ピンチかも?
ハロウィンです!
季節が巡り、秋になった。
「なっちゃったよ…ピクシーズムーンに…」
ミリエールは頭を抱えた。
この世界の収穫祭、いやハロウィンのようなもの、それが妖精乱舞月…ピクシーズムーン。
この月は、妖精が大量に訪れるとされていて、イタズラを防ぐために窓辺もしくは門前に菓子をバスケットに入れておいておく。
子供はそれを自由に食べてもいい。そこはハロウィンに似ている。
ただ…この期間に致すとピクシーが宿り、子宝ができやすいとされる。
そのため、未婚の者が致すことはほぼ厳禁とされている。
繰り返そう。
未婚の者がそういった行為を致すことは厳禁とされている。
婚約はした。
だが、残された時間は1年とすこし。
ここでの1ヶ月のロスは大きい。
「どうしたら…」
そして悩みはもう2つ。
建国祭の夜にパトリックにプロポーズされ、ミリエールの親の暗躍もあり、無事婚約を結んだのだが…
ーーーパトリック・フリンの戦死は避けられたかもしれないけど…
結婚すればパトリックはケムダー家に婿入りする。
『愛しき君と勝利の剣』通りの死は避けられたかもしれないが、確実とは言えない。
彼の性格上、国が襲われれば剣を取り、友を救う道を選ぶだろう。
ーーーまあ仮説通り、『ケムダー家が平和に暮らせるように幸運で国が持っている』とすれば、その心配はないんだろうけど…
そればかりはその時になってみないとわからない。
それに、
ーーー呪いのこと、パトリックにも話さないわけにはいかないよね…
婿になると言うことは、一族に加わると言うことだ。
呪いのことを話さないのは詐欺みたいなものだ。
「もー!どうしろっていうのよ!」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
今日も今日とてセラフ邸でお菓子を作る。
ピクシーズムーンに入ったのでいつもの倍だ。
「こうしてミリーとお菓子作りするのもあとわずかね」
ヘラで生地を混ぜながらエレオノーラがポツリと呟いた。
「え?」
「だって婚約したんでしょ?パトリック様と」
言われて頬が熱くなる。
「騎士団、お辞めになるのよね?」
「それなんだよねー」
ミリエールはカスタードを混ぜる手を止め天を仰いだ。
パトリックはケムダー家に婿に入る。
実務的なものはミリエールが行うことになるかもしれないが、実質次期伯爵だ。
鍛治師の息子が次期伯爵ーーそれも幸運のケムダー家の婿養子になるのは一大センセーションだった。
「覚えることも多いし、騎士を辞めることになるのかな…」
それはやだな、とミリエール。
好きなことを自分のせいで諦めては欲しくない。
もっとも、原作通りの死を迎えるのはそれ以上に嫌ではあるが。
「複雑な乙女心ね」とエレオノーラは笑い
「まあ、2人でよく相談するといいわ、時間はあるのだし」
と言った。
ーーー時間ないから困ってるんだよ
というミリエールの心の声は誰にも届かない。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「そう言えばフルムーンマスカレイドには参加するのかい?」
いつもの休憩時間、マクシミリアンが尋ねてきた。
フルムーンマスカレイド…妖精王舞踏会はピクシーズムーンの満月の夜に行われるカーニバルだ。
妖精王が遊びに来るとされていて、この時ばかりは、貴族も平民も関係なく仮面をし、
街で酒を飲み、特別な料理に舌鼓を打つ。
当然出会いはあるが、子宝月間の為、最後まで致さないのがマナー。
「私は不参加ですわ」とエレオノーラ。
「あれはパートナーのいない者の祭りだろう?」
続けてパトリックが答えれば、マクシミリアンはニヤリと笑った。
「そうだよなー、お前は可愛い婚約者がいるもんな」
それを聞いてミリエールは顔を赤くして俯く。
「いやらしい言い方をするな!」とパトリックも赤い顔で声をあげると、
すまないすまないと彼は笑いながら謝罪し
「でもな、独り身だけのイベントというわけでもないんだな」
と指を振った。
「今の主流はカップルで二枚貝を使った装飾品を身につけて参加らしい」
「参加したい方が多かったんでしょうね…」
と紅茶を口にしながらエレオノーラ。
「二枚貝の…」
ミリエールが呟く。それに即座にマクシミリアンが反応した。
「お、興味あるのかい?ミリエール嬢」
「あ、行ったことないので…」
ミリエールとエレオノーラは18歳。まだアルコールも飲めない。
そしてそれ以下の年齢の娘の夜間の外出を貴族の親は基本的に許可しない。
「なら行ってみるかい?」
マクシミリアンがウインクを一つ。
「私はいけませんわ」
とエレオノーラは紅茶を飲みつつ二度目の不参加宣言。
「えー」と子供のようにマクシミリアンは声を上げた。
「なら、ミリエール嬢はリック、お前が連れて行ってやれよ」
