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八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
十一話・「千鶴」 罪と罰
38/203

罪と罰・その6


 ***


 


「見つけて」しまったのか。


 御使いを、ツイタチを。


「見つかる」のではなく、こちら側から、「見つけて」しまった。

 だから。


 連中が、固唾をのんでいる。


 私に向ける視線は、明らかな困惑を含んでいた。

 何を怯えている。


 よくも。


 まっすぐに、純真に、高潔たろうと努めた彼女を。

 大多数の人間がそうであるように、ただの愚か者でしかない彼女を、よくもここまで穢してくれたな。


 お前らの所為ではないか。

 お前らが勝手なことをしたから。

 いや、肝心な時に何もしなかった分際で。


 ふうふうと息を繰り返し肺の中で暴れまわる熱を吐き出す。

 よく6秒間我慢すれば怒りは去ると聞くが、グツグツ煮えたぎる脳は冷めるどころか沸騰していく。

 外は雪が降っていた。

 口から漏れる吐息が私の視界を白く蝕んでいく。


 言葉を選ばなければ。

 この衝動に任せて彼女を傷つけてはいけない。

 彼女に対して怒ってなどいない。

 それは紛れもない事実だ。

 確かに彼女が私のアカウントを村上に教えたからだろうが、悪いのは村上であって彼女ではない。


 もっと厳密には村上に対してすら、怒りを覚えていないのだ。

 随分勝手で愚かな事をしたと思う。

 どんな理由があっても、人を殺してはならない。


 だが、元はと言えば放置したあいつらが悪いんじゃないか。

 放置? 何を。

 わからない。

 ただ、くだらない理由だとはっきりと察した。

 

 面倒くさがったんだろう、元から不真面目な奴だ。

 一番自分が彼に近いと勘違いをして、己が立場にあぐらをかいていたような奴だ。

 だから、逆に村上ごときに見つかってしまったんだろう。


 やつとは誰だ?

 知らない。

 私は、《《誰に対してそんなに怒っている》》?


 わからない。知らない。この視線の正体か? それとも――――



「《《黙って見てないで》》、《《なんとか言ったらどうだ》》?」



 ――――自分でも信じられない程、低い声が出た。


 聞き覚えがあるその声色は、私のものではない。




 ひゅっと息を呑む音が聞こえて、部屋中に溢れた視線が途切れた。



 蝿が飛び回る音がする。

 これははたしてゴミに集る蝿なのか、耳鳴りなのか。

 時間が4,5分ずれた時計が正午の知らせのエーデルワイスを奏でる。


「消えた?」


 私に対してだけではないのだろう、吉川さんもまた部屋中をキョロキョロ見回している。


「いなくなった?」

「……私は、怒ってないよ。吉川さん」


 立ち上がり、鞄を肩にかける。

 彼女は顔から憑き物が落ちたように、ぽかんとしながら私を見上げた。

 微笑んで、彼女を見下ろす。


「許すよ。だから、もう大丈夫」


 その言葉を聞いても尚、状況を理解していない彼女は口を大きく開けたまま私を眺めていた。


 大丈夫だという、根拠はどこにもない。


「因習を作るのは人だよ」


 彼の言葉を思い出す。

 過度な規律も、変わった風習も、土地の”いわく”も作り出すのは人だ。

 呪いとは結局気の持ちようなので、私が許したのだから彼女はもう大丈夫だろう。

 私が許したのだから、罰する必要はない。


 それでもなお、喰らおうとするなら、きっと彼は黙ってはいないだろうから。





『千鶴か?』

 玄関先に転がったマカロンの入った箱を回収し、彼女の家を後にした直後に兄から電話がかかってきた。

 いいタイミングだった。

 体中が臭くて不快でたまらない。

 電車には乗れない。

 バスも無理だ。

 自宅より大して離れた距離ではないが、歩いて帰るには遠すぎる。


「お兄ちゃん。丁度良かった。ちょっと迎えに来てくれない?」

『それは構わねえけどよ、俺もお前に今、用があるんだ』

「なーに?」


 今か……と面倒くささを感じつつ、足を借りようとしている手前断るわけにもいかない。

 何でも無い風を装って返事を返す。


『お前に紹介したい奴がいる』

「誰?」

『お前の同じサークルにいた、斉東多聞って男を知っているか?』


 ――――何故、と喉から出そうになる言葉をぐっと飲み込んだ。


 今し方同じグループにいた友人と会ってきたばかりである。


「知ってるけれど……彼がどうかしたの?」

『……うーん、ちょっと電話では話しづらい。お前……というよりお前の彼氏に話を持っていきたいんだよ』


 斉東多聞が、彼に?

