↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八朔日の贄  作者: 絶山蝶子
二十三話 「私」 八朔日の贄
174/203

八朔日の贄 その3


 ***


 山上はクラクションを鳴らしながら頭だけ窓の外に顔を出し、短くなったタバコをペッと地面に吐き出した。


「畜生を退治するには、どうしてもひとの身には負荷がかかる。”知恵”を駆使しそのまま放っておけば肉体は溶解し人としての生はあっけなく終わってしまう。が、あの方が用意してくださった馳走を喰えば肉体は多少は長持ちをするんだ。」

「朔也は……――――」

「人が用意するにえ……”つみしろ”と呼ばれるソレでもいいが、血や糞便には穢が交じるからな。神が用意した、自身の肉を分けた、《《半神半人》》。人の肉より栄養価も高い上に純粋な神じゃないから《《神権もない》》。貴重で極上の贄《エネルギー食》……――――《《晦彦様のお子様》》だ。」

「……ッ!」


 村上は頭を抱え自身の毛髪を指で掻きむしる。


 ――――選ばれているのは、やはり自分ではない。


 わかっていた。

 朔也がこの世に生まれ落ちた時から。

 自分とは……――――人とは違うのだと。

 醜くも浅ましい嫉妬が鎌首を上げ蛇のように喉元に巻き付いて締め上げる。

 端から見れば悲惨でしかない正体も、唯一無二にこがれ続けた村上にとっては喉から手が出るほど羨ましくて仕方がなかった。


 ――――どれほど人を誑かそうと、村上は所詮、ただの人でしかない。

 例え消費されるだけの存在であっても、神に選ばれた存在になれるのなら、その全てを投げ打っても構わなかったというのに……


 村上は自身の頭皮に爪を立てながら奥歯が軋むほど強く歯を噛みしめる。

 山上はその一部始終をバックミラー越しに眺めながら続ける。


「晦彦様と元奥方の交配した種をお前の両親が育んだ肉に交える。魂のない、死産するはずだった空っぽの肉体に……そうして生まれた半神半人を俺達に褒美や馳走として振る舞われた。いたずらに畜生を生み出した責任を、文字通り身も心も引き裂きながらな……」

「晦彦様は……――――」

「気丈に振る舞われてらっしゃるが、傷ついてもおられるよ。こっち側だって一枚岩じゃねえ。”現し世”でのさばる理由に、そうでもしねえと《《納得できねえ輩》》もいる……――――半神半人なんてそれこそ晦彦様の眷属じゃねえと滅多に喰えるもんじゃねえしな。だがあの方は違う。今回だって……――――既に情が湧いてしまわれた。」


 山上はタバコの箱をカサカサと数回振ったが、中身が空とわかると躊躇いもなく路上に投げ捨てた。口寂しさから突き出した下顎で上唇を噛む。


「情が湧いてしまう前に子供を喰い殺すのが、俺らの役目でもあった。建前上、それが晦彦様に科せられた…………――――《《自身に科した罰》》だからな。だが、アイツは……拘鞁羅八尾虎天王くべらややびこてんは……」

「喰いそこねた……――――あの子を。」


 ――――そして、遅れを取り戻そうとして、獲物を甚振って遊んでいる。


 一体何処までが娯楽で何処までが責任なのか。

 人間の概念では計り知れない神の事情に村上は口元に乾いた笑みを浮かべる。

 半神であっても人の血が交じれば、消費される為の命でしかない。

 それでも、村上は妬みを捨てきることが出来なかった。


「現し世で増えすぎた畜生を、見つけた奴が駆除する。半分は責任で半分は趣味だ。見ろよ、アイツを……――――楽しそうなこって……」


 山上に促され村上は顔を上げ再び雨上がりの空を見る。

 先程より傷を負わされた大蜈蚣がゼイゼイと荒い息を繰り返しながら、周囲を蚊のように飛び回る斎東から逃れようとその巨体を捻じっていた。


「アイツは武神なんだ。」

「武神……?」

「ああ……――――……俺達の世界は長い事平和でね……神同士が争うには何かと許可と書類、そして免許が必要なんだ。」

「法律があるのか?……――――秩序を維持するためにか?」

「お前らから見たらだいぶ治安は悪いがな。まあ、そんなだから武神に生まれたはいいが戦う相手がいなかった。暇つぶしに晦彦様に倣って人を愛で始めたはいいが、これにも許可や書類、免許など多岐にわたる資格がいる……あ、これはあくまでお前らの概念に置き換えた場合の話な?」