「………行きたいのか」
「あ、いえ…」
尋ねるパトリックにミリエール。
パトリックとデートという意味では行きたい。
興味があるのも確か。おそろいの装飾品もいい。
だけど、それはフルムーンマスカレイドでなくてもいいわけで…
「そうか…」
濁すミリエールパトリックは応えた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「リック、待って」
数日経って、ミリエールはパトリックを呼び止めた。
握りしめているのは二枚貝をあしらったスカーフ留め。
「これ…祭りの…」
結局彼女は用意してしまった。
「一緒に、フルムーンマスカレイドに行ってくださいっ」
言って、パトリックにスカーフ留めを差し出す。
パトリックはふっと笑った。
「先を越されてしまったな」
そういって彼はスカーフ留めを受け取る。
「当日は警備担当から外してもらうから待っていてくれ」
とは言うが、初めから入れないよう休みをとっていたのは秘密だ。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
日が沈み、大きな銀色の月が昇る。
どこからか聞こえてくる陽気な音楽。
妖精王舞踏会フルムーンマスカレイドの夜がやってきた。
舞踏会とはいうものの、カーニバルに近い。
黒やオレンジ、赤を基調にした衣装にペアの装飾ーーミリエールとパトリックはストールを身につけ街に繰り出す。
街を彩るのは無数のランタン。出店が並び、街のあちらこちらにバルがある。
おしゃれな衣装の仮面姿の人々が行き交うそこは…
ーーー某巨大テーマパークのハロウィンみたい
ミリエールは心の中で呟いた。
人混みの中、パトリックはミリエールを守るように腰を抱いてゆっくりと進む。
建国祭の夜会よりもエスコートに慣れたように感じた。
「どこから見る?ミリーは酒が飲めないから料理か?」
「人を食い意地張ってるみたいに言わないでくださいっ!」
とはいうものの、肉の焼ける香ばしい香りや、目の前のテーブルの見たことのないチーズ、それに屋台に並ぶ異国のフルーツにどうしても目が行ってしまう。
「ははは、俺も腹が減っている。何か食べよう」
パトリックはそういうと、彼女を近くのテーブルへと案内し、屋台へと出かけて行った。
視線で背中を負うが、人ごみにのまれすぐに見えなくなってしまった。
一人で取り残され、ミリエールは少し不安になる。
「あら?あなたは…」
そんな彼女に声をかけたのはどこかで見たことのある女騎士だった。
巡回中なのだろう、騎士の制服姿で仮面はつけていない。
「リビエラ様?」
「その声、やっぱりミリエール嬢ね」
少しいいかしら?とリビエラは彼女の前の席に座る。
「話したいことがあったの」
彼女はそう言って……わずかに、そうわずかに感じる程度ではあるが目つきを鋭くした。
「単刀直入に言う、リックを解放してあげて」
ぴしゃりとしたその言葉に、ミリエールは息をのんだ。
建国祭の夜の、第一印象そのものの彼女だ。
「彼は根っからの騎士よ、爵位こそあるけれど貴族じゃない。
伯爵にするなんて…そんなことのために彼を辞めさせるのは間違ってる」
「………」
「答えられないでしょう?
幸運の一族といわれているかもしれないけど、彼の誇りを奪うことが本当に幸運?」
リックは…と、リビエラがさらに続けようとしたとき、
「俺がどうかしたか?」とパトリックは戻ってきた。
手にはマグに入ったドリンクに、カナッペの皿を持っている。
「「リック」」
声が重なった。
リビエラはがたりと席を立つ。
「お前、確か今日は巡回では?」
買ってきたものを机に置きながら訪ねるその声は冷たい。
「あ、ああ」
「サボっていていいのか?」
リビエラを冷たく見やり、低い声でパトリック。
「い、今行くところだ。では」
リビエラは気まずそうに逃げるように去っていった。
その後姿を見やり、パトリックはため息を一つ。
「大丈夫だったか?ミリー」
そして先ほどと打って変わり優しい声で、ミリエールに声をかける。
「は、はい」
「あいつの言ったことは気にするな」
「ですが…」
騎士を辞めさせることになる…それは事実だ。
「心配するな」
ミリエールの髪をそっと撫でてパトリック。
「確かに騎士であることは俺の誇りだ。だが」
瞳を閉じ、一度深呼吸をする。
「騎士でなくとも、騎士でないからこそ守れるものもある。
それに辞めたところで弱くなるわけでもない。剣も捨てない」
いいか?と彼は優しく尋ねた。
「はいっ!」
彼の眼を見て、ミリエールが答えると、パトリックは優しく微笑んだ。
この世界の子供は、ピクシーが子供になると信じています。
だから、お菓子を食べてもいいのです。
そしてピクシーズムーンの約10ヶ月の出生率は馬鹿高いです。




