫に話しかけるような赤ちゃん言葉で語りかける晦に、西さんが困惑した様子で話題を変える。
『なに?』
「村上くんの事件についてなんだけど……」
ああ、と返事を返しながら晦はスマホを持って移動するととある高さで画面を固定させた。――――おそらく机の上においたのだろう。
画面の端に映る菓子の山に手を伸ばすと手羽先が入ったおやつを手に取る。袋を開け、両手で掴んで齧り付いた。
『あかりちゃんの? ああ、あれむごいよなあ、あの人もなんであんな馬鹿なことしたんかな』
「晦。その事件の犯人が誰だかわかるか?」
『誰って、村上八朔じゃろ。真っ暗な夜みたいにきれいな人ちゃん』
「禍津物じゃあねえのか? 俺の部下もそいつに殺されてんだが……」
『みーちゃんの部下も? ええー! 可哀想!!』
大げさな声を張り上げて、しゃぶり尽くして骨だけになった手羽を近くのゴミ箱に捨てる。
『いつ? あ、待って自分で見るね。…………んー、ん? ん……――ありゃ酷い。ルールもへたくれもあったもんじゃねえ、これだから畜生はよ……みーちゃん、大丈夫? つらいよね。可哀想……』
人差し指を眉間に押し付けてわざとらしい猫撫で声で弥勒に話しかける彼に、腕から首元まで鳥肌が立っていく。
この男には本当に弥勒が子猫にでも見えているのだろうか。
「単刀直入に言うね、晦くん。その村上くんは晦くんのSNSアカウントを見てあの犯行に及んだ可能性が高いんだよ」
『は?』
晦は驚いて目を見開いたあと、隣に座った日吉と視線を合わせる。
日吉は一瞬視線をそらした後、知らないと言わんばかりに肩をすくめた。
『俺のsnsアカウント? あのガチャ爆死しか呟いてないあれが?』
「うん。あのアカウント。あのね、晦くん自身に非があるわけじゃないと思うの。それはわかってるんだけど被害があまりにも多くて……」
『被害?』
『ああ、こっちのアカウントか……』
再び上半身ごと体を傾けてなんのことかとぼける晦に、日吉が自身のスマホをつけて晦に見せる。
後ろでアイドルの不倫話に花を咲かせていた男女がピタリと動きを止めこちらに振り向く。
『村上って、この返信じゃねえ?』
スクロールを止め、該当の返信を晦に見せる。
覗き込んだ晦はじっと凝視したあと、眉を大きく潜めた。