 山上は缶コーヒーと薄汚れたティッシュでギチギチに詰められたゴミ箱を片手にもつと助手席にひっくり返した。

 視線は前に見据えたまま左腕を伸ばしゴミをあたりに散らかしながら漁ると、半分だけ吸ったシケモクを見つけ、躊躇いなく口に咥えた。


「奴は俺と違い、晦彦様に心酔していた……――――《《その上で丁度良かったんだろう》》。害獣退治の手伝いを申し出た。」


 ゴポリと蜈蚣の頭部に張り付いた女の口から青い血が溢れる。

 痛々しいその表情に村上は思わず目を反らして自身の膝の上で握りしめたままの両手に視線を戻す。


「神として扱うなら取るに足らない害獣だが、人の皮を被ったひとでなしとしてなら、《《対等》》に……いや《《苦戦できる》》。《《全身全霊で戦うことが出来る》》。」

「……――――悪趣味だ。」


 村上は軽蔑を込めて吐き捨てるとまぶたを閉じて斎東の顔を思い浮かべる。

 浅黒い肌をして肩まで伸ばした金髪と、細い目が特徴の何処にでもいそうな男だ。臆病で虫を殺すことすら悲鳴を上げそうな、いかにも人畜無害だと言わんばかりの情けない雰囲気を出していた男だ……――――全てはカモフラージュだったのか。

 多摩の縛りがどれほどのものだったのか、恐らく三次家由来のものならば厳重で深い縛りだったはずだ。凶暴な本性に蓋をしたのは、傍にいた多摩自身の身柄を守るためでもあったはずだ。


 ――――獲物を甚振る為の皮であるなら、悪趣味極まりない。


「本当に、お前らにとって俺達人間や……畜生と蔑む動物たちは……快楽で消費する為の道具《餌》でしかないんだな……」

「んな事はねえよ!晦彦様と俺等御使いを《《他の連中》》と一緒にするな!」

「《《一緒》》だよ。人間にとって、なにもかも一緒だ。区別なんか付きやしない……――――それより、斎東はもう長くないのか?」

「……――――だろうな。」


 山上は「ああ、そうかよ」と吐き捨てて窓にぶち当たる小さな怪異に低く唸り声を上げながら威嚇をした。車が進む度にジュワジュワと音を立てて蒸発し、フロントガラスを虹と泥が混じった歪な色をした煙が遮る。


「それじゃなくても、多摩の野郎から奪われた”知恵”を取り戻して肉体はボロボロだった。」

「だが弟を食べれば生き延びられる……」

「ああ……でも、どうだろうな。あれだけ派手な戦闘じゃ、肉体は相当ガタが来てる。今更喰った所で長持ちはしねえだろ。朔也ちゃんで10年前後、人の用意したつみしろで精々半年から1年ってところか……」


 村上はその言葉を聞いて一度無言で俯くと、ふうと一息ついて膝を組み背もたれに身を預けながら顔を山上に向ける。そして留置所で向けたものと同じ、真っ黒い宝玉のような瞳に心から軽蔑の色を含んで睨みつけた。



「……――――お前は……」

「あ?」

「なんで《《お前は》》……――――《《無事なんだ》》?」




 何のことかさっぱりわからない様子で山上の眉がへの字に曲がる。

 その様子に村上は更に眉間に皺を寄せて声を少々震わせながら続ける。


「東京の地震……――――建物は倒壊したのに死者が一人も出なかった……それどころかインフラに影響はなく異例のスピードで回復していったな……」

「あまりでけぇ災害起こすとうるせえ御方がいらっしゃるんでな。で、それがどうかし……――――」


 山上は村上が何を言わんとしているのか理解した。

 ブレーキを踏み、傷が付き視力のない右目を見開いて思わず後ろを振り返る。


「何故、《《斎東のように肉体が溶解しない》》?」

「…………」


 村上は自身の喉から漏れる吐息にわずかに熱が交じるのを覚えながら続ける。


「地震だけじゃない、ここに至るまで、お前はその威嚇で多くの動物たちを消し去っている。今だって蒸気で前が見えないほどだ……――――斎東も西も、わずかな”知恵”を使うことすら躊躇っていたのに……」

「……それは……」

「あれ程の大蜈蚣はそうそう出ない。それでも最初に宇摩志多智花津隠里比古神様が斎東と退治しようとした禍津物もその規模ではないのだろう。だが、斎東はそれすら《《見て見ぬふりをした》》。極上の馳走を前にしても、逐一許可や申請を経て地上に降りるのが面倒だからだ……――――山上、いや伊吹大和神いぶきやまとのかみ、お前はどうだ?」

「…………――――俺はただ……朔也ちゃんを……」

「早いもの勝ちだって?会った事もない俺の弟を気安く呼ぶな。」

「…………」


 村上は再び姿勢を真っ直ぐ座り直すと、ありったけの憎悪を込めて山上を見つめた。




「お前は、今まで……――――一体《《何人喰い殺した》》?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。