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八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
十二話・「 」 DMより
39/203

DMより・下


 ***


 そういう強い制約を、私は禍津物どもに科しました。


 禍津物達を私の理に入れてやる事で、質より大きな力を与え、より一層こちら側に近しい……神に近しいものに仕立ててやりました。

 最初は無闇矢鱈と人を襲ってはいけない、という簡単なものを申請しようとしました。

 しかしそれでは禍津物どもも餓えてしまいます。

 管理している以上、餌を与えることも飼い主である私の責任ですからね。

 正直に申し上げますと、飢えて絶滅して欲しいのが本音ですけども。


 連中に科せた縛りとはこうです。


「私の領地内において、罪人のみ、食してもかまわない」


 苦肉の策でした。

 罪の神として、必要以上に罪のない人が食い殺されていくのを見るのは我慢なりませんでしたし、かといって連中に餌を与えないわけにもいきませんでした。

 他所の神に迷惑をかけてもいけないし、私の信徒ばかり犠牲にするのもシャクですがこればかりはしょうがありません。


 こうして、禍津物どもは悪人しか食べられなくなったわけです。

 人におきましても、悪いことをすれば食べられてしまうのなら、そうならないように日々本来持つ善性に従って、誠実に生きようと模索し、より良く進化していきました。過程で様々な風習や宗教が生まれ、信仰を必要とする神も力を増していきました。

 人が進化すればするほど、連中は餌を失っていきやがて緩やかに絶滅するだろうという目論見でした。


 しかし禍津物どもは小賢しく、縛りの穴を突いてくるようになりました。


 人をそそのかすようになったのです。



 これに関しましては、完全に私の落ち度で申し訳ありません。

 そこまで連中の「質」が深いものだと想定していなかったわけでは決してなかったのですが、所詮畜生だと甘く見ていました。

 人が風習や宗教を作り連中に上手く対応していったように、禍津物どももまた私の縛りを逆手に上手く立ち回るようになったのです。


 餌がないのであれば、作ればいいと。


 人は禍津物どもから逃げる為に、つみしろという贄を捧げるようになったのはご存知かと思います。

 最近では、小江あかりさんがそれですよね。

 人が禍津物どもの為に丹精込めて作った馳走は、たいそう美味しいそうですよ。

 他の人の罪を、しばらく見逃してやろうかと思うほどに。


 つみしろの味を覚えた禍津物どもは、自分でもつみしろを作れないかどうか模索するようになりました。

 まず私の存在を人に認知させる。そうすることで、狙った獲物を私の領域内に入れてしまい、襲っても良い人の条件に加えます。

 罪悪感で揺らいだ精神に付け入るように入り込み、その人の最も深い欲を増長させます。

 耐え難いほどの欲求を抱かせて、罪を犯させるのです。


 初めて観測した時は呆れましたよ。

 そこまでして食べたいという質は理解できますが……一体誰の入れ知恵によるものなのか。

 私もやられっぱなしというわけにはいきません。

 しかし穴を突いただけの罪を犯してない禍津物を駆除すると、そりゃあもう条例違反とかで周りから非難轟々ですので、私は人に擬態し連中を退治して回るしかできませんでした。


 昨今、神は神を中々殺せませんが、人なら神を殺すことが出来ます。

 人であれば神を殺しても、人の法で裁かれることはあっても神の法で裁かれることはまずないでしょう。


 実を申しますと、別にここまでする必要はないんですよね。

 でも人に擬態して人と交わるのは、私の癖といいますか……人にもケモナーがいる通り神にもヒトナーがいるんです。

 私はヒトナーですが変態ではありません。

 ただ人が好きで人を愛し人を愛でているだけなんで、癖を消費しつつ厄介事も未然に防ぎつつ禍津物の管理もできて一石三鳥とか考えておりませんので、本当偶然なんです。


 ――――――――――話を元に戻しますと、私は趣味と責務の半々で、人に擬態し諸国をめぐり、小賢しく言うことを聞かなくなった禍津物どもを駆除して回りました。

 しかし畜生は交わって繁殖しますので、数がどんどん増えて段々とキリが無くなってまいりました。


 そこで私はもう1つ、連中を縛ることにしたのです。


 二重の縛りは不可能ではありません。が、前例はとても少ないのです。

 ただでさえ面倒な手続きと連中に対する責任が増えるのです。


 正直、本当に嫌でした。

 でも、人が、私の愛する霊長が、畜生共の食欲のために、本来犯さない罪まで手を染めてしまう姿を、見て見ぬふりなど出来ない。


「罪を反省し謝れば、見逃すこと」


 そう、ツイタチ信仰ですね。この信仰はこうして生まれたのです。

 伝承ではつみしろが信仰から生まれた産物だと記されていますが、逆です。

 つみしろが先なのです。

 つみしろを作る過程が違えども、得体のしれないなにかに贄を捧げるという風習は古より存在しますよね。

 つみしろという名前こそ後から付けられたものですが、贄は信仰が生まれる前より存在しました。


 二重の縛りのおかげで禍津物どもも少しは大人しくなりました。

 そそのかす行為自体を禁じたほうが早いのは百も承知なのですが、何度も申し上げます通り縛るという行為自体簡単なものではないのです。

 手順と手続きが本当に面倒なのですよ。

 加えて私は腰を悪くしておりますので、その都度申請しに外出する事もたやすいことではありません。

 1度目の縛りより効力が弱い所為か、自決して2度目の縛りを解いて1度目の縛りのみで、私の理の恩恵を受けたまま世に跋扈する禍津物どもも出るようになりました。


 これはいけないと、最近では伊吹や日吉を始めとした島根のオフ会で意気投合した何柱かの神に声をかけ部下に……――――――それこそ眷属という単語がふさわしいですね、私の眷属として人に擬態した人でなしになって貰い2度目の縛りを解いた禍津物を探す手伝いをして貰っております。

