話します
ピクシーズムーン編、後半です
フルムーンマスカレイドの夜が更ける。
月は頂点に輝き、星々も煌めく。
ランタンの並ぶ小径。
「「………」」
ミリエールとパトリックの間に気まずい雰囲気が流れ始めた。
というのも、食事を終え見物をしているうちにうっかり入り込んでしまったのだ。
………宿屋通りに。
意識して後戻りするのも、足早に先に進むのもはばかられ、二人そろって立ちすくむ。
ーーーピクシーズムーンでさえなければっ!!
そうは思うが残念ながらピクシーズムーン。
ミリエールの腰を抱くパトリックの手が震えている。そして熱をもっている。
ミリエール自身も手に汗をかいていた。
「リック…もしかして…」
彼女が口を開く。パトリックがごくりと唾をのんだのが分かった。
「………慣れてる?」
「そんなわけあるかっ!」
赤面してつっこむパトリック。あはは…と彼女は笑った。
「仮に慣れていたとして、俺をピクシーズムーンに女を宿に連れ込む男だと思っているのか」
「ないですねー」
笑ったままミリエールにパトリックは頭を振った。
ピクシーズムーンに宿屋に連れ込むーー子供ができても構わないと思っているということになる。
未婚でそれはかなりまずい。
前戯だけ…という者もいるにはいるが、だいたい我慢ができず…
それがピクシーズムーンに致してはいけない理由だ。
「戻りますか?それとも…」
ミリエールが言いよどむ。それとも…の続きは宿に入って休みますか?だ。声には出さなかったが。
「お前は…」
「私は構いませんよ」
ミリエールは言った。ドキリとパトリックの胸が高鳴る。
理性が試されている…そう感じた。
「それに…お話したいこともあります」
そんな彼の瞳を見つめて彼女は続けた。
話…とパトリックは呟く。
「それは人目のある所ではダメな話か?」
尋ねるパトリックに彼女は頷いた。
しかしこのフルムーンマスカレイドの夜に宿で二人きりはまずい。
いくらパトリックといえど理性を持たせる自信はなかった。
「あ、明日、必ず時間を作る」
パトリックは言った。
「今夜は帰ろう」
「はい、お約束です」
そして二人のフルムーンマスカレイドは終わった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
翌日の夜、ミリエールはパトリックを待っていた。
秘密を話せば拒絶されるかもしれない。
誰だって呪いを背負うのは嫌だ。
でも、好きな人を信じるほか道はない。
背筋を伸ばし、パトリックの来訪を待つミリエールの背中に両親は陰からエールを送った。
夕食時をまわったころ、パトリックは現れた。
昼に巡回の仕事だったらしく、ほんの少しいつもよりくたびれて見える。
「食事、部屋に運んでください」
ミリエールは使用人に指示し、パトリックを部屋へと案内した。
部屋の前でパトリックは入室していいものかと暫し躊躇う。
「大丈夫です、ピクシーズムーンに男性を押し倒したりしませんよ」
とミリエールは笑った。
ピクシーズムーンじゃなければするのか?と一瞬パトリックの胸をよぎったが気にしないことにした。
運ばれた食事を片付け、紅茶を飲む。
「……それで、話してもらってもいいか?」
パトリックが尋ね、ミリエールは一つ頷いた。
「これは嘘じゃないですからね」
そして語り出す。
「マクシミリアン様が前に言ってたの覚えてます?幸運のケムダー家って。
アレクシス様も私を青い鳥と呼びます。あれには訳があって…」
パトリックは黙って聞いていた。
「私のご先祖は悪魔と取引をしたそうです。
子々孫々に至るまで富と幸運を…」
「悪魔…」
「はい」
ミリエールは頷いた。
「そしてそれに制約が課せられました」
パトリックはごくりと唾を飲み込んだ。
「女子が生まれた場合、成人の日までに最愛の人に純潔を……初めてを捧げなければならないと」
「できなければ?どうなる?!」
聞かずにはいられなかった。
「一族郎党…死に絶えるそうです」