 何を。


「晦くんなら、お兄ちゃんは連絡先知ってるでしょう? 直接電話すればいいじゃん。こんなお正月にさぁ、なんで私を介する必要があるの?」


 早口にどこか棘のあるようにまくし立ててしまい、少し後悔した。

 あの部屋で感じた怒りがまだ収まっていない。


『アイツは包み隠さず何でも話すけどよ、だからこそ信用できねえっつーか……あえてお前から……アイツを知っているやつの客観的な視点がほしいのよ』

「――――晦くんが、どうかしたの?」


 胸がざわめく。嫌な予感がした。真っ先に思い至った事を、兄は続ける。


『ツイタチ様というアカウントがあるのを知っているか?』


 ――――やはり、そこに繋がるのか。

 

 タイミングが良すぎて口の端が歪む。

 まるで計算されているようだ。


「――――――……うん。ついさっき知ったよ」


 隠してもしょうがないので、こちらも素直に返事を返す。


「……村上くんが私のアカウントといっしょにフォローしていたんでしょう?」

『……なにかあったのか?』

「別に、なんでもないの。久々に友だちと会って、その話題になっただけ。奇遇だね」

『本当に、なにもないのか?』

「無いってば、大丈夫だよ。で、そのツイタチ様のアカウントがどうかしたの?」


 フーっと息を吐く音がした。

 またタバコを吸いながら電話をかけているのだろう。

 一息ついて兄は続けた。


『そのアカウントの持ち主が、晦かもしれない』

「はあ……」


 彼氏のアカウントは知っている。

 趣味のゲームの考察やファンアートを引用して感想を述べるだけの小さなアカウントで、名前も意味のない単語を定期的に変更していた。今は確か「ビビデバビデガチャ爆死」だった気がする。

 ツイタチ様という名前を用いてはなかったはずだ。

 インスタとフェイスブックは本名で登録している。


「そんなの、ますます本人に直接聞いたほうが早くない?」

『本人に知られたらまずいことがあるから、お前を介したいんだよ』


 彼に知られるとまずいこと。

 村上が、宝物のように目を輝かせたアカウント。

 友人を破滅寸前に追い込んだアカウント。

 人が好きな彼が、そんな恐ろしいアカウントを作るとは思えない。


「本当にそれ晦くんが作ったものなの?」

『わからん』

「わからんって……」

『ただ、俺と多聞だけじゃあ判断ができない。時間がないんだ、今行く。どこにいる?』

「待って、斉東くんもいるの?」

『そうだが』

「ごめん。一旦家に連れて帰って。着替えたい」

『本当に、何があった?』

「何も無いってば! コーヒーを零したから着替えたいの」


 よくわからない液体で染みだらけになったワンピースの端を握りしめる。

 フリルの中から蝿が飛び出てきたが、もう鳥肌すら立たなかった。

 一刻も早くすべてを洗い流してしまいたい。

 こんな姿を見られればますます怪しまれるだろうが、どうしても歩いて帰りたくなかった。回復してきた鼻が、異臭を全身に運び始めていた。


「京子と3人で行ったレストランあるじゃない、中華の。あの店の前で待ってるから。お願い」

『わかった。すぐ行く。ああ、あと俺が付くまで絶対にツイタチ様のアカウントを覗くなよ』

「なんで?」

『それも後で説明する。とにかく、絶対に見るな』


 そこまで言うと一方的に電話を切った。

 中華レストランの前まで付くと、この臭いを身にまとったまま中に入るわけにも行かず寒い中一人で待つことにした。


 ――――見るなと言われれば、見たくなる。

 

 スマホを操作し村上のアカウントを開く。

 私的なアカウントからはブロックしていたのでそれを解除してフォロー一覧を見る。

 ログインすること避けて8月から更新していない私の女優業宣伝アカウントと、もう一件ツイタチ様というアカウントが2つだけ並んでいる。こんなアカウントからフォローされた記憶はない。

 アイコンはあの村でさんざん見かけた奇妙な招き猫。ヘッダーは尾道駅の写真。映り込んだ腕に入った見覚えがある入れ墨。確かに彼のものだ。


 ――――――――――――

 1月1日

 あけましておめでとー!!今年も一年人間讃歌!!

 人間が楽しく幸福に生きていけるように頑張ります!!


 1月1日

 どうぞどうぞ参拝していってね!!今ならたんまりご利益あげちゃうよ!


 ――――――――――――



 確かに、彼のいつものテンションとよく似ている。

 似たようなことを常日頃、彼はよく喋っている。

 呆れる程のしょうもなさも、同じだ。

 恐らく、彼のものなのだろう。


 このアカウントをみて、村上は何を思ったのだろう。


 一体このアカウントのどこに、輝く一筋の光が見えたというのだろう。



 ――――人を殺すほどの、何があったというのだ。



 朝から降り始めた雪が、辺りを白く染めていく。

 傘を持ってくるべきだった。寒くて仕方がない。


 彼の毛髪のように白いそれを、兄が来るまでただじっと眺めていた。








 

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