 同時に人の法を学んで、連中を縛る時の参考にしております。


 彼らこそ、本当の私の「使い」なのです。

 ツイタチの御使いとは、彼らを指す言葉なのですよ。

 禍津物どもは、あくまで私が飼育して世話してやってるだけの畜生かちくにすぎません。



 さて、貴方の知りたい情報の最後の1つをお伝え致しますね。

 貴方は私のアカウントを認知し激しい罪悪感に苛まれているかと思います。

 その罪悪感の正体を掴めず、得体のしれなかった私に対して恐怖を抱き、戦々恐々と精神を削られていらっしゃるのではないでしょうか。

 はっきりと申し上げます。


 貴方は何もしていません。


 貴方は私を恐れ頭を下げるような事を何もしでかしておりません。

 全ては勘違いです。


 貴方は村上八朔に彼に何も出来なかったと悲観していらっしゃるのではないでしょうか。

 その悲観が勘違いを生んだのです。


 彼を止めねばならなかった。

 彼に気がついてやらねばならなかった。

 それらは後から生まれた後悔です。

 彼の傍に居て彼のことを一番理解しているという自負を打ち砕かれた悲観が、貴方にあるはずもない罪の意識を抱かせたのです。


 よく考えて下さい。

 人が何を考えているのか、わかるはずなど無いでしょう。

 貴方は彼の凶行を止めようがなかったのです。

 貴方が彼の凶行に責任を負う必要など、どこにもないのですよ。


 以前より彼の狂気に気がついていたなら、彼を止めることが出来たかも知れません。

 でも、貴方は知らなかった。

 彼が腹の中で抱えていた狂気に気が付かなかった。

 そう、見て見ぬふりすらしてないのです。


 いいですか、貴方はなにもしていません。

 面倒でなにもかも投げ出したと勘違いしていらっしゃるかと思います。

 面倒も何も投げ出した事など何も無いのです。


 私の存在を強く意識することで貴方の中にある罪悪感だけが増長し、その原因を探そうと躍起になっているだけです。

 貴方の罪悪感の正体は何も無いのです。

 貴方が感じる視線の正体は存在しないのですよ。


 そして、何もしていないことは決して悪いことではありません。

 私にとって好ましいとも言えるでしょう。

 貴方のそういう身の丈にそぐわない小心者な所は前から良いと思っておりました。

 彼女と同じくちゃんとわきまえている貴方はとても可愛らしいですよ。


 私が別の禍津物に当てた呟きの内容を、偶然目視し、ただ勘違いされたのですね。


 折角人が用意したつみしろを食いそこねた禍津物の名を八野聖はちやひじりと申します。

 タガメに近しい姿をした卑しきものです。

 実体を持たず、人の記憶の間を飛び回る汚らしい禍津物です。

 小賢しいことに自決し2度目の縛りを解いており、現在私と使い達で探しております。

 私の呼びかけを無視し、今も獲物を狙って情報の海の中を飛び回っております。

 私の慈悲にあぐらをかき、見て見ぬふりをするあの愚か者。


 やつは今も呼びかけにも応じませんし、あのアカウントも貴方を始めとした多くの人に迷惑がかかるようなので本当に近々整理し閉鎖いたします。

 伊吹には私からその節をちゃんと伝えますので、みーちゃん……弥勒ちゃんとあの人前で脱ぐのが大好きな可愛らしい女の人ちゃんに、出来れば貴方から事情の説明をお願いいたしますね。


 見つけ次第、人の手を借りて駆除する予定です。

 もう一度縛りをかけてやる情は流石に持ち合わせておりません。

 もし、見つけたらすぐに連絡をください。どこにいても駆けつけます。



 さてこれで貴方の知りたがっていた「得体」の正体をおおよそ知ることが出来たのではないでしょうか。

 貴方は何もしてませんし、それは決して悪いことでは無いのです。


 村上の件は気の毒でした。

 私がもう少し気にかけていればよかったのですが、人を愛していても人が何を考えているかなど理解できるはずもなく彼を凶行に踏み込ませてしまいました。

 彼の罪も私の責です。

 私の質が招いたことです。

 それでも私は彼を罰することが出来ません。

 私が大学へ進学しその卒業後法科大学院に入り司法試験を受けるとしても、決っして間に合わないことでしょう。


 人を裁き罰することが出来るのは人だけです。

 死後、神によって裁かれるという教えに従い生きている人も中にはいらっしゃることでしょう。仏教や伴天連の教えによくありますよね。

 そこまで謳うなら人の生前をもっとちゃんと導いてやれよと思うのですが、他所の考える教えとやらはよくわかりません。

 まあ、私もあまり干渉しすぎると怒られますしね。そういう距離感が大事なのでしょう。


 貴方は、私が裁く罪も、人に裁かれる罪も、何も犯しておりません。

「得体」は何処にも無いのですよ。


 どうか、恐れないで日々を安心してお過ごしくださいませ。

 不安が残るようでしたら、いつでもDMをして頂ければ幸いです。

 私に出来ることがあれば……お力になれることがございましたら是非ともご連絡ください。





 最後に、 お一つだけお尋ねしたいことがございます。






 貴方はなぜ人のふりをしているのですか?





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