パトリックは息を飲んだ。
つまり一族の命運が18歳の少女に託されている。
「そして、お前は俺を選んだ…」
「はい」とミリエールは頷いた。
「脅すようでごめんなさい。でも、もし、リックが家族になったら、幸運と呪いが降りかかってしまうから…」
「降りかかる?」
「はい。私の代は終わっても、もし女の子が生まれたらまた呪いは発生します。その時はリックも…」
次の代もその次の代も女児が生まれれば呪いは続く。
「すみません」
パトリックは悲しげに俯く彼女をきつく抱きしめていた。
「つらかったな…」
そう言って髪を撫でる。
「ミリーも伯爵も…つらかったな」
そして繰り返す。
「お父様も?」
「ああ」
パトリックは言った。
「娘には少しでも幸せになって欲しいものだろう?なのにそんなことのために待つしかできない」
俺のように身分の低い者に娘を任せなければならない…きっと辛いだろう、とパトリック。
「そんなことないよ」とミリエールはパトリックを見上げて言った。
「私はそういう意味なら呪いに感謝してます!」
「感謝?」
「だって、家のことを気にせず、自分の最愛の人を見つけることができるんですよ?」
普通の令嬢なら政略結婚が当たり前だ。
少しでも地位を安定させるために、いかに他家と結びつくか家と家の契約。
だが、それでは最愛は見つからない。
確かに最愛に振られてしまえばそこで終わるが、チャンスがあるのとないのでは大きな違いだ。
「そうか…」
パトリックは優しく微笑んだ。そして再び抱き寄せた。
「見つけてくれてありがとう。選んでくれてありがとう」
そして肩口に額を寄せ呟くように言った。
「リック…いいの?」
不安げにミリエール。
「いいも何も俺の最愛がお前で、お前が選んだ最愛が俺なんだろう?」
なら共に挑もうと彼はいう。
「挑む?」
「ああ」
尋ねるミリエールにパトリックは頷く。
「俺は、ミリーの…ミリエール・ケムダーの伴侶となって呪いを引き受ける」
…だが、と彼は続けた。
「俺は諦めない」
「諦めない?」
「子供が産まれる前に悪魔との契約を破棄し呪いを消し去る」
「子供っ!!」
真顔のパトリックにミリエールは赤面した。
「あ、いや、その、そうじゃなくてだな…」
気がついたパトリックも釣られて赤くなる。
彼は咳払いをひとつ。そして深呼吸をし、口を開いた。
「俺は、誰かに与えられる幸運ならいらない。
ミリー、お前に逢えたこと、それが幸運だ」
「リック…」
2人は見つめ合い、そして自然と唇が重なった。
最初はそっと、そしてだんだんと深く。
ミリエールを抱くパトリックの腕に力が入る。
2人の境界線が曖昧になりそうなほど強く引き寄せ……はっと気がついた。
「ダメだな…」
「そうよね」
ミリエールも気がつき、額を寄せてふふっと笑う。
そう、今はピクシーズムーン。
子供ができやすいと言われている子宝月間。
未婚者は致してはいけない期間だ。
婚約をしているし、問題はないのかもしれないが、世間の目はやはり厳しくなる。
「生まれてくる子供には幸せになって欲しい」
気は早いがな、と彼は笑った。
「一緒に幸せになりましょうね」
とミリエールがいうと、パトリックはそっと彼女の頭をなでた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
パトリックが帰って行った部屋で、ミリエールは思い返していた。
誕生日に悪魔との契約について聞き、
初めは生き延びることだけを考えていた。
推しだから…そんな理由でパトリックを見つめて、本当に好きになっていた。
悩んだ日々。
エレオノーラの誕生パーティーでおそらく、彼が嫉妬していたこと。
告白されたこと。
建国祭でプロポーズされたこと。
そして今日、一族の秘密を打ち明けた。
怒涛の日々だった。
呪いを打ち明けた時、パトリックは逃げるでもなく、未来を見ていた。
ーーーこの人を好きになって良かったと思った。
きっと大丈夫。




